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あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
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episode.34 一泊して ★

 その後、私とエトーリアは、話題を変えて話を続けた。


 亡くなった父親の遺産をどうするかだとか、これからどこでどのように生活するかだとか、あまり明るくない話ばかりで。正直私は楽しくなかったし、エトーリアも薄暗い曇り空のような表情のままだった。必要なことだから仕方ない。話さなくてはならない。そう分かっていても、進んで話そうという気にはなれなかった。それは多分、エトーリアも同じだっただろう。


 話がひと段落した後、エトーリアと二人で昼食をとった。


 その後は、彼女に、屋敷の中を案内してもらうことになり。彼女の背を追うように、屋敷の内部を歩き回った。


 日が落ちる頃になると、また二人で、今度は夕食をとる。バッサを中心に数名の使用人が、昼食よりやや本格的な料理を用意してくれて、結構美味しかった。


 夕食の後しばらくして風呂に入り、エトーリアの部屋で眠る。


 エトーリアとこんなにも一緒にいる日、というのは、いつ以来だっただろうか。もう思い出せないし、あったのかどうかすら分からない。


 でも、過去のことなんて、本当はどうでもいいのかもしれない。

 大切なのは過去ではなく、今この手の内にある現在と、いつか来る変えようのある未来。


 ——私はそう思う。


 こうして、一日はあっという間に過ぎたのだった。



「本当にもう帰ってしまうの? エアリ」


 翌朝、朝食をとっている時、エトーリアは寂しそうに質問してきた。


「えぇ、そのつもりよ」


 私はふわふわの白いパンを指で千切り、口に入れる直前で手を止めて答える。



挿絵(By みてみん)



「寂しくなるわ……」

「ごめんなさい、母さん」


 そう謝ると、エトーリアは慌てたように首を左右に動かす。


「あ、いえ! いいのよ! 気にすることはないわ」


 白いパンは柔らかくて甘みが強い。砂糖のような甘さではなく、自然な素材の甘さという感じが、私の口には合っていた。


「でもエアリ。本当にここで暮らす気はないの?」

「えぇ。リゴールを心配させるのは嫌なの」

「……大切に思っているのね」

「そうよ。だって、年の近い友人なんて、滅多にできないもの」


 事実、あの村には、同年代の者はあまりいなかった。だから、年の近い友人ができることなんて、滅多になかった。だからこそ、彼のことは大切にしたいと思う。


 その時、ふと思いついた。


「あ、そうだ」

「どうしたの? エアリ」

「リゴールもここで暮らすようにすれば、私も母さんと一緒にいられるわ」


 すると、「また?」というような顔をされてしまった。


「やっぱり……駄目?」


 正直、駄目と言われる気しかしない。が、ほんの少しでも可能性があるなら諦めたくなくて。だから私は、一応、もう一度確認しておく。


 しかし、返答は予想通り。

 何の面白みもないもの。


「駄目とは言いたくないけれど……でもね、エアリ。ここはリゴール王子を受け入れるに相応しいような家ではないのよ」


 エトーリアの口調は柔らかく優しげだ。けれど、その言葉は、完全に拒否していた。


「そんなことはないと思うわ! むしろ、ホワイトスターのことだとか、事情が理解されやすい環境の方が、リゴールも過ごしやすいはずだわ!」


 エトーリアは唇を結ぶ。

 それからしばらく、彼女は、何やら思考を巡らせているような顔をしていた。


 その間、私は食事を続ける。


 綿のような触り心地の白いパンを千切り、トマト風味の濃厚なスープに浸けてから、口へ運ぶ。すると、口の中に、パンの甘みとスープの酸味が広がった。甘い物と酸っぱい物というと正反対なように感じるけれど、案外しっくりくる。


「……そうね」


 密かに食事を楽しんでいると、エトーリアが控えめに口を開いた。


「もし彼がそれを良しとするのなら……悪くはないかもしれないわね。そうすればエアリと一緒にいられるのだし……」


 私は咄嗟に立ち上がる。


「でしょ!?」


 食事中に意味もなくいきなり椅子から立つというのは、問題だったかもしれない。


 が、ある意味仕方がなかったのだ。

 考えてやったことではなく、勢いでやってしまったことだったから。


「母さんが許してくれるなら、私、リゴールに話してみるわ! それで、もし彼が『それでいい』って言ってくれたら、ここで暮らすわ!」


 リゴールならきっと、分かってくれるだろう。そして、私と一緒に来てくれるはずだ。ただ、デスタンという存在が若干不安ではあるが。


「あ……でも」

「どうしたの? エアリ」

「昨日みたいに敵に絡まれることになる可能性はあるわ……」


 すると、エトーリアは頬を緩める。


「……リゴール王子を迎えるとなったら、それも仕方ないわね」

「許してくれる!?」

「なるべくそんなことにはならないようにしたいところだけれど……最悪の場合は仕方ないわ」


 エトーリアの言葉に、私は、大きく「ありがとう!」と返した。


 本当のところを言えば、こんなに上手くいくとは思っていなかった。リゴールをここへ連れてくるというだけのことでも断られていたのだ、敵に襲われることを許してもらえるはずがない。そう考えていた。


 でも、現実は意外と違って。


 予想より温かい返答を貰うことができた——それは嬉しい。



 朝食を済ませると、私は一人、屋敷の前から馬車へ乗る。

 エトーリアとバッサは、門の前まで見送りに来てくれた。二人とも、どことなく寂しげな顔つきだ。


「エアリお嬢様、お気をつけて」


 バッサはゆったりとお辞儀をする。


「道中襲われないよう気をつけるのよ、エアリ」


 エトーリアは不安げな眼差しをこちらへ向けていた。


 心配させてしまうなんて。

 そんな思いも強い。

 だが、私は戻ると決めたのだ。一度決めたことだから、もう迷いはしない。


 それに、リゴールのもとへ帰ったからといって、エトーリアとは永遠に別れることになるというわけではない。またそう遠くない未来で会えるだろう。


「ありがとう、母さん。今度はリゴールと一緒に帰ってこられるように、頑張ってみるわ」

「無理そうなら、無理して連れてこなくていいのよ」

「分かったわ。でも、きっと大丈夫よ。リゴールなら……分かってくれるはず」


 やがて、馬車は走り始める。

 私は最後に、窓から、屋敷の方を見た。そして、見送ってくれているバッサとエトーリアに手を振った。

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