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あなたの剣になりたい  作者: 四季
13.闇に生きる王と、終わりへと続く道
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episode.184 緊迫の静寂

「ブラックスター王!?」


 偵察に行っていたグラネイトからの言葉を受け、私は思わず叫んでしまった。夜中に大きな声を出すのは問題だと分かってはいるのだけれど、驚きの声を発することをせずにはいられなかったのだ。


「そんな。王様がこの屋敷に来るなんて……でもどうして」

「知らん! ただ、これは結構まずいぞ!」


 言われなくても分かっている。こんな夜中にブラックスター王本人がやって来たのだから、どう考えてもまずい状況だ。もし今の状況をまずいと思わない者がいたとしたら、それは楽観的過ぎる人。否定はしないが、その人が変わっている、と捉える方が正しいだろう。


「……王は一人?」


 尋ねたのはウェスタ。

 彼女はまだ冷静さを保っている。


「護衛が一人ついているようだったぞ」

「では二人?」

「ふはは! そうなるな!」


 室内に重苦しい空気が立ち込める。大雨が降る一時間前くらいに見られる厚い雨雲のような重々しい空気が、部屋中を満たしている。


 ベッドに腰掛けているリゴールは不安に瞳を震わせ、そんな彼に寄り添うデスタンは固い表情。ウェスタは冷静さを失っていないが、緊迫した表情ではないと言えば嘘になるような顔。そして私は、多分、動揺丸出しの顔つきをしてしまっていると思う。


 ブラックスター王がリゴールの命を狙っているのだから、いずれは王と顔を合わせることになるのだろう。戦わなくてはならない可能性だってある。


 それは分かっていたこと。


 なのに、いざその時が来たら、怖くて仕方がない。

 今から私たちに訪れる未来が怖くて、言葉を失ってしまう。何か言葉を発することで緊張をほぐそうと思っても、何も言えない。口が動かない。


 そんな情けない状態になってしまっていた私に、ウェスタが声をかけてくる。


「エアリ・フィールド」

「え?」

「そんな顔をすることはない。ここには皆いる」


 ウェスタの口調は冷ややかなものだ。しかし、その根っこの部分には、彼女なりの優しさがあるのだろう。励まそうとしてくれていることがよく伝わってくる。


「そうだぞ! 弱気になるな!」


 さりげなくグラネイトまで話に入ってくる。


「ウェスタさんも、グラネイトさんも……ありがとう」

「王は恐らく無関係の者には手を出さない。だから、母親などに影響が及ぶことはない。ふはは! そこは安心だ!」

「そう……なら良いのだけれど」


 励ましてもらっても、抱いた不安が消えるわけではない。風船を針で突くのとはわけが違うから。

 でも、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。

 いつか必ずその時は来る。その時が来たら、覚悟を決めなければならない。もう引き返せないのだから、恐れることに意味などありはしないのだ。


「……ところで、ブラックスター王はどのようにしてここへ来るのでしょう?」


 それまでベッドに腰掛けて不安げな面持ちでいたリゴールが、唐突に口を開いた。


 リゴールが発した疑問は、確かに、と思えるものだった。


 なんせ私たちはブラックスター王を知らなすぎる。


 どのような手を使ってくるのか知らないどころか、移動の術を使うのかどうかなど戦闘以外の情報さえほとんど持っていない。


「我々が使うような移動の術を使っているところは見たことがない。……移動手段を隠している可能性はゼロではないが」


 リゴールの問いに一番に言葉を返したのはウェスタだった。


「そうなのですか?」


 ウェスタからの返答が意外だったのか、リゴールはきょとんとした顔をする。


「王が王の間から出ていくところは、ほとんど見たことがない」

「それは、移動能力が低いということなのでしょうか……?」

「絶対とは言えないが、その可能性はある」

「うぅ……何とも微妙な情報ですね……」


 可能性はある。

 絶対とは言えない。


 そんな不確かな情報しか得ることができず、リゴールは渋い顔をする。


 ウェスタは、ブラックスター王に仕えていたとはいえ、彼に一番近かったわけではないだろう。だから、彼に関する重要な情報を持っていないのは、ある意味仕方のないことと言える。


 ……ただ、少しは情報が欲しい。


 人間、よく分からないものほど恐ろしいものはない。それはつまり、対象を少しでも知っていれば向かい合う時の恐怖も少しは減る、ということだ。



 その時。

 コンコン、と、乾いた音が耳に入ってきた。



 少しは緩んでいた室内の空気が、一気に変わる。

 部屋の中にいる誰もが緊張を隠せてはいなかった。


「……まさか」


 掠れたような小さな声を漏らすのは、リゴール。

 その少年のような面には、緊張のみならず、恐怖の色までもが滲んでいる。


 無理もない、命を狙われているのだから。


「恐れることはありません、王子」

「し、しかし……」


 デスタンはリゴールのすぐ隣に腰を下ろし、その細い手を音もなく握る。また、前髪に隠れていない右目から放たれる視線は、穏やかそのものだ。今のデスタンの目つきは、日頃の彼の目つきとはまったく違う。別人のようだ。


 静寂の中、再びノック音が響く。

 大きくはないノックだが、先ほどのノックよりかは少し強めだ。


 もしかして、バッサとかなんじゃ——そう思い扉へ近づこうとした私の手首を、ウェスタが掴んだ。


「待って」

「ウェスタさん?」

「今は出ない方が良い」


 首を左右に振りながら、彼女は私を制止してきた。


「でも、もしかしたら敵じゃないかもしれないわ……使用人とか母とかかもしれないし……」


 私はそう言ってみるけれど、ウェスタは手を離してくれない。


「その証拠はない」


 ウェスタは何げに結構な握力がある。そのため、手首を掴まれてしまうと、彼女が手の力を緩めない限り逃れることはできない。全力で振り払えば何とか逃れることはできるかもしれないが、そこまですることはないだろう。


「様子を見た方が良い」

「そう……」

「通り過ぎてくれれば幸運。無理に仕掛けてくるなら交戦。いずれにせよ、こちら側から動くべきではない」


 ここまで言われたら仕方がない。私は「そうね」と返して、様子を見に扉の方へ向かうことを止めた。


「じゃあ、このまま様子見?」

「……そうすべき」

「分かった。従うわ」


 素人判断で勝手に動いて周囲まで危険に晒すことになったら、目も当てられない。危険な目に遭い、周りにも迷惑をかけるなんて、とにかく最悪のパターンだ。


 そこで、さらにノック。

 前回よりも強い力で叩いているらしく、音も若干大きい。


「すみませーん!」


 ノックの直後、声が聞こえてきた。

 聞き慣れない声だが、平和的な雰囲気を持った声だ。


「ちょっと失礼したいんだべ! 入っていいべー?」


 どこにでもいそうな声色。

 素朴ながら友達になれそうな話し方。


 さほど悪い人ではなさそうなのだが……。

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