表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
40/206

episode.39 かなり早い朝食

 翌朝、まだ早い時間に、デスタンがやって来た。


「……え、デスタンさん!?」


 ノックに気づき扉を開けたところ、彼が堂々と立っていたため、かなり驚いた。


「少し失礼します」


 しかも、ただやって来ていただけではない。深さのある皿を乗せたお盆を持っている。

 この時間帯に彼が家にいるというだけでも珍しいことなのに、皿を持って訪ねてくるなんて、驚きでしかない。


「こんな朝早くから……何か用なの?」


 そう尋ねると、彼は、すたすたと歩きつつ「王子の朝食です」と答えた。

 まだベッドの中で寝惚けていたリゴールは、デスタンが部屋に入ってきたことに気づくと、あくびをしながら上半身を起こす。


「デスタン」

「おはようございます、王子。食事をお持ちしました」

「朝食ですか? ……こんな早くに?」


 何とか体を起こしはしたリゴールだが、眠気はまだ吹き飛ばせていないらしく、手の甲で目元を擦っている。


「デスタン、貴方、少し早すぎやしませんか……?」

「そうでしょうか」

「こんな早朝から食事なんて……」


 珍しくぶつくさ言うリゴール。

 しかしデスタンは眉一つ動かさない。


「食べられるなら食べて下さい」


 デスタンはお盆をテーブルに起き、真顔のまま淡々と放つ。


「食べられないなら食べなくて構いません。が、その場合は朝食は抜きです」


 さらりと言われたリゴールは、目を大きく見開く。


「え!? そ、それは困ってしまいます!!」

「では食べていただけますか」

「はっ、はいっ! もちろん! い、い、いただきます!」


 リゴールは慌てて掛け布団を放り出すと、勢いよくベッドから立ち上がる。そしてテーブルに向かって駆け出す。だが、つい先ほどまで寝惚けていたというのもあってか、足がふらついている。不安定で、時々、足と足が絡みそうになっていた。


 何とかテーブルにまでたどり着いたリゴールは、皿を見下ろし、静かな声で発する。


「これは……スープですか?」


 それに対し「はい」と答えるデスタン。


「スープァンという、この辺りでは有名な料理だそうです。何でも、スープに浸けることでパンを柔らかくして食べやすくした、病人向けの料理だとか」


 そんなものがあるのか、と思う。


 私はリゴールたちと違って、ずっとこの世界で暮らしてきた。けれど、スープァンなんて料理は知らない。食べたことはないし、聞いたことさえなかった。


「なるほど、そういう料理なのですね。……しかしデスタン。なぜ病人向けの料理をわたくしに食べさせるのです?」


 リゴールは椅子に座り、スプーンを握っている。ぶつくさ言っていたわりには、食べる気満々のようだ。


「事情を話したところ、ミセが勝手に作って渡してきましたので」

「勝手に!?」

「はい。勝手に、です」

「そうでしたか……では早速いただきますね」


 私はリゴールに少し近づき、さりげなく皿の中を覗いてみる。


 赤茶色をした半透明のスープに、刻んだネギと丸い塊が浮かんでいた。丸い塊は、恐らく、千切ったパンなのだろう。


 皿を見ながらそんなことを考えていると、唐突にリゴールが振り返る。


「どうかなさいましたか? エアリ」


 いきなり声をかけられたものだから、すぐに言葉を返すことはできなかった。


「……あ。もしかして、エアリもお腹が空いているのですか?」

「え」

「あるいは、この料理が好物なのですか?」

「えぇ!?」


 何やら誤解されている気が。


「違うわ。ただ、少し気になって……それで、見ていただけよ」


 誤解されたままになっては困るので、私は、取り敢えずそう返しておいた。

 するとリゴールは笑顔になる。


「なるほど! そうでしたか!」


 理解してくれたようだ。

 良かった。


 その直後、リゴールはスプーンでスープァンのスープ部分をすくい、私の方へ差し出してきた。


「一口、食べられますか?」

「えっ」

「ご安心下さい。わたくしはまだ口をつけておりません。ですから、不潔ではありませんよ」


 差し出されたのが意外だっただけで、べつにそこを気にしていたわけではないのだが。


「じゃあ、一口だけいただこうかしら」

「はい! どうぞ」


 唇がリゴールの持つスプーンに触れかけた——刹那。


「お待ち下さい!」


 デスタンが発した。

 その声に驚き、私は口を開くのを止める。


「……何ですか?」


 眉間に戸惑いの色を浮かべつつ尋ねるリゴール。


「彼女は良いかもしれませんが、王子が後で彼女と同じスプーンでお食べになるというところは問題です!」


 デスタンは鋭く放つ。

 それに対し、リゴールは素早く返す。


「そのような言い方は止めなさい、デスタン。エアリは不潔な生き物ではありませんよ!」


 リゴールはスプーンを私へ差し出したまま、不満げに頬を膨らませている。


「彼女が不潔だと言っているわけではありません。ただ、他人とのスプーンの共用は良くないと、そう言っているだけのことです」


 デスタンは淡々とそう言い返すが、リゴールは黙らない。


「それは不潔と言っているも同然です!」

「いえ。そのような意味では言っておりません」

「そう聞こえますよ!」

「そう聞こえたとしても、そのような意味で言ってはいません」


 こんな時に限って、リゴールもデスタンも譲らない。二人とも、本当はお互いのことを大切に思っているのだろうに。


「しかしデスタン! 本人の前でそのようなことを言うのは、不快感を与えますよ!」

「そうでしょうか。事実を言ったまでですが」

「例え事実であったとしても、言って良いことと悪いことがあるのですよ!」


 私のことがきっかけであったはずなのに、私が口を挟む隙は少しもない。


「理解できません」

「なら、理解しなくて良いので、今覚えて下さい!」

「……承知しました」


 ついにデスタンが引いた。

 すると、リゴールは余裕の笑みを浮かべる。


「そうです。分かれば良いのです」


 勝ち誇ったような顔をしながらスプーンを差し出してくるリゴール。だが私は、今さら食べさせてもらう気にもなれず、「ありがとう。でも、やっぱりいいわ」と言っておいた。すると彼は、眉をひそめつつ、残念そうに「そうですか」と言っていた。


「ところでエアリ」

「何?」

「その……エアリのお母様の屋敷へ移動するという件についてなのですが」


 そういえば。

 そんな話もあった。


「わたくしは、その……賛成です」


 眉を寄せ、若干上目遣いで、言いづらそうにしながらもリゴールは放つ。


「本当!?」


 彼なら賛成してくれるだろうと予想してはいたけれど、この世に絶対なんてものはないからと、あまり期待しないように心がけていた。しかし、今のリゴールの言葉を聞けば、彼は確かに賛成してくれているのだと、理解することができる。本人が言ったのだから、間違いということはないはず。つまり、もう喜んで良いということだ。


「……はい」


 リゴールは頷く。

 それを見たデスタンは、困惑しているような顔をしていた。


「ただ、一つだけ聞かせていただいても問題ありませんか?」

「えぇ。良いわよ」

「……そこには、お父様もいらっしゃるのですよね? その……怒られたりはしないでしょうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
[良い点] episode.39 かなり早い朝食 まで読みました!   母親が出てきましたか! エトーリアがまさかの……出身とは(゜Д゜;) エアリの能力は、そういうことだったんですね~ しかし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ