episode.3 ホワイトスター ★
※掲載している挿絵は自作デザインをもとにお願いして制作していただいたものです。
山浦大福様・画です。
その後、バッサがリゴールの足を手当てしてくれた。
リゴールは膝までもない短い丈のブーツを履いていたのだが、それを脱ぐと、足首に傷を負っていた。血は既に止まっていたようで。しかし、一時は出血があったらしく、傷の周りには赤黒いものがこびりついていて。その様といったら、非常に痛々しいものだった。
だが、バッサの手当てが終わる頃には、リゴールの足首は綺麗になっていた。
もちろん、すぐに傷が癒えるわけではないし、痛みが完全消滅したということもないだろう。ただ、見た目という面では、かなりましな状態になっていたのである。
そして、翌朝。
降り注ぐ朝日に目を覚ました私は、寝巻きからいつも着ている黒いワンピースに着替える。そして、黄みを帯びた橙という感じの色をした肩甲骨辺りまで伸びた髪を、ゆっくりと、木製の櫛でとかす。よく朝に行う身支度である。
私は元々、朝に強い方ではない。それゆえ、いつもはついつい、二度寝してしまう。用事がない日だと、一度目が覚めても、「まぁいいか」と思ってしまうのである。
だが、今日は別だ。
今日は、リゴールに会いに行く、という用事がある。
だから、自ら進んで起きることができた。
隣の部屋へ移動し、木製の古ぼけた扉を見据える。中にいるのが知り合いだと分かっていても、ノックする前には一応緊張してしまうものだ。
私は胸の鼓動が速まるのを感じつつも、迷うことなくノックした。
そして暫し待つ。
それから数十秒ほど経ち、少し扉が開いた。
「……おはようございます」
細く開いた隙間から、青い瞳が覗く。
一歩引いたように控えめで、穏やかな目つき。それは間違いなくリゴールのものだ。知り合って一日も経っていないが、今覗いているのが彼の瞳だということは容易く分かる。
「おはよう、リゴール」
「今お開けします」
リゴールは扉を開ける。
今度は少しではなく、人が通ることができるくらい開けてくれた。
室内へ入る。
やや朽ちかけている木製の一人用ベッド。そこには、二枚ほどのタオルが敷かれているだけ。寝心地は悪そうだ。少なくとも、私がそこで寝るのは無理だろう。
「昨夜はお世話になりました。感謝致します」
リゴールは丁寧にお辞儀をする。
彼は妙に礼儀正しい。もしや、良い家の生まれなのだろうか。
「いいの。それより、足はどう?」
「痛みはほぼありません」
彼は言いながらベッドに腰掛けると。そして、包帯を巻いてある足首を、上下に軽く動かす。
「色々お世話になってしまい、申し訳ないです」
「気にしないで。元気になってくれたなら良かった」
「ありがとうございます……本当に」
リゴールはベッドに腰掛けたまま、視線を微かに下げた。ほんの少し俯き、何かを思い出しているかのように漏らす。
「助けていただいていなければ……今頃は」
森で遊んでいたら迷った。少年ゆえ、そういうことも考えられる。だが、今の彼の表情を見ていたら、そんな簡単なことではないように感じられてきた。もしただの迷子であったなら、泣きわめくことはあったとしても、こんな哀愁漂う顔をすることはないだろう。
「ねぇ、リゴール。貴方、どうしてあんなところにいたの?」
「え」
「夜の森の中で一人でいるなんて、不思議だなって思って」
言ってから、ふとリゴールの方を見る。
彼は俯いていた。
「答えたくなければ、答えなくていいのよ。ただ少し気になっただけで、嫌がっているのに無理矢理詮索する気はないもの」
私がそう言っても、彼は俯き黙ったままだった。
もしかしたら聞かない方が良かったのかもしれない。そこには触れるべきではなかったのかもしれない。
だが、気になったのだ。
気になってしまったのだから、仕方ないではないか。
「リゴール?」
一度名を呼んでみる。
すると、彼はようやく面を持ち上げた。
「エアリと仰いましたね」
逆に確認されてしまった。
いや、もちろん、問題があるわけではないのだが。
「助けていただいたお礼と言っては何ですが、本当のことをお話します」
リゴールは襟を開けると、その中からペンダントを取り出した。
星の形をした白色の石が埋め込まれた、銀色の円盤のようなペンダントを。
「わたくしの生まれはホワイトスター。そこから脱出する途中、敵襲によってご、いや、仲間と別れてしまいまして。その結果、気がつけばあの森にいたのです」
彼が始めたのは、いつか読んだ童話のような話。
脱出だとかこことは違う世界だとか、ロマンがあって嫌いではない。
だが、現実の話だとはとても思えない。
「え、あの、それは一体どういう話?」
「わたくしがあそこにいた理由です」
「えっと……好きな物語の話じゃなくて?」
するとリゴールは首を傾げた。
「物語? 何です、それは」
「え。物語を知らないというの? よくあるじゃない、本になっているような、架空のお話」
一応説明してはみるものの、彼はまだよく分かっていないようだ。
「……架空? では違います。わたくしが話したのは、貴女が仰る物語というものではありません」
事実であるかはまだ判断できない。
ただ、彼はまぎれもない事実であると認識しているようだ。
「えっと……大丈夫? 頭打ってない?」
とても事実とは思えないが、嘘と決めつけるのも早計だろう。そう思いつつ、取り敢えず問いかけてみた。
「はい。恐らく、打ってはいません」
——その時、ふと思い出す。
彼と出会った時、何があったかを。
起きたのだ、得体の知れない爆発が。それも一度ではない。爆発は、確かに、何度も起きていた。暗いうえ余裕がなかったというのもあって、何がどう爆発しているのか見ることはできなかったけれど。でも、爆発は確かに起きていた。
「……まさか、本当なの」
私はリゴールの瞳をじっと見つめる。だが彼は、目を逸らしはしなかった。私と同じように、彼もこちらをじっと見つめている。ほんの少し、不安げな目で。
「すみません、唐突にお話してしまって。こちらではホワイトスターのことは知られていないのですよね」
分からなさは変わらないが、今は、少しは信じてみる気になってきた。
「えぇ、聞いたことがないわ」
「やはりでしたか。名乗らせていただいた時、特に何も反応なさらなかったので、そうかと思いはしましたが……」
もっとも、すぐに完全に理解するというのは難しいが。
「ホワイトスターでは、私たちの暮らすこの世界は知られているの?」
「そうですね、はい。仮の名として、地上界と呼んでおります。完全に明らかになってはいませんが、情報は少し聞いていましたので、地上界へ来てしまったということはすぐに分かりました」