episode.192 恋愛など成り立たない、と思っている
次の戦いはいつになるだろう。
その時には今回トランから買った薬が少しは役立つかもしれない。が、そもそも次の戦いがいつかなのかが分からないから、いまいち心の準備ができない。
でも、いつだって構わない。
リゴールの力になるという決意は固いし、エトーリアもそろそろ認めてくれそうだ。
だから大丈夫。
きっと護れる、大切な人を。
グラネイトがいない隙を見計らい、ウェスタに会いに行く。
「ウェスタさん! こんにちは!」
「……あぁ。エアリ・フィールドか」
ウェスタはまだ横になったまま。しかし、上半身を起こすことはできるらしく、彼女は座る体勢になってくれる。
「調子はどう?」
「命に別状はない」
「貫かれた時はどうなることかと思ったけれど……無事で良かった」
出血過多で命を落とすかと心配したが、幸い、彼女は生き延びた。そして、こうして今も生きている。
「心配かけてすまない」
「私が勝手に心配しただけよ。ウェスタさんは悪くないわ」
「……そうか」
ウェスタはふっと笑みをこぼす。
「……優しいね、いつも」
彼女はそう言うけれど、私は首を横に動かした。
「優しいのは貴女よ」
「それはない」
ウェスタはきっぱりと返してくる。
否定するにしても、もう少し考えてからにすれば良いのに。
「だって、何度も私たちに力を貸してくれたじゃない」
「……結局匿ってもらっているだけだ」
「それは違うわ。貴女たちがいてくれるだけで安心するもの」
「……だが、今は戦えない」
また否定。
色々あったせいで少し卑屈になっているのだろうか。
この話は、続けていても、同じことの繰り返しになるだろう。一向に進展がなさそうだ。なので私は、話題を若干変えてみることにした。
「そうだ! ウェスタさん、体はどうなの?」
たった今思いついたかのように振る舞う。
「医者からは……まだ安静にしていろと言われている」
「え。座るのは大丈夫なの?」
「それは、数分なら問題ないと言われている」
「そう。なら良いけど……べつに、横になっていても構わないのよ?」
私は酷い怪我をしたことなんてないから、今のウェスタの感覚は分からない。人間誰しも、経験したことのないことは掴めないものだ。
本人が問題ないというのなら、とやかく言う気はない。
ただ、彼女が無理して平気そうに振る舞っていたら申し訳ないので、一応言っておいた。
だがウェスタは「平気だ」と言うだけ。
新しく振ってみた話題だが、これ以上広げるのは難しそう。だから私は、さらに話を変えてみる。
「最近困ったことは?」
話が広がっていきそうな質問をしてみた。
「困ったこと……自由に動けないことくらいだろうか」
「そうね。それは不便よね」
「だが、大抵のことはグラネイトがしてくれる」
「それは良いわね!」
グラネイトはウェスタをとても大切に思っている。
そんな彼が傍にいれば、ウェスタも安心だろう。
「そういえば、彼、今はいないのね」
「外出中だ」
「買い物か何か?」
「……氷を頼んだ」
氷?
そんなの、少しくらいなら屋敷にあるのに。
「氷なら屋敷にあるわよ?」
「少し離れたかっただけだ。ずっと傍にいられると……正直鬱陶しい」
ウェスタは本気で鬱陶しいと思っていそうな顔をしていた。
想いをまったく理解してもらえないグラネイトは気の毒だが、ウェスタが鬱陶しく思うのも分からないではない。こればかりは、一概にどちらが悪いとは言えないだろう。
「最近は特に近寄ってくる。長時間になると不快だ」
「ちょっと意外。長時間じゃなかったら平気なのね」
「……短時間なら暇潰しにはなる」
その程度なのか。
私は第三者だが、何となく残念な気分だ。
「そういえば、グラネイトさんって、ウェスタさんのことが好きなのよね」
「確かに、そう言っている」
「貴女は好きじゃないの?」
「私があいつを? ……まさか。それはない」
ウェスタは目を細める。
「生きていてほしいとは思っているが、それは恋愛感情とは違う」
何やらややこしいことを言い始めた。
生きてほしいということは、大切に思っているということなのではないのだろうか。
「それに、そもそもの身分が違う。恋愛など……成り立たない」
「そういうものなの?」
「あいつはあれでも良家の出身。今の王の下では無理でも、生きていれば、いつかは再び地位を取り戻すだろう」
そういえばいつか、彼の口からも、そういう話を聞いたことがあった。いずれブラックスターに戻りたいと考えている、というようなことだったか。
「そうすれば、相応しい女がつくはずだ」
「彼がそんなことをするかしら……」
「金のある女とくっつく方が家を再興しやすい」
「グラネイトさんがそんな理由で相手を選ぶとは思えないわ……」
長年付き合ってきたわけではないから、グラネイトのすべてを知り尽くしているわけではない。
でも彼は、己の願望のために女を選ぶような人ではない。
私はそう思っている。
あれだけ真っ直ぐに感情を伝えられるグラネイトが相手なのだから、ウェスタだって分かっているはずだ。グラネイトは地位だけで女を選ぶようなことはしないと、知っているはずなのだ。
「……ウェスタさんはもっと、彼に素直になるべきだわ」
グラネイトは確かにウェスタを愛している。彼女はそれを見て見ぬふりしているだけだ。
「何を言っている」
「偉そうなことを言ってごめんなさい。でも、生きてほしいと願う心があるのよね? それは多分……特別な存在だからよ」
ウェスタは眉をひそめる。
「よく分からない」
「グラネイトさんが死ぬのは嫌なのでしょう?」
「……そうだ」
「それは、グラネイトさんが特別な存在だってことよ」
どうでもいい人に生きてほしいとは願わない。感心のない相手になら、死んでほしいとまではいかずとも、わざわざ生きてと願うことはしないだろう。
生き延びてほしいと思うのは、その人を大切だと思っている証明。大切な存在だからこそ、死なないでほしいと願うのだ。
「たまには優しく返してあげるというのはどう?」
「……どういうことだ」
「たまにで良いから、大切に思っているということを伝えるの。そうしたら、彼の一方的な迫り方も、少しは改善するんじゃないかしら」
ウェスタは軽く握った拳を口もとに添えながら、「そうか……」というようなことをぽそりと呟く。
納得してくれたのか否かは不明だ。
でも、少なくとも怒ってはいなさそうである。
悪気はないが怒らせてしまったら申し訳ない。そう思う心があるだけに、ウェスタが怒ってはいない様子なのを見て、密かに安堵できた。
そんな時だ。
「ふはは! 氷買ってきたぞ!」
グラネイトが帰ってきた。
「売っていたか」
「ふはは! グラネイト様にかかれば、氷を買うくらいどうということはない!」
いつも通りの元気なグラネイトだ。
 




