episode.194 かつてのように
鳥に似た生物たちを片付けたグラネイトは、尋ねてくる。
「グラネイト様はウェスタのところへ行く予定だが、そちらはどうするつもりだ?」
時間はない。すぐに答えなくては。
「そうね……リゴールの部屋へ行ってみるわ」
「確かにそこにいるのか?」
「分からないわ。でも、この時間なら多分、部屋にいるはずよ」
デスタンと一緒にいるだろうから、そこまで慌てる必要はないだろう。完全復活はしていないデスタンでも、時間稼ぎくらいはしてくれるはず。
ただ、本格的に戦いになれば、デスタンがどこまで動けるかは不明。
いや、恐らく、あまり動けはしないだろう。
だからこそ、私が行く必要がある。リゴールを一人で戦わせたり、デスタンに無茶をさせたりしないためにも、私が行かなくては。
「そうか。ふはは! ではまたな!」
グラネイトはすぐにその場から消えた。
移動する術を使ったのだろう。
彼は大切なウェスタのところへ行ったのだ、私も大切な人のところへ行かなくてはならない。そう、リゴールのところへ。
だから私は足を動かす。
私はグラネイトのように移動の術は使えないが、それでも、早くリゴールと合流したいから。
リゴールの部屋の扉、そのすぐ前までたどり着くと、何やら音が聞こえてきた。それも、バタバタというような音。誰もいないということはなさそうだ。
取り敢えずノックしてみる。
だが返事はない。
中から音はしているのに、ノックへの反応はない——奇妙に思い、ドアノブに手をかける。
恐る恐る捻ってみると、扉は開いた。
「開いた……」
扉を開け、室内へ視線を向けた時、雷に打たれたような衝撃が走る。
そこにいたのが、デスタンやリゴールだけではなかったから。
私の位置から一番近いのはリゴール。扉を背にして立っている。彼のすぐ前にはデスタン。そして、二人の向こうには、ブラックスター王がいる。
「そんな!」
想定外の光景に、思わず叫んでしまった。
「……エアリ!」
それまでは私が入ってきていることに気づいていないようだったリゴールが、その時初めて振り返った。
「来てはなりません、エアリ。戻って下さい」
「ちょっと待って。これは一体、どういうことなの」
「わたくしは大丈夫です。ですから、エアリはどうか、ここから離れていて下さい」
そんなことを言われても困ってしまう。リゴールを助けられたらと思ってここまで来たのだから。
「ほう……女が現れたか」
いきなり口を挟んできたのは、ブラックスター王。
改めてよく見てみると、彼の足元には一匹の犬のような生物がいた。
四足歩行で、三角形の耳はぴんとたち、十センチほど垂れた尻尾はふさふさした毛に覆われている。そこまでは可愛らしく、普通の犬と大差ない。だが、表情や牙などが、普通の犬ではない異常さを漂わせていた。
目は豪快に開かれていて、異常なほど大きい。
また、口からは長い舌が垂れている。舌の長さは、おおよそ、私の肘から指先までと同じくらい。特に胴体を下げずとも地面につきそうなほど長い舌だ。
そして、垂れた舌の脇には、厳つい牙がある。
やや黄ばんだ白の大きな牙は、左右に一本ずつ、合計二本だ。厚みのある皿さえ割ってしまえそうなくらいの、強そうな牙。あまり考えたくはないが、あれで噛まれたら、腕くらいなら貫通するかもしれない。
「女をやれ」
王は犬のような生物に支持を出す。
次の瞬間、犬のような生物は「グァウルル」と喉を鳴らしながら、こちらに向かって駆け出してきた。
「剣……!」
ペンダントを握り、剣へと変化させる。
これはリゴールがいてくれるからこそできる技だ。
「あのような猛獣とやり合う気ですか!?」
「やるしかないわ。敵は少しでも減らしておきたいもの」
いざ王と戦うとなった時、こんな凶暴そうな生き物が邪魔をしてきたら厄介だ。先に仕留めておくに限る。
高めに構えた剣を——振り下ろす!
タイミングは間違えていなかった。突進してきていた生物がこちらの攻撃範囲に入った瞬間に、剣を振ることができた。
が、生物は首をしならせながら振り上げて、刃を弾く。
生物の口から涎が散っていた。
こんなにあっさりと弾かれるとは考えていなかった。衝撃だ。だが、そんなことに思考を裂いている暇はない。衝撃を受けて隙を作れば、そこを狙われる。
ここは退かない。さらに踏み込む。
私は、剣の柄が手から抜けないよう気をつけながら、今度は横向けに振る。
その振りは、生物の首の辺りに命中。
ただ、浅く斬ることしかできなかった。
犬のような生物は、傷を負ったことによってスイッチが入ったのか、直前までよりも険しい表情になる。大きな牙を見せつけるかのように歯茎を剥き、「ウグァウルルル」と低い唸り声を発し始めた。
あまり刺激したくはなかった。
でも、倒すためにはどこかで攻撃を当てなくてはならないから、これは仕方ないことと言えるだろう。
一振りで倒すことができるならそれが一番理想的なのだろうが、私にはそこまでの腕はない。私には必殺の剣技はない。だから、怒らせてしまったとしても、数回に分けて攻撃を当てるしかないのだ。
「次で終わりよ!」
犬のような生物が距離を詰めてくる。
勢いと迫力はかなりのもの。
でも、怒りのせいか動きは単調になっていた。
直進してきた生物とぶつかる直前、体を数十センチほど横へずらす。
冷静さを欠いている生物は、すぐには対応できない。
対応できるまでの数秒が狙い目。
右上から左下にかけて剣を振り、首を切り落とす——!
「たあっ!」
腕力だけでは足りないだろうが、重力に従った振り下ろし方をすればそれだけでも威力は増す。
——こうして私は、生物の首を切り落とした。
非常に荒々しかった犬のような生物も、首なしではさすがに動けないようで。重力のままに床へ倒れ込み、数秒かけて消滅した。
その時、リゴールの悲鳴のような叫びが響く。
「デスタン!」
何事かと思い、リゴールたちの方へ視線を向ける。
すると、王の拳を腕で受け止めているデスタンの姿が目に入った。
「受け止めるので必死とは、哀れだな」
「……く」
かつてのデスタンなら、やられたらやり返す、それだけの力はあっただろう。術は使えなくても、体術による戦闘能力は高かったから。
でも、今の彼は、戦いに慣れていない。
そして、戦うに相応しいほど強靭な肉体も、もはやない。
「デスタン! 無茶をしないで下さい!」
「……放ってはおけません」
「し、しかし! もうずっと戦っていないではないですか!」
デスタンの後ろに隠れているリゴールは、一人慌てていた。
「それはそうですが、習慣というものは消えないものです」
「そんな! どうして!」
「困ったものですね。貴方が背後にいると……今でもかつてのように護りたくなるのです」




