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あなたの剣になりたい  作者: 四季
13.闇に生きる王と、終わりへと続く道
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episode.197 なんて無力なのだろう

 ウェスタに手を握ってもらうと、グラネイトは掠れた声を発する。


「やった……の、か……」


 それはグラネイトが発しているとはとても思えないような弱々しい声だった。まるで病床の老人のような声の質である。


「そうだ。もう倒した。心配は要らない」

「結局、また……助け、て……もらって、しまった……な……」


 グラネイトの発言に対し、ウェスタは首を左右に動かす。

 その時の彼女の瞳は、涙で潤んでいるようであった。


「……それは違う。何度も助けてもらってきた、から、今度は何かしたかった。ただそれだけのこと」


 彼女の声は震えていた。


 ——いや、声だけではない。


 唇も、肩も、小刻みに震えている。


「……そう、か……」


 今にも消え入りそうなグラネイトの声を聞きながら、彼女は体を震わせている。瞳からはいつしか涙の粒が溢れていた。


「いつも、肝心な時に何もできない」


 溢れた涙は長い睫毛を伝って頬に落ち、頬を流れて顎から下へと舞い降りる。


「なんて無力なのだろう……」


 敵は倒すことができた。そして、グラネイトはまだ生きている。己も死にかけてはいない。

 それでも彼女が涙を流すのは、大切な人さえ護れなかった自身への苛立ちか。あるいは、大切な人が傷ついたことに対する悲しみか。


 いずれにせよ、それを知るのは彼女一人だけ。


 彼女以外の者が真実にたどり着くすべなどない。


 やがて、ウェスタの涙で濡れた頬に、大きな手がそっと触れる。


「……昔も……泣いて、いたな……」

「グラネイト」

「……夜、が……来るたび……窓辺で……」


 ウェスタの赤く腫れた目もとから、グラネイトの指が涙を拭い去っていく。それでも彼女の瞳からは、まだ涙の粒が溢れる。


「……この指、みたいに……なりたかった……」

「馬鹿だ、お互い」

「……そう、かも……しれないな……」


 そこで、グラネイトの意識は途切れた。

 彼の意識の消失によって、ウェスタは正気を取り戻す。


「そうだ。こんなことをしている場合ではない」


 ウェスタは濡れきった左目を手の甲で乱暴に擦り、涙を拭き取る。そして、決意を固めたような顔つきになる。


「絶対助ける」



 ◆



 王は強かった。

 ペンダントの剣で交戦しているが、とても勝てそうにない。


 背後からは時折リゴールが援護してくれる。魔法による遠距離攻撃を加えてくれるのだ。


 しかし、それでも王の方が勝っていた。


 私はとにかく剣を振り、少しでもダメージを与えようと動く。止まっていては攻め込まれるばかり。だからひたすら剣を振る。


「頑張るな、女……だが、弱い」


 リゴールのサポートがあっても、まともなダメージを与えることはできない。幾度か斬撃を当てることはできたが、掠り傷程度のダメージしか与えられなかった。


 動き続けていると、呼吸が乱れてくる。


 こんなことを続けていては絶対に勝利はない。私の動きが鈍った時が敗北の時になってしまう。


 戦況を動かすためには、何か、特別なものが必要だ。

 とにかく揺り動かさなくてはならない。


 でも見つからない。特別なもの、に当てはまるようなものは、今ここにはない。


 だから剣を振り続けるしかないのだ。

 無意味だと分かっていても。


「サポートがあったとはいえ、ここまで持ちこたえるとは驚き……お主、なかなかの実力者だ。だが」


 その時、王は仕掛けてきた。

 私が剣を振り終えた瞬間を狙い、拳を叩き込んできたのだ。


「くっ……!」


 拳は右肩に命中。

 ビキッと何かが壊れるような痛みが肩に駆けた。


「う……何これ……」


 数歩下がって王と距離を取る。

 すぐには立て直せないと判断したからだ。


「エアリ!」

「殴られるって、こんなに痛いもの……?」

「そうですね、あの力だと……それに、エアリは女性ですから」


 本調子の状態で交戦してもまったくもって勝てそうになかった相手に、負傷した状態で勝てるのか?


 ……無理だ。


 勝利はそんな簡単に掴めるものではない。


「さぁ、終わりにしようぞ」

「い……嫌よ、終わりなんて」

「選択権などない」


 王はそう言って、片手を掲げた。

 すると、前も見た黒いリングが出現する。


 前はそのリングでグラネイトの首を絞めようとしていた。だから、今回も多分、誰かの首につくのだろう。


 今の流れだと、その『誰か』は恐らく私だ。


 呼吸ができない状態にされるとさすがにまずいので、それだけは避けたい。


 でも、本当にまずいのは、リゴールを狙われた時。

 あの黒いリングがリゴールの首に装着されれば、これまでの努力はすべて水の泡になってしまいかねない。


「あれはこの前の……!」


 背後にいるリゴールが恐れているような声で発する。


「さらばだ」


 数秒後、黒いリングは私の首にやって来た。

 装着された直後は幸い首とリングの間に僅かな隙間があって、呼吸ができないことはなかった——が、すぐに絞まり始める。

 こうなるということは薄々勘づいていたけれど、それでもやはり実際に起こると怖い。想定していたから平気ということはなかった。


「っ……」


 今になって後悔が溢れてくる。

 なぜこんな無謀な戦いを挑んだのだろう、と。


「エアリ! しっかり!」


 リゴールの声が聞こえる。

 でも返事はできない。


 今すぐここから逃げ出したい……もう戦いなんてしたくない……。


 込み上げてくるのは、そんな気持ちばかり。


「止めて下さい! こんなこと!」


 リゴールは、王に向けて懸命に訴えてくれている。でも無意味だ。言葉で訴えたくらいで、止めてくれる王ではない。


 意識が徐々に薄れる。


 視界は霞み、音は遠退き。無へと向かっていく感覚。

 そんな中で思い浮かんだのは、バッサとエトーリアの顔。母親のようだった二人の笑顔だ。


 私は何をしていたのだろう。


 私は、一体……。


 生きているのか死んでいるのか、それすら分からぬ曖昧な世界で、私は「自分が今までしてきたことは何だったのか」ということをぼんやりと考える。


 死が視界に入った時くらい「死にたくない」と涙が出るのかと思っていたが、実際には妙に冷静で、なぜかすっきりしてさえいた。


 この世の煩わしいものをすべて削ぎ落とされたような気分だ。

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