表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
30/206

episode.29 どうか、奇跡を

 揺られ続けることしばらく。

 がたん、と音を立てて、唐突に馬車が止まった。


 向かいに座るエトーリアと顔を見合わせる。


 恐らく、人か野生動物かと接触しかけて急停止した、といったところだろう。そんな風に思い、再び動き出すのを待つ。


 だが、数分が経過しても馬車が再び動くことはなかった。

 なかなか動き始めないことに違和感を抱き始めた頃、エトーリアが立ち上がる。


「何かあったのかしらね? 少し様子を見てくるわ」


 エトーリアは入り口に向かって数歩進み、扉をゆっくりと開ける——直前、窓から人影が見えた。


「待って! 母さん!」


 嫌な予感がして叫ぶ。


「え?」

「開けないで!」


 エトーリアは戸惑った顔をしながらも、扉を開けないでいてくれた。

 私は木材製の壁で身を隠すようにしながら、窓から外を覗く。人影の正体を確認するためである。


「……やっぱり」


 銀の緩い三つ編みに、燃えるような赤い瞳——ウェスタだ。


 私を狙っているのか。

 それとも、リゴールを探しているのか。


 そこのところは明確ではないが、顔を合わせるとなると厄介だ。リゴールがおらずとも、攻撃される可能性がないわけではないのだし。


「何がどうなっているの? エアリ」

「あの人……厄介な人だわ」


 エトーリアは、私とは反対の窓から、外を覗いていた。


「厄介な人? あの女性が?」

「えぇ。前にリゴールを狙って襲ってきたの」

「それは確かに厄介ね」


 呑気に「厄介ね」なんて言っている場合ではないと思うのだが。


「できれば顔を合わせたくないわ……」


 私は思わず漏らす。

 すると、エトーリアは閃いたように言う。


「分かった! じゃあ、わたしが話をしてみるわ!」

「え」

「エアリのことは知っているとしても、わたしのことまでは知らないはずだもの。わたしが話せば安全よ」


 安全だとは思えない。

 私が出ていくよりはましかもしれないけれど、知らない人だからといってウェスタが何もしないという保証は、どこにもない。


「危険よ、母さん」

「でも、ずっとこのままというわけにはいかないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「ふふ。大丈夫よ、エアリ。きっと分かってもらえるわ」


 エトーリアは穏やかに微笑みながら扉を開ける。そして、馬車から降りていった。


 私は一人残される。


 こんなところで一人隠れているなんて、怖いものから逃げているみたいでかっこ悪い。そう思いもしたが、それでも、馬車から降りていく勇気はなかった。



 馬車の中でしゃがみ、エトーリアが戻ってくるのを待つ。


 私が出ていくよりかはましだろうが、それでも、相手はウェスタ。油断はできない。

 誰か一人でも彼女の相手をできる者がいればいいのに——そう思った時、ペンダントのことを思い出す。


「……そうだ」


 首にかけている、銀と白のペンダント。リゴールから貰ったものだ。


 確か、これは剣に変化させることができたはず。


 今はペンダントの形だし、どうすれば剣になるのかも分からない。けれど、これを剣の形にすることができたなら、少しは戦えるかもしれない。


 もっとも、素人の私が剣を握ったところで、ウェスタを撃退できる保証なんてどこにもないのだが。


「でもこれ……どうすれば剣になるのかしら」


 前に剣になった時は、土壇場での変化だった。それゆえ、どうすれば変化するのか、はっきりとした答えは知らない。きっと何かあるのだろうが。



 その時、何やら大きな破裂音が耳に飛び込んできた。


 一瞬は耳を塞ぎ、その後すぐに、窓から外の様子を確認する——と、地面に倒れ込んでいるエトーリアの姿が見えて。


「……っ!」


 思わず手で口を押さえる。


 助けないと。

 そう思った私は、半ば無意識のうちに馬車の外へ駆け出す。


「母さんっ!」


 馬車を降り、地面に倒れ込んでいるエトーリアに駆け寄る。


「何をされたの!?」


 倒れ込んでいるエトーリアに問う。

 すると彼女は、掠れた声でそっと答える。


「……平気よ、エアリ」

「とても平気には見えないわ、母さん……」


 意識ははっきりしているようだ。それに、目立った外傷もない。出血があるわけでもないから、早く手当てしなければ死ぬということはないだろう。


 だが、それでも、心配であることに変わりはない。


「それより……駄目じゃない、エアリ。馬車から降りて……くるなんて」

「そんなことを言っている場合じゃないでしょ!?」

「駄目よ降りてくるなんて……。危険よ」


 エトーリアは私のことを心配してくれているが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 横たわるエトーリアを抱えようと彼女の体に手を回した、ちょうどその時。

 冷ややかな声が聞こえてきた。


「……来たね」


 聞き覚えのある声に、私は視線を上げる。


 ——その先にはウェスタ。


「貴女……!」

「……こんなところで会うとはね」


 銀の三つ編みが風に揺れている。


「正直驚いた。でも……ちょうどいい」


 ウェスタは淡々と述べつつ、私とエトーリアの方へ歩み寄ってくる。


「来ないで!」

「……それはできない」

「貴女、母さんに何をしたの!」

「……答える必要はない」


 こんな形で彼女と再会することになるなんて、何ともついていない。


 街から少し外れた人通りのない道。

 助けを呼ぶことはできない。


 一体どうしろと。


 戦えとでも言いたいのか、運命は。


「貴女の狙いはリゴールでしょう? 残念だけど、彼はここにはいないわよ」

「……それは問題ない。ホワイトスターの王子は、今頃グラネイトが殺しているだろう」

「何ですって!?」


 ……いや、落ち着こう。


 ウェスタの発言は偽りかもしれない。私を動揺させるための嘘ということも考えられる。

 それに、リゴールはそう易々と殺されるような弱者ではない。


「そんなことを言って、何のつもり?」

「……事実を述べたまで」


 ウェスタの赤い瞳は、私をじっと捉えて離さない。

 その視線は、まるで刃のよう。鋭くて恐ろしい。


 けれど、その程度で怯む私ではない!


「残念だけどね! リゴールはそんなに弱くないわよ! あんな間抜けに負けたりしないわ!」


 本当は怖いのだが、弱気なところを見せたくなくて、日頃より強気に振る舞う。


「……そうは思えない」


 ウェスタは相変わらずの淡々とした口調で言った。


「グラネイトが間抜けであることは認める。だが……ホワイトスターの王子にも勝てぬほどの間抜けではない」


 ウェスタはそう言って、右手を掲げる。すると、その手に赤い炎が宿った。


「……今日こそは仕留める」


 逃げることが最善。

 それができるなら、迷わずそうしただろう。


 だが、今の私には、逃げるという道がなかった。どうしても、その道は見つけられなくて。


 ——だから。


「分かったわ! 相手してあげるわよ!」


 私はペンダントを握る。


 奇跡は何度も起こらない。世の中そんなに上手くできてはいない。

 それは分かっている。


 でも、それでも——。


 どうか、奇跡を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ