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あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
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episode.31 意外な形でやって来る

 私は、ペンダントを握り、奇跡を願った。


 ——でも、奇跡なんて起こらなくて。


 どんなに願っても、ペンダントがあの時のように剣になることはなかった。あの時はできたことが、今はできなかった。


「……何をしているの? エアリ……?」


 失望する私。その姿を見て、エトーリアは戸惑ったような顔をしていた。まさに「何をしようとしたの?」と聞きたげな顔だ。


「前は、ペンダントが剣になったの。だから、また剣にできるんじゃないかって、考えていたのよ」


 敢えて嘘をつくこともない、と判断し、私は本当のことを言った。

 すると、エトーリアはさらに戸惑ったような顔つきになる。


「エアリ……まさか、寝惚けて……?」

「寝惚けてなんかないわ!」

「……無理しなくていいのよ。エアリ……恐怖のあまり、おかしな妄想に取り付かれ——」

「違うわよ!」


 私はつい調子を強めてしまう。

 倒れ弱っているエトーリア相手に声を荒らげるなんて、いけないことだと分かっているのに。


 その時、ふっ、という小さな笑いが耳に飛び込んできた。


「奇跡にさえ見放された、か……」


 笑いが聞こえた方を向くと、哀れむようにこちらを見ているウェスタが視界に入った。

 馬鹿にされていると分かり、悔しくて。でも、言い返せるような状況ではない。だから、黙って笑われるしかない。それが、悔しくて仕方がなかった。


「……まぁいい」


 哀れむような目になっていたウェスタの両目が、いつもの冷ややかな目に戻る。


「すぐ楽になる」


 ——刹那、ウェスタの手から帯状の炎が放たれる。


 避けなければ。

 そう思った。


 けれど、すぐに考えが変わる。私の後ろにはエトーリアと馬車がいることを思い出したからだ。


 罪なき者を、関わりすらない者を、傷つけさせるわけにはいかない。

 だから私は避けなかった。


「んっ!」


 帯状の炎が肩に命中する。

 熱を感じ、直後に痺れるような痛みが駆け抜ける。


「……避けないとは」


 ウェスタの唇にうっすらと笑みが浮かぶ。


「やはり、度胸はある」

「貴女に褒められてもあまり嬉しくないわ」

「……この状況でまだ言い返せるとは」


 一応強気に振る舞ってはいる。が、実際の胸の内は不安ばかり。発言とは程遠い弱気さである。


「でも、次で終わらせる」


 ウェスタはゆっくりと唇を動かす。

 そして、燃えるような赤の瞳でじっと見つめてきた。


「……諦めて」


 高いヒールの靴で地面を蹴り、凄まじい勢いで接近してくるウェスタ。


「エアリっ」


 背後から、エトーリアの声。


 避けなくては。そう思いはするのだけれど、動けない。恐怖のせいか、こんな時に限って体が動かない。


 もう駄目。

 そう思い、瞼を閉じる。



 ——しかし、私の体に痛みが走ることはなかった。



 ゆっくりと瞼を開けると、目の前には人の背。

 緩く一つに束ねた濃い藤色の髪が、風で揺れているのが見える。


「……え」


 見覚えのある髪色に戸惑っていると、目の前の彼は首から上だけを動かし振り返る。


「こんなところで何をしているのです」

「デスタン……」


 なぜ彼がここにいるのか。

 謎でしかない。


「呼び捨てにするなと言ったはずですが」

「あ。ごめんなさい、デスタンさん。……でも、どうして貴方がここに?」

「私が時折働きに行っているのは、この近くの酒場ですから。遭遇したのは偶然です」


 ウェスタはデスタンのいきなりの登場に動揺しているようで、言葉を発することさえできぬまま数歩後退していた。


「……助けてくれて、ありがとう」

「呑気にそんなことを言っている場合ではありません」


 デスタンはやはり冷たい。

 彼の発する言葉には、優しさなんてものは欠片もなかった。


 だが、偶然遭遇しただけなのに助けに出てきてくれたというのは、感謝しても感謝しても足りない。


 奇跡は意外な形で起こった——そう言っても問題ないだろう。


「なぜこんなところにいるのか? そこに転がっている女は何者なのか? 聞きたいことはたくさんあります。が、今は目の前の敵を殲滅するのが先です」


 淡々とした調子でそう述べてから、デスタンはウェスタの方へと視線を向ける。


「何をしに来た、ウェスタ」


 デスタンが発する声は、星一つない夜空のように、重苦しく暗い。


「……その女を殺す。ただそれだけ」

「それは許可できない」


 きっぱりと答えるデスタン。

 ウェスタは眉間にしわを寄せる。


「邪魔しないで」

「いや、悪いが邪魔はする」

「どうして……!」


 いつも冷静沈着で、まるで人形のようだったウェスタ。そんな彼女が声を震わせる様を見て、私はただ戸惑うことしかできなかった。


「今すぐ去れ。あるいは、それができないなら散れ」

「本当にホワイトスターの言いなりになったの……兄さん! どうして!」


 ウェスタは叫ぶ。

 それは、聞いているこちらの胸が痛むような、悲しげな声。


「なぜブラックスターを捨てたの!」


 こんなことに発展していくとは思わなかった。が、一方的に攻撃されるという危機的状況から切り抜けられたということを考えたら、これが最善だったのかもしれない。


「……私がブラックスターを捨てたのではない」

「なら何だと言うの。兄さんはブラックスターを裏切った! それは事実! 本当はそうではないとでも言うの!?」


 ウェスタは感情的になるが、デスタンは冷静さを失わない。


「王子殺害に失敗した時点ですべてが終わっていた。もし仮に、逃走しブラックスターへ帰ったとしても、首が飛んでいたはずだ」


 私は倒れているエトーリアの体を少し持ち上げて支え、少しずつ後ろへ下がる。彼女を馬車へ乗せたいからである。


「そんなことはない! 一度の失敗で首が飛ぶなんて、あり得ない!」


 冷静さを失っているウェスタが、鋭く言い放つ。

 だが、デスタンは、ゆっくりと首を左右に動かすだけ。


「魔法も使えぬ出来損ないが、任務失敗で逃げ帰ってきたとして。それを許すほど、ブラックスターは寛容か」

「……兄さん」

「私にはとてもそうは思えない」

「そうかもしれない……でも! 許してもらえる道は、きっとある! だから兄さんっ……」


 二人が交わす言葉には驚かされてばかりだ。

 だが、ウェスタはデスタンを敵とは見なしていない、ということが分かったのは良かったかもしれない。


 ……いや、もちろん、味方とも思ってもいないのだろうが。


 しかし、倒すべき敵だと完全に思っているような雰囲気ではない。それを知ることができただけでも、この状況に陥ってしまった意味があったと言えるだろう。


「何を言おうが無駄だ。私はもう、帰らない」

「兄さん……なぜそんなことをっ……。まさか、ホワイトスターの王子に洗脳でもさ——っ」


 そこまで言いかけて、ウェスタは急に言葉を切った。

 その理由が、彼女の首にデスタンの手が触れていたからであると気づくのに、数秒かかってしまった。


「王子はそんなことをする方ではない」


 デスタンは白に近い薄い藤色の手袋をはめた右手で、ウェスタの首を握っている。

 その状態のまま、彼は述べる。


「王子を侮辱するなら、誰であろうが関係なく殺す」

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