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あなたの剣になりたい  作者: 四季
2.高台の家と、母との再会
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episode.20 風の吹く高台 ★

 それから半日ほど、私たちは馬車に乗り続けた。


 二三時間に一度くらい馬車から降りて休憩したが、それ以外の時間は、ほとんど狭い馬車の中。

 私はこれまで、狭いところで誰かとずっと一緒にいる経験なんて、したことがなかった。それだけに、じっとしていたら頭がどうにかなりそうな気がして。

 だから私は、馬車の中で揺られている間、リゴールと色々話していた。


 楽しく話していれば、気分も晴れやかになるだろう——そう信じて。



 やがて、馬車が停まった。

 窓から見える外は、既にかなり明るくなっている。


「到着したようですね」


 床に座り込み壁にもたれていたデスタンが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。


「到着って?」

「……何ですか、馴れ馴れしい」


 デスタンは驚くくらい冷ややかに返してきた。



挿絵(By みてみん)



「ただ聞いただけじゃない」

「言っておきますが、私は貴女と親しくする気はありません」


 デスタンは私の前を通り過ぎ、すっかり眠ってしまっているリゴールの肩を両手で掴む。そして「起きて下さい」と言いながら、リゴールの体を軽く揺する。


 しかし、リゴールは目を覚まさない。

 デスタンはそれからもリゴールを起こそうと頑張っていた。が、リゴールはまったく起きそうになくて。


 だいぶ時間が経ってから、デスタンが私に言ってくる。


「協力していただけますか」

「親しくする気はないんじゃなかったかしら?」


 先ほどの素っ気ない態度には少し腹が立っていたので、思いきって、嫌み混じりの言葉をかけてやった。

 するとデスタンは顔をしかめる。


「……言いますね、女の分際で」

「女の分際? 何よ、その言い方!」

「すみません。つい本音が」


 さりげなく本音であることを仄めかしてくる辺り、非常に嫌な感じである。


「分かりました。協力していただけないということなら、べつにそれで結構です」


 吐き捨てるように言って、デスタンは視線を再びリゴールの方へと戻した。


 リゴールはあんなに素直なのに、なぜ彼はこうもひねくれているのだろう……。


 人と人を比べてはいけないと思いつつも、比べずにはいられなかった。


 リゴールはともかく、デスタンとは上手くやっていく自信がない。近くにいたら喧嘩になりそう——そんな気しかしないのだ。



 しばらくしてリゴールは目を覚まし、私たち三人は馬車から降りた。


「凄い……!」


 私は思わず発してしまう。

 視界に入るものすべてが、これまで見たことのない新鮮なものだったからだ。


 見上げればどこまでも広がる空。見下ろせば輝く海。

 信じられないくらいの青が、視界を埋め尽くす。時折髪を揺らす爽やかな風すらも青く見えるような、そんな世界。


「デスタン。貴方はこんなにも美しいところへ飛ばされていたのですか?」


 微かに潮の香りを帯びた風が吹く中、リゴールはデスタンに尋ねる。


「いえ。知り合った人の家が、偶々この高台だっただけです」

「知り合った人?」

「はい。私が飛ばされたのは、ここからずっと下った辺りの街でした」


 見下ろすと輝く海ばかりを認識してしまう。が、意識して目を凝らせば、ずっと下の方に街が見えた。赤茶の平らな屋根がずらりと並んでいる光景は、壮観としか言い様がない。


「適当に歩いていると、酒を飲まないかと誘われまして」

「酒!?」


 リゴールは驚きを露わにしつつ、隣のデスタンを見つめる。


「そうです。酒自体に興味はありませんでしたが、取り敢えずついていってみたのです」

「ついていったのですね……」

「はい。そこは男性がお客の女性に奉仕するという、極めて珍しい酒場でした」


 デスタンは淡々とした調子で話し続けている。


「男性が……女性に? それはまた、珍しいところですね」


 リゴールは眉を寄せ怪訝な顔をしながら、デスタンの話を聞いている。


「帰ることができない雰囲気になったので、少々手伝いをしました」

「て、手伝いとは一体……?」

「ご心配なく、王子。何てことのない手伝いしかしておりません」


 笑顔で話すデスタンに、怪訝な顔をしたリゴールは「具体的には何をしたのです」と問う。それに対してデスタンは、笑顔を崩さぬまま返す。


「飲み物を運んだり、飲み物を飲んだり、飲み物を運んだりしました」

「……飲み物を運んでばかりじゃないですか」

「はい、運んでばかりでした」


 リゴールは額に手を当てて、溜め息をつく。


「まったく……何をやっているのですか。そのような奉仕、必要ないでしょう。貴方は王子の護衛なのですよ?」

「いえ、違います」

「なっ……」

「王子の護衛、ではなく、リゴール・ホワイトスターの護衛、です」


 ほぼ同じ意味なのではないだろうか。遠巻きに話を聞きながら、そんなことを考えてしまった。それに。デスタンはいつも、リゴールを「王子」と呼んでいるではないか。それなのに、こんな時だけ「王子の、ではない」などと言うなんて、おかしな話だ。


「……何を言い出すのです、デスタン」


 そう発したリゴールは、驚きと困惑の混じったような顔つきをしている。


「ここはホワイトスターではありませんから」

「それはそうです。しかし……いつも『王子』と呼んで下さるではないですか」

「癖だから。ただそれだけです」


 デスタンにきっぱりと言われたリゴールは、急にふっと笑みをこぼした。


「……ふふ。相変わらずですね、デスタンは」


 意外にも楽しそうに笑みを浮かべたリゴールを見て、デスタンは戸惑っているようだった。無論、見ていただけの私も戸惑ったが。


「一時はどうなることかと思いましたが……こうしてまた会えて良かったです」

「今日の王子は何だか気持ち悪いです」

「なっ! 良いではないですか、再会を喜ぶくらい!」


 するとデスタンは、少し間を空けてから、「そうですね」とだけ返した。リゴールは不満げな顔をしていたが、デスタンはそんなことは気にせず話を進める。


「ではそろそろ参りましょう、王子」

「……どこへです?」

「答えの分かりきった問いは、答えるのが面倒なので止めて下さい」


 潮の香りの風が吹く中、デスタンは歩き始める。リゴールも、「……何だか妙に厳しいですね」などと言いながら、デスタンの背を追って歩き出す。


 私は完全に忘れられている。


 少し寂しい気もしたが、それはひとまず置いておき、彼らの背を追うように足を動かした。

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