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あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
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episode.21 二つの動き

 エアリらが風の吹く高台に到着していた頃。


 ブラックスターの首都にそびえる鋼鉄製の五階建て建築物——ナイトメシア城。その一階の大広間に、グラネイトとウェスタは帰還していた。


「ふはは! ご苦労だったな、ウェスタ!」

「……騒がないで、不愉快」


 ウェスタは漆黒の石を敷き詰めた床の上を行ったり来たり。ヒールが石に当たる硬い音だけが、天井の高い大広間に響く。


「相変わらずつれないな!」

「……黙って」


 冷たくあしらわれても挫けず話しかけ続けるグラネイト。そんな彼を、ウェスタは冷ややかに睨む。


「……くだらない話をしに集まったわけじゃない」


 ウェスタはグラネイトを冷たく突き放す。それでもグラネイトは止まらない。彼はウェスタに歩み寄りながら、「くだらなくなんかない! これは、凄く意味のある会話だ!」などと主張する。そんな彼を見て、ウェスタは呆れ果てた顔になっていた。


「……誰のせいで任務失敗になったと思っている」

「任務失敗? まさか! 屋敷を焼き払うことには成功しただろ!」

「だが王子は逃した」


 ウェスタの赤い瞳が、グラネイトを真っ直ぐに捉える。

 そこに滲んでいるのは、怒り。


「王子を逃しては意味がない」

「うっ……し、仕方ないだろう! 護衛がいたんだから!」


 グラネイトは慌てて言い訳をする。


「アイツがしたーっぱを蹴散らさなければ、このグラネイト様が敗走することになんてならなかったんだ!」


 だが、いくら言い訳をしたところでウェスタの怒りは収まらない——かと思われたのだが。


「……そう」


 意外にも、ウェスタは責めることを止めた。


「分かってくれたか!?」

「確かに……アイツは強い」


 責められなくなった途端、グラネイトは調子に乗る。ウェスタに急接近すると、後ろから彼女の体を抱き締める。


「だろ!? 仕方なかったんだ! ウェスタなら分かってくれると思っていたぞ! ふは——ぐぅッ!?」


 すっかり油断していたグラネイトの腹に、ウェスタの右肘が突き刺さる。


「う……ぐ……何しやがる」

「抱き締めるのは止めろと、前にも言ったはず」

「す、すまん……」


 腹部を押さえながら謝るグラネイトに、ウェスタは氷のような眼差しを向ける。


「謝罪はいい。ただ、繰り返すな」

「も、もちろんだ……」


 肘での一撃がよほど効いたのか、グラネイトはよろけていた。


「しっかし、アイツがもう合流しているとはな」


 グラネイトは肘で殴られた腹部を押さえたまま、ブラックホールのように黒い天井を見上げる。


「確か、お前の兄だったか」


 その問いに、ウェスタは俯く。


「……そう」


 ウェスタの唇が微かに動いた。


「アイツは兄さんだった……」


 俯くウェスタの儚げな表情に、グラネイトはむず痒そうな顔をする。

 何とかしたいが良い案が思いつかない、というような表情。


「でも、もう仲間ではない」

「いいのか? ウェスタ。もしアイツと戦うことになっても」


 グラネイトが問うと、ウェスタはゆっくりと顔を上げた。そして、彼に向かってそっと微笑む。


「……もちろん」


 その時の声だけは、それまでとは違って、柔らかさのあるものだった。



 ◆



「あーら、デスタン! ちゃーんと帰ってきてくれたのねぇ!」

「はい」

「大切な方とやらには、会えたのかしらぁ?」

「はい。おかげさまで。馬車代ありがとうございました」


 あれから少し歩いて、一軒の家に到着した。一階建てではあるけれど、それなりに立派な石造りの家である。先頭を歩いていたデスタンは、特に何も言わぬまま玄関のベルを鳴らした。すると、家から女性が出てきて——今に至る。


「いーのよ、そんなのはぁ! それよりそれより、寂しかったわぁ。アタシ、昨夜は寂しくて死ぬかと思った!」


 ぽってりとした唇が印象的な女性は、出てきてデスタンの姿を視認するや否や、体を彼にぴったりとくっつけていた。


「……何だか凄く積極的ね」

「……ですね」


 少し離れた位置に立ってその様子を見ていた私は、同じく離れた位置に立っているリゴールと、さりげなく言葉を交わす。

 今の私とリゴールの心は、恐らく、同じ感情で満ちていることだろう。


「デスタンはどうだったのぉ? アタシがいなくて寂しかったぁ?」


 女性は気味が悪いくらいの猫撫で声でそんなことを問う。

 だが、相手はあのデスタン。彼女が理想とするような答えが返ってくるわけがない——そう思っていたのだが。


「えぇ、それはもう……」


 デスタンは少し目を細め、切なげな笑みをうっすらと浮かべる。


「言葉にならないくらい寂しかったです」


 刹那、隣に立っているリゴールが、ぶふぉっと吹き出した。


 一方私はというと、吹き出すことは何とか免れたが、信じられない振る舞いをするデスタンを見て、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「やーん、嬉しいー」


 女性はデスタンを抱き締め、甘ったるい声を発する。


「私も同じ想いですよ」

「うふふぅ」


 目の前でいちゃつく二人を見ていたら、段々、「私はここにいない方がいいのでは」と思ってきた。


 ……もっとも、デスタンは本気ではないのだろうが。


「ところで、少し構わないでしょうか」

「なぁにぃ? デスタン」

「実は……しばらくここに泊めてほしい者がいるのです」


 抱きつかれたまま、デスタンは切り出す。


「あーら。それは一体、どういうことかしらぁ?」

「二人なのですが、どちらも私の大切な人なのです」


 どちらも。

 その言葉は、私にさらなる衝撃を与えた。


 デスタンはあんなに私を好いていないようなことを言っていたのに、泊まる場所を確保するためだけに嘘を。

 そう考えると、彼も案外悪い人ではないのかもしれないと思えてきた。


「ただ、事情があって家には帰られないのです。なので住むところがなく……」


 彼がそこまで言った時、女性は急に片手の人差し指を伸ばした。そして、その指先を、デスタンの唇へ当てる。


「うふふぅ。相変わらず、おねだりが上手ねぇ」

「頼んでばかりで申し訳ありません」

「普通なら断るところだけど……デスタンの頼みなら仕方ないわ。泊めてもいいわよぉ」


 凄い! これは上手くいきそう!


「で、どんな方々なのかしらぁ?」


 女性はぽってりした唇を動かしながら問う。その問いに答えるように、デスタンは私たちの方を向いた。


「彼らなのですが」


 その時になって、初めて、女性の視線が私とリゴールへ注がれた。

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