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あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
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episode.26 彼らの始まり

 デスタンはゆっくりと話し始める。


「私が初めて王子に出会ったのは、ブラックスター王より彼の暗殺を命じられ、ホワイトスターの城へ忍び込んだ時でした」


 最初の一文で早速驚いた。

 ブラックスターなんて言葉が出てきたからだ。


「え! ちょっと待って。貴方、ブラックスターの手下なの!?」


 ブラックスターの者はリゴールの敵のはず。

 だが、デスタンはリゴールの護衛だ。


 ……何がどうなっているの?


「黙って話を聞いて下さい」

「え、えぇ。そうね。ごめんなさい、続けて」


 衝撃を受けたせいで取り乱してしまったが、彼に注意されたことで正気を取り戻す。いつもなら不愉快でしかないところだが、今ばかりは、彼の冷たさに救われたと言えるかもしれない。


「夜に王子の部屋へ侵入し、首を斬るなり絞めるなりして殺そうとしたのです。しかしそう易々とくたばる王子ではなくてですね」


 夜に部屋へ侵入するのは彼の得意分野だったのか、と、意味もなく少し納得。


 ……いや、本当は納得するべきところではないのだろうが。


「彼は枕元にあったペンで私の左目を突き、逃れたのです」

「ご、豪快ね……」

「はい」


 しかし、なかなか興味深い話だ。

 リゴールとデスタンの出会いがこんな変わった出会いだったとは、驚きである。


 続きが気になって仕方がない私は「それでどうなったの?」と問う。するとデスタンは、ほんの少し顔をしかめて、冷ややかに「せっかちは止めて下さい」と返してきた。安定の冷ややかな対応である。


「その後、少しの交戦を経て、王子に敗北した私は捕らえられてしまったのですが……」


 強いじゃない、リゴール。


 買い物の時、リゴールは「さほど強くない」とか「デスタンくらい戦えたなら」とか言っていたが、彼はかなり強いということが判明してしまった。


 何とも言えない、複雑な心境である。


「処刑は避けられないと諦めていた私に、王子は救いの手を差し伸べて下さったのです」

「救いの手?」

「はい。護衛になる気はないかと声をかけて下さって。当時の私は断り続けていたのですが、処刑前夜に王子が勝手に話をつけてきて……そのまま自動的に、彼の護衛となりました」


 自動的に、て。

 粘り強い説得によって心が動いて、などという夢のある話じゃないのね。


「そうだったのね。でも意外。貴方って、そんなすんなり、主を裏切れる人だったのね」

「失礼ですね。主のことは裏切りません。ブラックスター王は私が決めた主ではありませんから」

「……そうなの?」


 私は心の中で軽く首を傾げつつ発する。


「はい。私が決めた主は、王子だけです」


 そう述べるデスタンの表情に迷いはなかった。


「ブラックスター王の命に従っていたのは、従うしかなかったから。ただそれだけのことですので」


 少し空けて、彼は続ける。


「裏切るかもなどという心配は不要です」



 ちょうど、その時。

 扉が勢いよく開いて、全身から湯気が立っているリゴールが入ってきた。


「ただいま戻りましたっ」


 いつもなら外向きに跳ねている髪だが、濡れているからか、今は毛先が下に向かっている。また、日頃着ている薄黄色の詰め襟の上衣は脱いでおり、煉瓦色のシャツが露わになっている。


「おや?」


 そんな彼は、室内にデスタンがいることに気づくと、不思議そうにそちらへ視線を向ける。


「まだいたのですか、デスタン」

「はい。少しばかりお話を」


 途端に、リゴールの表情が明るくなる。


「本当ですか!」


 頬は緩み、瞳には光が宿る。

 希望に満ちた顔だ。


「エアリと仲良くなれたのですね!」

「いえ」


 デスタンはきっぱり返す。


「えぇっ……」


 きっぱり返されたリゴールは、渋い食べ物を食べたかのような顔つきになる。そう、それはまるで、醜悪な香りと味の物をうっかり口に含んでしまった者のような表情。


「王子と私の出会いを話していたところです」

「……なるほど! そうでしたか!」


 リゴールの表情は明るいものへ戻った。

 彼は表情がくるくる変わるから、見ていると意外と面白い。退屈しないで済む。


「意外な出会いでびっくりしたわ」

「……エアリ」

「それにしても、リゴール、心が広いのね」

「え……?」


 少し焦ったような顔をするリゴール。


「安心して、悪口じゃないわ。ただ、自分の命を狙った人を護衛にするなんて寛容だなーって思っただけなの」


 私が彼の立場であったなら、デスタンを護衛になんてしなかっただろう。一度は自分の命を狙った人間を傍に置いておくなんて、怖くてできない。


「え、えぇ……それは、よく言われます……」

「やっぱり?」

「はい。提案した時は、周囲から猛反対されました……」


 それはそうだろう。

 周囲が「普通」と言える。


「ま、普通はそうなるわよね。リゴールはどうして、彼を護衛にしたかったの?」

「そうですね……敢えて言うなら、片目を奪ってしまったから、でしょうか……」


 少し空けて、リゴールは続ける。


「わざとではないとはいえ、あれは過剰防衛に値します。ですから、せめて命だけでもお助けしようと」


 ——刹那。


「そういうことだったのですか!?」


 デスタンが叫んだ。

 かなり驚いたような顔をしている。


「何を驚いているのですか? デスタン」

「驚かずにはいられませんよ! そのような理由だったとは、知りませんでした!」


 いつもは淡々とした口調を崩さないデスタンが、驚きのあまり大きな声を発している。その光景は、実に興味深い。


「そんなどうでもいいことが、私に手を差し伸べて下さった理由だったのですか!?」

「どうでもいいことではありません! 重大なことです!」


 確かに、どうでもいいことではない。


「私にとっては視力などどうでもいいことなのですが」

「デスタン! 貴方は自分を大切にしなさすぎです!」

「今の状態でも十分戦えます」

「問題なのは戦えるかどうかではなくてですね!」


 ひとまず落ち着きを取り戻し、淡々と言葉を発するデスタン。懸命に突っ込みを入れるような物言いをするリゴール。


 二人がまとう空気は正反対で。

 でも相性が悪いという感じはしないから、不思議だ。


 それから数十秒ほどが経過し、二人の会話が終わると、リゴールが改めて私の方を見てくる。


「……と、こんなわたくしたちですが。これからもよろしくお願いしますね、エアリ」


 リゴールが笑うと、心が温かくなった。

 それはまるで魔法のよう。


 彼の使う魔法は黄金の光を操るものであって、笑顔で他人の心を温かくするものではない。が、これはもう、魔法と言っても過言ではないくらいの、見事な効果がある笑みである。

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