episode.182 完全復活!
あちらはラルク一人。
それに対し、こちらは二人。
数だけで考えるならばこちらの方が多く、有利と言えるだろう。
ただ、ラルクの戦闘能力は意外にも高い。なぜ今まで表に出て戦わなかったのだろうと疑問に思うくらいだ。
そんな優秀な戦闘員のラルクが相手だから、一人差程度では、たいして有利になれている感じがしない。
だが、リゴールがグラネイトを呼びに行っているということがあるから、圧倒的に不利ということはない。グラネイトが合流してくれたなら、少しはこちらが有利になるだろう。三対一なら、ラルクを不利に追い込むことができるかもしれない。
「ブラックスターで生まれ育った女が、なぜホワイトスターの者に味方する」
「誰もが初めはそう思う。でも本当は……生まれなど関係ない」
ラルクは一旦距離を取ると、言葉で揺さぶりをかけようとする。しかしウェスタは冷静さを欠いてはいない。落ち着いて、静かな声で、きちんと言葉を返している。それにより、ウェスタよりラルク自身にストレスが溜まっていく。
「故郷を捨てた裏切り者!」
「……故郷が人生を選ぶのではない」
「勝手なことを……!」
ラルクの声は震えていた。
刺激しようとしていた側だったラルクが、いつの間にか刺激される側になっており、苛立ちを堪えきれなくなっている。その様は、滑稽と言わざるを得ない。
「ブラックスター王への恩義を忘れたか!」
「恩義はない」
「雇ってもらっていたのではなかったのか!?」
「使えなくなれば捨てる……そんな者に恩義などない」
ラルクとウェスタが離れた位置で口論している間、私はウェスタの一メートルほど後ろに立って、口論の行く末を見守っていた。
無論、「見守っていた」なんてかっこいいものではない。
口論には入っていけそうにないから、二人の様子を観察していたというだけのことだ。
——その時。
背後から何かが飛んできた。
その何かとは、赤から黄色の間のグラデーションに染まった、直径三十センチほどの球体。
しかも、一つではない。
夜の薄暗い廊下を光る球体が飛んでいく様は、驚きとしか言い様がない。
五つほどある球体は、一斉にラルクに向かっていた。
「はっ!」
ラルクは咄嗟に弓を構え、矢で球体を撃ち落とす。
が、五個すべてを撃ち落とすには至らず。
「しまった……!」
咄嗟にその場から飛び退くラルク。しかし球体の爆発も早い。小規模でも爆発は爆発だ、無傷とはいかない。
「くっ!」
すぐに大きく下がり直撃は何とか避けたラルクだったが、爆風に煽られ、吹き飛ばされる。一度廊下の壁にぶつかった体は、そこからさらに、数メートル転がってゆく。
直後、後ろから大きな声。
「ふはは! グラネイト様、ついに復活!!」
発言の内容から誰の発言かはすぐに分かった。が、確認のため振り返る。するとそこには、自信満々な顔をしたグラネイトと控えめなリゴールが立っていた。
「呼んで参りました、エアリ」
「ありがとう!」
ラルクは爆風で転がっていった状態のまま。
あれだけ優れた運動能力を持つ戦闘員ならすぐに体勢を立て直してくるかもと密かに恐れていたのだが、案外そんなことはなく。
うつ伏せで倒れたままだ。
ただ、体が消え始めていないことを考えると、生きてはいるのだろう。
「グラネイト……」
いきなりのグラネイトの登場に、ウェスタは唖然としていた。何の前触れもなくやって来るとは思っていなかった、という感じだろうか。
「無事だな! ウェスタ!」
「……それはもちろん」
「それならよし!」
ウェスタとそんなやり取りをしながら、グラネイトはズカズカと歩いてくる。足が長いだけあって、一歩も大きい。回復してきてからまだそれほど経っていないにもかかわらず、敵前に出ることに対する躊躇いは一切なさそうだ。
「体は治った。術も使える。グラネイト様、完全復活だ!!」
やる気満々のグラネイトの登場。それを目にしたラルクは、顔の筋肉を心なしか強張らせる。二対一ならともかく三対一になったらまずい、と思っているのかもしれない。
「またもや裏切り者か……」
「夜中に騒がしくするようなやつはぶちのめす! 鬱陶しいからな!」
グラネイトは時折馬鹿そうなところが見え隠れする人物だが、今は頼もしく見えないこともない。ラルクの顔を目にしたら、なおさら、グラネイトが頼もしく思えてくる。
戦う気に満ちたグラネイトが前に出ている隙に、リゴールはてててと小走りで寄ってくる。
「エアリ、お怪我は?」
私の体を妙に気遣ってくれる辺りリゴールらしいというか何というか。
「大丈夫よ。ウェスタさんが護ってくれたもの」
「そうでしたか! ……良かった」
リゴールは頬を緩め、安堵の溜め息を漏らす。
——その時。
「おい! 待て!」
急にグラネイトの叫びが聞こえたことに驚き、そちらを向く。すると、この場から逃げようとしているラルクが視界に入った。
「逃がさんぞ!」
不利な状況に陥っていることを察し撤退を考えたのは、冷静な判断だったと言えるかもしれない。
けど、せっかくここまで追い詰めたのだから、今さら逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら、立て直してまた襲ってくるだろう。それはなるべく避けたい。
「……捕まえる」
グラネイトも追おうとはしているが、彼より先にウェスタが動く。
「ウェスタは無理しなくていいぞ!?」
「……逃がさない」
さりげなくウェスタを気遣うグラネイト。しかし、その善意はウェスタには微塵も伝わっていないようだった。
ウェスタは凄まじい勢いで駆けてゆく。
そして数秒後、ラルクの服の裾を掴んだ。
見事な動きである。
「離せ……!」
「それはできない」
振り払おうとするラルク。しかし、少し身をよじった程度ではウェスタからは逃れられない。
ラルクは動きを制限される。
そんな彼に向かって、グラネイトは爆発する球体をいくつも放り投げた。
球体が爆発する直前にウェスタは伏せる——その頭上で、いくつもの球体が破裂。
白い煙が辺りを包み込む。
視界が一気に白濁する。
傍にリゴールがいることだけは分かるが、他はほぼ何も分からない状態だ。視界が悪いので、目で見て状況を確認することができない。
それからしばらくして、煙が晴れた時、ラルクは床に倒れていた。
伏せていたウェスタは無事。
「お、おのれ……」
倒れているラルクが声を震わせながら発する。
「よくもこのような、危険な、ことを……」
危険なことをしてきているのは彼らの方だと思うのだが。
「まぁいい……じきに、運命の時、は……来る……」




