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あなたの剣になりたい  作者: 四季
1.巡り会いと、村での暮らし
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episode.19 馬車の中で

 次に目が覚めた時、私は、木材で作られた狭い小屋のような場所にいた。


 どうやら横たわっているらしい。

 だが、本当の小屋にいるというわけではなさそうだ。というのも、微かに揺れがあるのである。小屋の中で横になっているのならば、こんな風に揺れるはずがない。


「……リ、エアリ!」


 やがて、視界の端に、見たことのある顔が現れた。

 大人びた雰囲気はあるがまだ若い少年のような——リゴールの顔である。


「……リゴール?」


 はっきりしない意識の中、私はそう発した。すると、視界の中の彼は、大きく数回頷いた。どうやら、リゴールで間違いないようだ。


 私はそれから、ゆっくりと上半身を起こす。

 すると、壁から突き出している椅子のような部分に横になっていたということが分かった。また、夜空のような紺色のコートがかけてあることにも気づいた。


「良かった! 気づかれましたか!」


 取り敢えず辺りを見回す。


 両側に窓が二つずつ。内部は決して広くなく、私が横たわっていた椅子のような部分が向かい合わせに設置されている以外は、ほぼ何もない。


「えぇ……ここは?」

「馬車の中です」

「えっ! ば、馬車!?」


 驚いて、日頃は出さないような大きな声を出してしまった。


「はい。エアリの屋敷が燃え、避難している途中で」


 リゴールに言われ、記憶が蘇ってくる。


 そう、私の家は火事になって——。


「……そういえば、そうだったわね」


 こんな時に限って、私は妙に冷静だった。

 村へ戻らなくちゃ! なんて、案外思わなくて。


「はい。何とか無傷で避難することには成功したのです。ただ、その過程でデスタンが少々乱暴な手を使ったので、エアリが気を失って……」


 すぐ隣に座っているリゴールは、穏やかな口調で、今の状況をきちんと説明してくれる。


「腹部に痛みはありませんか? エアリ。それだけが心配で」

「ちょ……それはどういう意味なの……」

「デスタンの一撃が入ってしまっていますので、まだ痛むということがないか、心配なのです」


 一撃が入った、って……。


 殴るか蹴るかされた、ということなのだろう。


 私は一応確認してみる。けれど、腹部に痛みはなかった。違和感も特にない。いつもと何も変わらない、普通の感じだ。


「特に違和感はないわ」


 そう答えると、リゴールは安堵の溜め息を漏らす。


「本当ですか! 良かった……!」


 リゴールの表情が柔らかくなるのを見て、こちらも「良かった」と思った。


 しかし、呑気に安堵している場合ではない。

 まだ把握できていないことがたくさんあるのだから、のんびり「良かった良かったー」などと言っていられる状況にはないのである。


「心配してくれてありがとう。それは嬉しいわ。けれど……よく分からないことが多いの。いくつか質問してもいいかしら」


 座っていても、小刻みに揺れるのを感じる。馬車に乗っていると、こんな風に揺れるのが普通なのだろうか。


「もちろん。構いませんよ」

「えぇと、じゃあ一つ目。私の家の火事はどうなったの? 火は消えたの?」


 私が問いを放つと、リゴールの表情が少しばかり曇る。


「……それは」

「どうしてそんな顔をするのよ」

「その……わたくしには分かりません」


 分からない、と返ってくるとは。


「確認することなく……出てきたので」

「そ、そうなの!?」

「はい。勝手なことをしてしまい申し訳ありません……」


 リゴールはすっかり小さくなってしまっている。元々細く小さめな体をしているが、しゅんとして縮んでいるせいで、今は余計に小さく見える。


「じゃあ、父さんや皆は私がどうなったか知らないの?」

「……はい」

「そんな。死んだと誤解されるかもしれないじゃない」


 実際に死んではいないわけだから、亡骸は発見されないだろう。それに、バッサだけは私が飛び降りて脱出したことを知っている。

 だから、多分、完全に死んだことにはならないはずだ。

 とはいえ、急に行方不明になれば、心配はされるだろう。


「う……。そ、それは……」


 リゴールは言葉を詰まらせる。

 そんな時、背後から声が聞こえてきた。


「王子を困らせるような口の利き方をしないで下さい」


 それまでずっとリゴールと二人で話していただけに、彼以外の人が急に口を挟んできたことに驚きを隠せなくて。私はすぐさま振り返った。


「……貴方だったの」

「何ですか。その、がっかりというような顔は」


 声の主はデスタンだったようだ。


 彼は、壁から突き出した椅子のような部分には座らず、木材を敷き詰めた床に座っていた。結構寛いでいるのか、壁にもたれている。


「ごめんなさい。そんなつもりではなかったの」

「……何でも構いませんが、王子を困らせるような真似だけはしないで下さい」


 その時ふと、私の家にいた時とは、デスタンの雰囲気が違うことに気がついた。どこがどう違っているのか、すぐには分からなかったけれど、数秒経って分かった。


 違っているのは、服装だ。


 私の家で出会った時は、丈が長いコートを羽織っていた。しかし今は、シャツにベストという軽装である。


 ——と、そこで、私の手元にあるコートの存在を思い出す。


「これって、もしかして貴方の?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 するとデスタンは、小さく一度だけ頷いた。


「貴方って、意外と親切なのね。ありがとう」


 そうお礼を言うと、彼はにっこり笑って「王子の指示に従っただけのことです」と返してきた。

 デスタンの笑顔の不気味なことといったら。


 彼には無表情が似合っている。あるいは、攻撃的な表情をしている時の方が、しっくりくる。

 笑っている彼なんて、悪事を企んでいる人にしか見えない。


「ところでリゴール」


 視線を隣に座っているリゴールへと戻す。


「は、はいっ」

「この馬車は一体、どこへ向かっているの?」


 するとリゴールは少し考えて。


「街の名は分かりませんが……デスタンが世話になっている家がある街へ向かっているところです」


 そんな風に答えた。


 デスタンが世話になっている家がある街。そんなことを言われても、それがどんな街なのか、まったく見当がつかない。


 ただ、余所者であっても受け入れられる余裕のある街なのだろうということくらいは、想像できる。

 そう考えると、受け入れてもらう先としては、悪くはない街だろう。


 けれど、不安がないわけではない。


 父親に安否を伝えぬまま、村を出てきてしまったのだから。

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