episode.23 ペンダント
デスタンが出ていくと、私はリゴールと二人きりになった。
初めて来た部屋で彼と二人。
何だか、不思議な感覚だ。
数日前に知り合ったばかりの人と、慣れない場所で過ごす。それは、何となく奇妙な感覚を覚えるようなことで。でも、悪い気はしなかった。良い刺激があるという意味では、悪いことばかりでもないのかもしれない。
「あ、そうでした。エアリ」
そんな何とも言えない空気が漂う中で、先に口を開いたのはリゴールだった。
「あのペンダント、お返ししますね」
彼はそう言って、襟を開ける。そして、首にかけてあったペンダントを取り出す。
いつの間にか彼のところへ戻っていたことが驚きだ。だが、驚いた点はそこだけではなく。いつの間にやら剣の形ではなくペンダントの形に戻っていたというところも、驚いた点と言えよう。
「これは……」
「剣になっていたペンダントです。なぜだか分かりませんが、いつの間にかペンダントの状態に戻っていたみたいで」
「そうだったの。不思議ね」
うっかり馬車の中に忘れたりしなくて良かった、と安堵する。
そんな私に、リゴールは歩み寄ってきた。
「……何?」
私がそう問うと、彼は少し笑みを浮かべてペンダントを差し出してきた。
「これ、エアリに差し上げます」
リゴールは穏やかに微笑みつつ言う。
「えっ。いいわよ、そんなの。それはリゴールの大切なものじゃない」
「いえ……貴女に受け取っていただきたいのです」
私は暫し、言葉を失った。
「貴女は初対面のわたくしに泊まる場所を恵んで下さった。それに、わたくしのせいで襲撃に巻き込まれた時も、責めずにいて下さった。……そのお礼として、これを貴女に贈りたいのです」
リゴールの青い双眸は、私をじっと捉えていた。
「……悪いわ、そんなの」
少ししてようやく言葉を取り戻した私は、小さな声で返す。
「それはリゴールのものよ。私が持つべきものなんかじゃないわ」
するとリゴールは、ほんの僅かに両の眉を寄せ、それから軽く首を傾げた。
その様は、まるで、純粋な子どものよう。
「……そうでしょうか?」
「えぇ。無関係な私が持つべきものではないと思うの」
すると、リゴールは心なしか険しい顔つきになる。
「エアリは……無関係ということはありません。このペンダントを初めて剣に変えた人ですから」
言われると、確かに、と思ってしまった。
彼が言うことも間違いではない。
ほんの数日前までの私なら、リゴールらの世界とはまったく無関係の人間だった。けれど、リゴールに出会い事情を聞いてしまったその時からは、無関係ではなくなったのだ。
まだ、自らを「関係者」と言えるほどではないけれど。
「確かに……言われてみればそうね。無関係ではなかったわね」
「はい! ですから、受け取って下さい!」
……いや、それはさすがにこじつけだろう。
だが、ペンダントを受け取るくらいは何の問題もないだろう。彼がせっかくこう言ってくれているのだから、わざわざ拒否することもなさそうだ。
そんなことを考え、私は、ペンダントを貰うことにした。
「ありがとう、リゴール」
「受け取っていただけますか……?」
「えぇ。貴方がそう言ってくれるなら」
途端にリゴールの表情が柔らかくなる。
「本当ですか! ありがとうございます!」
よく晴れた日の空のように曇りのない顔つきをしているリゴールから、ペンダントを手渡される。受け取る瞬間、ほんの一瞬だけ指と指が触れたので、不思議な感じがした。
手のひらにペンダント。
こちらも、これまた不思議な感じだ。
磨きあげたばかりのように輝く銀色の円盤。そこに埋め込まれた、星形の白い石。何か深いメッセージが込められていそうな、厳かな空気を漂わせたデザインである。
「近くで見ると綺麗なペンダントね」
「そう言っていただけると、嬉しいです!」
「大切にするわ。ありがとう」
言いながら、私は少し移動。室内に一つだけある大きめのベッドの端に腰掛ける。
……ん?
ちょっと待って。
この部屋にあるベッドは一つだけ。二人で一室なのに、ベッドは部屋に一つだけ。
これって、少しおかしくない?
「ねぇリゴール」
「はい?」
「この部屋、ベッドは一つしかないわよね?」
それまでとまったく違う話をいきなり振ったからか、リゴールは顔に戸惑い色を浮かべていた。が、戸惑いつつも周囲をきちんと見回す。それから答える。
「確かに。そのようですね」
「二人の部屋なのに、変だわ」
「そうですか?」
「いや、だって、異性と同じベッドに入るなんてリゴールも嫌でしょう?」
こんな状況下だから仕方ないとも言えないことはないが。
「そうですか? わたくしはべつに、気にはしませんよ」
「えっ……」
「昔は親と一緒に寝ていましたし。よく子守唄を歌ってもらったりしたものです」
リゴールはそう言って笑う。
その表情に穢れはない。
真っ白な、純粋な、そんな笑顔だ。
「エアリはそうではないのですか?」
「私は……そういう経験はあまりないわ。母は仕事が忙しかったし、父は堅物だから」
「そうでしたか」
「あ、でも、バッサに物語を読んでもらったことはあるわよ」
遠い昔のことだから、それがどんな物語だったかは忘れてしまった。ただ、バッサが枕元で物語を読み聞かせてくれたということだけは、今でも覚えている。
「……あの家も、今はもうないのでしょうけどね」
ふと、父親やバッサのことが脳裏をよぎる。
父親やバッサはもちろん、他の使用人たちも、皆無事だったのだろうか。怪我はなかったか、命を落とした者はいなかったのか、気になり出すと気になって仕方がない。
楽しいことばかりではなかったし、あの村が大好きだったわけでもないけれど。
でも、あそこは確かに、私が生まれ育った場所であって。
「……エアリ」
リゴールが掠れたような小さな声をかけてくる。
「辛いのですか、やはり」
「まぁ、ね……。さすがに平気ってわけにはいかないわ」
はぁ、と溜め息を漏らす。
「こんな心持ちじゃ駄目よね。今は生き延びられたことに感謝しなくてはならない時だというのに」
するとリゴールは、私の両手を、包み込むように握ってきた。
「分かります」
彼は私の手を優しく握ったまま、真っ直ぐに見つめてくる。
「……分かったようなことを言うなと、そう言われてしまうかもしれませんが。それでも、それでもどうか……分かると言わせて下さい」
リゴールの眼差しが真剣な色を滲ませたものだったから、私は何も返せなかった。
「こんなですが、わたくしも一応、故郷を追われた身ですから……」
そこまで言いきってから、リゴールは苦笑い。
「……少しはお力になれるかと」