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あなたの剣になりたい  作者: 四季
1.巡り会いと、村での暮らし
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episode.18 逃れる

「……窓?」


 リゴールの提案に、私は戸惑いつつ返した。


「はい! 窓から飛び降りれば、すぐ外に出られます!」


 表情も、声色も、真剣そのもの。冗談のような提案だが、ふざけて言っているとは思えない。


「待って。ここ、二階よ」

「二階くらいなら大丈夫です!」


 いや、大丈夫とはとても思えないのだが。


 ……ただ、時間がないことも事実。


 このまま呑気に話していたら、逃げ遅れかねない。火に包まれて死ぬ——そんなのはお断りだ。


 だから、私は頷いた。


「……分かったわ」


 リゴールの顔に光が射し込む。


「分かって下さったのですね!」

「死なずに済んで、怒られずに済む方法は、それしかないもの」


 そこへ、バッサが口を挟んでくる。


「お嬢様、一体何を!? 飛び降りる、なんて、正気ですか!?」


 肌は青白く染まり、顔中の筋肉が強張っている。バッサがこんなにも動揺した顔をしているところを見るのは、初めてかもしれない。


「……えぇ」

「危険なことをした、と怒られますよ!?」

「その方がましだわ」


 リゴールと出会ったのは、ただの偶然。声をかけて知り合いになったのも、ちょっとした気まぐれ。


 彼と離れるチャンスは、何度もあった。

 けれど、私はそのチャンスを掴まないでここまで来た。


 せっかく手にした知り合いを手放すなんて惜しくて。そこへさらに、別の世界から一人来てしまった彼への同情も加わり。

 私は、彼から離れることができなかった。


 もっと早く別れていたなら、きっと、こんなことにはならなかったのだろう。


「黙って泊めていたことがバレたら、勘当されてしまうわ」

「お嬢様!」

「……勝手な娘でごめんなさい。私、行くわ」


 それだけ言って、バッサとは別れる。


 お出掛け用の手提げに、いつも着ている黒いワンピースをくしゃっと突っ込み、リゴールの手を借りて飛び降りた。



 二階から飛び降りたが、リゴールが魔法でいくつか足場を作ってくれていたため、無傷で地面へたどり着くことができて。家からの脱出に成功した。


「お怪我は?」

「大丈夫よ、リゴール」


 今私がいるのは家の裏側。それゆえ、人の気配はない。ただ月の光が降り注ぐだけで、辺りは薄暗い。

 けれど、私がいるのと反対の方——つまり正面玄関側からは、ざわざわと声が聞こえていた。


 火はどうなっているのだろう。

 ここから見えるほど豪快に火の手があがっているということはないが。


「なら良かった……ではありませんでした! またしてもご迷惑を!」


 なんというか、もはや、迷惑などという次元ではない気が。


「えと、あの、わたくしは何をすれば!?」

「リゴールは水は出せないわよね?」

「はい! 出せません!」


 意外にもはきはきと答えられたので、少し驚いてしまった。


「そうよね……」


 取り敢えずは、父親らと合流すべきなのだろうか。

 でも、そうしたら、リゴールとはここでお別れになってしまう。


「申し訳ありません、エアリ。わたくしが無力なばかりに……」


 赤い火は見えない。

 ただ、焦げ臭い香りの風が、周囲の木々を揺らす。


「どうしましょう、何と謝れば——」


 言いかけたリゴールの手首を、デスタンが唐突に掴んだ。


「王子。去りましょう」


 焦げ臭い風に髪を揺すられながらも、デスタンは冷静そのもの。眉一つ動かしていない。

 彼の片手には、リゴールのペンダントが変化した剣。それは、私が渡して持ってもらっていたもの。そして、もう一方の手が、リゴールの片手首を掴んでいる。


「何を言い出すのです、デスタン! そんなこと、できるわけがありません!」

「私たちがここに滞在しなくてはならない理由など、何一つとしてないでしょう」


 デスタンの声は冷たい。


「しかし……! エアリには世話になったのです……!」


 リゴールは懸命に訴える。だが、その言葉がデスタンに届くことはない。


「既にやつらに知られている以上、このような田舎の村に潜む必要もないはずです」

「逃げるような真似はできません!」

「死にたいのですか、王子」


 刹那、リゴールはデスタンの手を払い除けた。


「死にたくなどありません! けれど、恩を仇で返すような真似をしたまま逃げるのは嫌です!」


 リゴールはきっぱりと言い放つ。

 これにはさすがのデスタンも驚いたようで、目を大きく開いていた。


「デスタン、貴方には分からないでしょう。けれど、わたくしにとっては、エアリは大切な人なのです。何度も助けて下さったエアリに何も返せぬまま、ここから去るわけにはいきません!」


 リゴールに凄まじい勢いで言葉を浴びせられたデスタンは、何か考えているかのように、瞼を閉じる。それから少し経って、彼はゆっくりと瞼を開けた。


「分かりました、王子」

「そうですか!」

「では、その女も連れて逃げましょう」


 そう言うと、デスタンは私にすたすたと歩み寄ってきた。


「……何?」

「失礼します」


 戸惑っているうちに、ひょいと抱え上げられてしまう。


「ちょ……ちょっと!」

「それではひとまず、避難するとしましょう」


 デスタンは私の体を、肩の高さまで持ち上げた。慣れない体勢に驚き戸惑い、私はつい、両足をばたつかせてしまう。


「え、ちょ、何なの?」

「貴女をここに置いていくのは王子のお望みに反するようなので、連れていきます」

「なっ……どういうこと!?」


 何がどうなっているのか。

 理解が追いつかない。


「安心して下さい、あくまで避難ですから」


 いやいや、安心しろなんて無理があるだろう——そんな風に、内心突っ込みを入れてしまった。


「いきなり過ぎるわ」

「貴女は火の中にいたいのですか?」


 手足をばたつかせてみる。けれど、デスタンがその程度で離してくれるはずもなく。


「いいえ! ……けれど、急に村を離れるなんて」

「落ち着いた頃に帰ればいいのです」

「それは……そうだけど。でも……」


 避難という意味では、彼らと共にここから離れた方が良いのかもしれない。その方が安全かもしれない。

 そう思わないこともない。


 だが、村を離れる勇気なんてなくて。


 それゆえ、迷いなく頷くことはできなかった。


 そんな曖昧な態度を続けていたからだろうか——デスタンに溜め息をつかれてしまった。


「面倒臭いので、一撃失礼します」

「……え」


 その数秒後、視界が暗くなった。

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