episode.190 酒の飲み過ぎは、内臓に負担が
ナイトメシア城、王の間。
王座には不機嫌なブラックスター王が鎮座しており、その横にはダベベがいる。
「王様、この前の火傷はもう大丈夫なんだべ?」
「あの程度、たいしたことではない」
王の手にはワイングラス。
そう、彼はもう一時間ほど酒を飲み続けているのである。
ちなみにダベベは、王のワイングラスに酒を注ぐ役をしている。
ずっと酒の瓶を持って立っていなければならないから、そこそこ腕が疲れる役割ではあるのだが、ダベベは役目を果たそうと努力している。
「でも王様……前はこんなに酒飲んでなかったのに、大丈夫なんだべ? 飲み過ぎてないべ?」
ダベベが気遣いの言葉をかけると、王は鋭く返す。
「飲み過ぎてなどいない!」
王の荒々しさに少し戸惑いながらも、ダベベは控えめに「な、ならいいんだべ……」と返していた。
「しかし、あやつら……いつの間にあのような関係になったのか……」
赤紫の酒を口腔内に注ぎつつ、王はぶつぶつ愚痴を漏らす。
「どいつもこいつも……男女関係ばかりに夢中になりおって……」
王ならではの愚痴ではない。一般人でも漏らしそうな愚痴だ。それを聞いたダベベは、内心呆れていた。王があまりに一般人のようだから。
「注げ!」
「は、はいっ」
ワイングラスが空になるとダベベが酒を注ぐ。そして、王はそれを飲みながら、愚痴を思う存分漏らす。
もうずっと、それの繰り返しだ。
そんな状態の王をダベベは心配している。が、あまり踏み込んだことを言うわけにはいかず。
結果、王は酒を飲み続けている。
酒の匂いだけが漂う王の間には、王とダベベ以外の人間は誰もいない。なぜなら、今は入室禁止の令が出されているから。扉の外には見張りがいるだろうが、王の間内へ入ることは誰もできない状態なのだ。
そういう状況下でも王の間に入ることができるダベベは、ある意味、特別扱いされていると言える。
「ところで王様、これからどうするべ?」
「それはどういう意味だ? ダベベ」
「王子や裏切り者たちをどうするのか、予定を聞かせてほしいんだべ」
王の護衛役になってすぐの頃のダベベは、いつも緊張してばかりで、王と上手く話せないでいた。ことあるごとに恐怖感を覚えていたのだ。だが、さすがに、ダベベももう慣れた。それどころか、今では王と二人でいることが当たり前になりつつある。
「面倒臭い……面倒臭いとしか言い様がない……」
酒を飲み過ぎてすっかり酔っぱらっている王は、そんなことを返す。
「な、なら、追うのはもう止めたらどうだべ?」
「何を言っている……今さらできるわけがない」
「あんなこと、止めた方が、きっと皆幸せになれるべ」
ダベベが小さな声で言った瞬間、王はワイングラスを王座の肘掛けに置いてダベベの襟を掴んだ。
「んなっ!?」
「余計なことを言うな、ダベベ」
王は冷ややかな声で脅すように述べ、ダベベの襟を離す。
本当に暴力的なことをする気はなかったようだ。
「ご、ごめんなさいべ……でも、でも、悪いことを言ったつもりはなかったべ……」
いきなり脅されたダベベは弱々しく漏らしていた。
その顔には、少しばかり恐怖の色が滲んでいる。
「もういい。酒を注げ」
「ま、まだ飲むべ……?」
「いいから黙って注がんか!」
「は、はい……」
注いでも注いでもすぐに飲み終え、また次をグラスに注ぐよう命令してくる。王は酒を飲むことを止めない。そんな王を、ダベベは心配している様子だ。ダベベは、酒の飲み過ぎで王の内臓が悪くならないか、案じているのである。
「……で、次の作戦だが」
ワイングラスの中で波打つ赤紫の液体を口に含みながら、王は口を開く。
「思いついたべ!?」
「もう一度行くぞ、真正面から」
「ま、真正面から!?」
「そうだ。直接攻めにかかる」
その言葉を聞いたダベベは、感心したように発する。
「い、勇ましいべ……!」
ダベベは、憧れの勇者が敵に挑んでゆくところを目にした村人のような顔をしている。
「ところでダベベ。倒された中に確か——生物召喚の術を得意としていた者がいなかったか」
王にいきなりそんなことを問われ、ダベベは一瞬困惑したような顔をした。だが、すぐに記憶を探り、そして思い出す。生物を召喚することができた男性——シャッフェンのことを。
「あ! いたべ! あのちょっと肥えた人!」
「今回は、やつのような術を使える者を連れて攻めていきたいのだ」
「そ、それはつまり、どういうことだべ?」
シャッフェンのことを思い出すことはできた。しかし、王の発言から自身がすべきことを導き出すのは、ダベベには難しかった。
「生物を召喚できる者を呼べ」
「で、でも……そんな人、いるべ?」
「探せということだ!!」
「ヒィ! ……しょ、承知したべ。取り敢えず、彼の関係者を当たってみるべ」
◆
ある夜、彼はいきなりやって来た。
「やぁ、久々だねー」
日も沈んだ時間帯に人が訪ねてきたと使用人から聞き、また敵かと焦って玄関まで様子を見に行ったら、トランだった。
「ど、どうしたの? いきなり。しかもこんな時間に」
トランは以前と同じ服を着ている。髪型も特に変わっていない。ただ、荷物だけが違っていた。というのも、以前は持っていなかった大きな鞄を斜め掛けしているのである。
「色々作ってみたからさー、もし良かったら買わない?」
「え。ちょ、ちょっと待って。話がよく分からないわ」
何がどうなっているの。
「取り敢えず、家の中に入れてもらってもいいかなぁ。発明品の紹介をしたいからー」
まるで押し売りである。これで相手がトランでなかったなら、修理したばかりの扉をすぐに閉めたことだろう。
「入るのは良いけど……買うかは分からないわよ?」
「いいよー。絶対欲しくしてみせるからー」
「じゃあどうぞ。この辺でいい?」
「うんうん、それでいいよー。ありがとー」
トランは明るく振る舞っているが、心が読めない。
だから、私の中の彼を怪しむ気持ちは、まだ完全には消えていない。
「王様に襲われて困ってるんじゃないかなーって思ってさ。それで、色々役立ちそうなものを作ってみたんだー」
堂々と家の中へ入ると、トランはその場にしゃがみ込んで、斜め掛け鞄の口を開ける。そしてそこから物を取り出す。
「まずこれ! 便利な銃!」
最初に出てきたのは、黒い小型の銃だった。
「それって……ブラックスターの人が使っていたやつじゃないの?」
包帯のような衣装を身にまとっていた少女が使っていたものによく似ている。
「うん、そうだよー」
「じゃあどうして持っているの!?」
「そのブラックスターの人がボクに襲いかかってきてさー。もちろん倒したけど、これだけ使えそうだったから拾って、改造して、他の人でも使えるように仕上げてみたんだー」
トランは歌うような口調で説明してくれる。
でも、その内容はさりげなく怖い。
「だから今なら誰でも使えるよー」
「そ、そう。それは便利ね」
「わーい。褒められたー。じゃあ買ってくれるー?」
「……購入は少し考えさせて」
「えー。けち臭いなぁ」




