episode.33 エトーリアの屋敷
馬車に再び乗りしばらくすると、白い石と銀色の棒でできた立派な門がある屋敷の前にたどり着いた。
「着いたみたいね」
横たわって休んでいたエトーリアは、そう言って、少しずつ体を起こす。
「……母さん、こんな立派な屋敷に住んでいるの?」
「いいえ、立派な屋敷なんかじゃないわ。外から見れば綺麗でも、中は意外と普通よ」
とてもそうは思えないのだが。
「さ、行きましょ」
「えぇ……」
エトーリアがこんなところに住んでいたなんて驚きだ。
私は戸惑いながらも馬車を降り、彼女について歩いた。
門を通り、白い石畳の道を抜け、玄関を開けて建物に入る。エトーリアが言っていた通り、建物の中は地味だった。内装にはあまりお金をかけていないようだ。
——と、その時。
「エアリお嬢様!」
聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。いきなり名を呼ばれたことに驚き、すぐに声がした方へ視線を向ける。すると、使用人の格好をした女性が視認できて。しかも彼女は、よく知っている人だった。
「バッサ!」
「お嬢様!」
懐かしい顔。
目にした瞬間、喜びが湧いてくる。
それはバッサの方も同じなようで、彼女は、ワンピースの裾を重そうに揺らしながら駆け寄ってきた。
そして、そのまま抱き締めてくる。
「お嬢様、良かった……!」
「く、苦しいわよ。バッサ」
肉付きのよいバッサに抱き締められると、胸元が圧迫されて呼吸がしづらくなってしまう。
「ご無事で何よりです……!」
「ちょっと、聞いているの?」
「あの晩、お嬢様が行方不明となってから……心配で心配で……」
バッサの目もとには、小さな涙の粒が浮かんでいた。
私がリゴールらと呑気に暮らしている間も、バッサは、私の身を案じてくれていた——そう思うと、何だか申し訳ない。
「……ありがとう、バッサ」
「いえ、お礼を言うべきはこちらです……。また生きている姿を見せて下さって、ありがとうございます」
あの火事の後、リゴールたちについていく道を選択をしたのは、私だ。まさか気づいたら村から出ているとは思わなかったけれど。だがしかし、バッサが心配してくれるであろうことを考慮せず勝手な道を選んだということは、変わることのない事実である。そのことは、心の底から、申し訳なかったと思っている。
「良かったわね、エアリ」
横から挟んできたのはエトーリア。
彼女は穏やかに微笑んでいた。
「その再会が終わったら、わたしと、少しこれからの話をしましょ?」
すると、バッサは私から腕を離した。
「申し訳ありません、エトーリアさん。つい……」
バッサは私から数歩離れると、肉付きのよい体をエトーリアに向け、頭を下げる。
「いいえ。気にしなくていいのよ。エアリは可愛いものね。娘を可愛がっていただけて、わたしも嬉しいわ」
エトーリアは微笑みを崩さず返した。
するとバッサは安堵したように頬を緩め、落ち着いた調子で「では、お茶を淹れて参ります」と言って、去っていった。
「行きましょ、エアリ」
「そうね。でも母さん……これからの話って?」
「わたしとエアリの、これからのことについて話すのよ。少しだけ、ね」
そうだ。父親が亡くなったのだから、考えなくてはならないことがたくさんある。母親——エトーリアはまだ元気でいてくれているから、すぐ一人になるということはないだろうが、だからといって油断してはいられない。
その後、私とエトーリアは食事のための部屋へ向かった。
木製のテーブルに白いレースのクロスを掛けた物が一つと、座る面が柔らかそうな四本脚の椅子が四つ。何の変哲もない、地味な部屋である。
「さぁエアリ、座って」
「えぇ。……それにしても、あっさりした部屋ね」
建物の外観はかなり高級感が溢れていたのだが、中に入ってみれば、わりとシンプルな家であることが分かった。
内装の高級感対決なら、ミセの家の方が勝っているかもしれない。
「そうよ。だから言ったでしょう? 中は意外と普通だって」
エトーリアはそう言って笑っていた。
そのうちにバッサがお茶を運んで来てくれて。
「あら、美味しそうなお茶。ありがとう、バッサさん」
「いえいえ」
「ありがとう、バッサ」
「いえ。けれど……エアリお嬢様にまたこうしてお会いできて、嬉しいばかりです」
私とエトーリアの前に、それぞれ、ティーカップとクッキー二枚を乗せた小さな皿が置かれる。
「では、失礼致します」
バッサは軽く頭を下げ、部屋から出ていった。
それから私は、話を続ける。
「でも母さん……ここはとても素敵な家ね」
外観は高級感たっぷり。
内装は素朴で自然な雰囲気。
そのギャップは、嫌いじゃない。
「エアリがそう言ってくれて、わたし、嬉しいわ」
「母さんがこんな立派な家で暮らしているなんて知らなかったけどね」
「ふふ。黙っていて悪かったわね、エアリ」
エトーリアは笑みをこぼしながら、白いティーカップの端を唇に当てる。そうして、ティーカップの中の液体を数秒かけて飲むと、彼女は一旦、ティーカップを置いた。
「わたし、この家の外観が好きでここを選んだの」
「へぇ……」
時間の流れはいつになくゆったりとして。
心が穏やかになる。
こんなに静かに寛げるのは、いつ以来だろう。
「外、白い石畳の道があったでしょう?」
「えぇ」
「白い石畳はホワイトスターにはたくさんあるの。だから何だか懐かしくって」
エトーリアがホワイトスターの関係者。
そこがまだ、しっくり来ない。
「なるほど! じゃあ、リゴールも気に入るかもしれないわね!」
「リゴール王子が……?」
「えぇ! そうだ。また今度、リゴールをここに誘わない? きっと喜ぶわ!」
私は「これは良さそう」と思いそう提案したのだが、エトーリアは即座に首を左右に動かした。
「無理よ、それは」
個人的にはかなり良い案だと思ったのだが、さらりと断られてしまった。
「どうして?」
「冷静に考えてみて。王子をこんな家にお呼びするなんて、可能だと思う? 無理でしょう」
「よく分からないわ。ただ、リゴールは素直な人よ。だから、懐かしい風景を見れば、きっと喜ぶわ」
私はそう返し、小皿の上のクッキーをかじる。
「エアリ……貴女にはいまいち分からないかもしれないけれど、彼は王子なのよ?」
「でも私の友人だわ!」
すると、エトーリアは黙ってしまった。




