episode.193 感謝
ナイトメシア城、王の間。
王座に座る王のもとへダベベがやって来る。
「王様! シャッフェンの弟子で、生物召喚をできていた人を発見したべ!」
透明なワイングラスで赤黒い酒を飲んでいた王は、ダベベを一瞥する。
「……できていた、だと?」
「そうらしいべ」
「今はもうできぬということか」
「それは……研究中の事故で怪我して、できなくなったらしいんだべ」
ダベベはやや暗い声に変えながら事情を述べた。
王はワイングラスの端に唇をつける。そして、こくりと一口嚥下した。透明なグラスを満たしていた血のような酒の量が、僅かに減少する。
「できないのか、やりたくないのか、どちらだ」
「……できない、の方だべ」
「そうか。残念だ」
王は、はぁと溜め息を漏らし、酒を一口。
彼の機嫌が悪くなることを恐れてか、ダベベはすぐに言い放つ。
「で、でも! その人が昔生み出した生物は借りられたべよ!?」
ダベベとて馬鹿ではない。何の意味もない、何の役にも立たないことを、わざわざ報告しにやって来たわけではないのだ。
「鳥似やら犬似やらを借りてきたんだべ!」
彼がそこまで言った時、王は座からゆっくりと立ち上がった。
「そうか」
ワイングラスに残っていた少量の赤黒い液体を一気に飲み干すと、王はダベベに視線を向ける。
「行くぞ、屋敷へ」
あまりの唐突さに驚き、ダベベは上半身を大きく反らす。口からは「急すぎないべ!?」などという言葉が漏れていた。
「借りた生物を先に使え」
「鳥似も犬似も同時に使うべ?」
「犬を一匹残して、他はすべて先に仕掛けさせろ」
王は淡々と指示を出す。
「騒ぎを起こし、王子の護りが手薄になったところを狙う」
「わ、分かったべ!」
王の思考を知っているのは、今やダベベだけ。他の兵たちは、王の深いところなど欠片ほども知らない。
「今こそこの手で断ち切ろう——滅んだ世との最後の縁を」
◆
夕暮れ時、廊下を一人で歩いていたらグラネイトに呼び止められた。
「待て! エアリ・フィールド」
「え」
グラネイトは派手な服装だ。
上は、青地に赤のドットが目立つ半袖シャツ。下は、黄色の脚にぴったり吸い付くズボン。
「少し聞いても構わないか!」
「構わないけれど……何?」
厄介な絡まれ方をされたらどうしようと一瞬不安になった。が、グラネイトの表情が明るいものだったため、大丈夫そうだ、と安堵する。
「ウェスタに何か言ったか!?」
どういう質問なのだろう。
「聞いてくれ、実はだな……先ほどウェスタが優しくしてくれた!」
グラネイトは凄く嬉しそう。
良いことだ、それ自体は。
「腹部の痛みは大丈夫かと尋ねたら、『心配してくれたこと、感謝する』と礼を言われてしまった! 優しかったぞ!!」
優しいの基準が一般人とは少し違っている気もするが。
「それで、どうして私なの?」
「ウェスタがあのようなことを自ら言うわけがないからな!」
「……私がウェスタさんに教えたんじゃないか、って?」
「つまりそういうことだ!」
仁王立ちのグラネイトは、うるさいくらいの大きな声で述べながら、私を指差してくる。
「それがグラネイト様の予想! ふはは! 当たっていないか!?」
礼を述べるように、と、直接指示したわけではない。だが、私がウェスタに言ったことが結果的にそのような形になったという可能性は、十分にある。
「当たっているわ」
グラネイトの予想は、完全な外れではない。
「ふはは! やはりか!」
「……って言っても、私はたいしたことはできていないのだけど」
そこまで口を動かした瞬間、グラネイトは急に両手を握ってきた。
「感謝する!」
いきなり手を握られ、さらに礼を言われ。
話についていけない。
「ウェスタに優しくしてもらえたのは、エアリ・フィールドのおかげだッ!!」
「そ、それは言い過ぎよ」
「いいや! エアリ・フィールドのおかげで優しくしてもらえた、それは事実ッ!!」
無関係ではないかもしれないが、直結させて考えるのはさすがに短絡的すぎやしないだろうか。
……それと、いちいちフルネームで呼ぶのは止めてほしい。
「本当に感謝しかない!」
「感謝はウェスタさんにすれば良くない……?」
「なるほど! その発想はなかった! ただ、一応、エアリ・フィールドにも礼を述べておきたかったのだ」
真っ直ぐというか何というか。
今のグラネイトには、敵だった頃の面影はない。
「感謝しているぞ」
「ウェスタさんは家柄を気にしているみたいだったわ。どうか……幸せにしてあげて」
「ふはは! それは言われずとも!」
グラネイトが楽しげに発した——その時。
背後から「キュイ!」という高い鳴き声のようなものが聞こえてくる。
「……危ないぞ!」
「え」
突然グラネイトに右腕を引っ張られた私は、一瞬にしてバランスを崩し、右側に向けて倒れ込みかけてしまった。
だが、元々いた位置から動いたために、攻撃を受けずに済んだ。
というのも、一匹の鳥が、私の後頭部に向かって突撃してきていたのである。つまり、危うく後頭部にくちばしを突き刺されるところだったのだ。
「と、鳥……?」
一メートルくらいは軽くある、長いくちばしを持った鳥。この辺りで見かけたことはない種類だ。
「ふはは、違うぞ! あれはブラックスターの生物だ!」
「そうなの!?」
「グラネイト様が言っているのだから本当だ!」
方向転換し再び突進してきた鳥に似た生物のくちばしを、グラネイトは片手で掴む。そして、くちばしを掴んだその手から小規模爆発を起こし、鳥に似た生物を消滅させた。
「じゃあ、また襲撃……?」
「その可能性は否定できんな!」
そんなやり取りをしているうちに、周囲に、またもや鳥に似た生物が現れていた。先ほど飛んで突進してきたものと同じ、長いくちばしを持つ生物だ。
「また出た!?」
反射的に叫んでしまった。
「厄介だな……」
ペンダントはあるが、剣は持っていない。リゴールが来てくれない限り、私には戦闘能力がない状態だ。これでは援護すらできない。
「ウェスタが心配だが……ひとまずこいつらを倒すとしよう」
「グラネイトさん! 私、武器がないです!」
一応伝えておくと。
「ふはは! ならば己の身だけを護れ!」
そんな言葉が返ってきた。
さっぱりしている。
援護ができないなら、せめて、足を引っ張るようなことにはならないようにしよう。
「すぐに終わらせるぞ!」
グラネイトは爆発する球体をいくつも作り出し、長いくちばしの生物に向かって、それらを一斉に放つ。
もちろん、鳥に似た生物たちも黙ってやられはしない。飛んだり跳ねたりして、球体を上手くかわしている。が、それでもすべてをかわせるわけではなく、個体数はみるみるうちに減少していく。
——そしてついに、最後の一体が消滅する。
「ふはは! グラネイト様の圧倒的勝利ッ!!」




