episode.181 今は仲間
目にも留まらぬ速さで接近してくる、男性——ラルク。
避けられない!
そう思い、反射的に目を閉じる。
だが、少しして恐る恐る瞼を開くと、ウェスタが間に入ってくれていた。
「乱暴なことはさせない」
ウェスタはラルクの拳を片腕で止めている。
その表情に鮮やかな色はない。でも、瞳には、静かな強さが滲み出ている。
これまで幾度も敵と出会い、襲われ、危機的状況に追い込まれもしてきた。そして、仲間に護ってもらったことも、多くあった。けれど、こんな感情を抱くことはなかった——かっこいい、なんて。
なのに今、ウェスタに対して私は、「かっこいい」という感情を妙に抱いてしまっている。
「裏切り者風情が……!」
「何とでも言えば良い」
さらりとした銀の髪も、冷ややかな視線を放つ紅の瞳も、感情を感じさせない無の表情も。そのどれもが、今は、彼女をかっこよく見せる要素へと変貌している。
私が心奪われている間にも、ウェスタは次の手を打とうとしていた。
右の手のひらを上に向け、炎の術を発動させる。
「敵には躊躇しない」
「同胞に牙を剥くとは、哀れな女だ……せいっ!」
ラルクはジャンプしながら膝蹴り。
ウェスタの顔面辺りを狙っての蹴りだった。
だが彼女は確実に反応。両腕でその蹴りを防ぐと、右手にまとわせていた炎を一気に放出する。
ラルクは宙で体を捻り、炎を回避。
そこから流れるように弓を構え、着地と同時に矢を放つ。
トランが使っていたような術で作り出した矢ではなく、本物の、この地上界でも売っていそうなタイプの矢だ。
しゅっ、と、軽い音をたてて飛んでくる。
一般人ならかわすことはできないであろう速度。だがウェスタは、右手に宿っている炎を小さく飛ばして、矢を焼失させた。
「ウェスタさん、私も協力するわ!」
「エアリ・フィールドの力を借りるほどの敵ではない」
せっかく勇気を出して言ってみたのに、驚くほどあっさりと断られてしまった。悲しい。
私は内心がっかりする。
だがウェスタは、そんなことはまったく気にしていなかった。
◆
その頃、エアリと別れたリゴールは、グラネイトがいるであろう部屋へと向かっていた。
部屋の前に到着すると、軽く数回ノックする。
しかし返答はなし。
真夜中だから仕方がないと言えば仕方がないのだが、その程度で諦めて戻れるような状況ではない。
リゴールは少々申し訳なさそうな顔をしつつ、ドアノブに手をかける。そして、恐る恐る、それを捻ってみる。
すると、扉は開いた。
意外なことだが、鍵はかかっていなかったのだ。
室内の者に許可を取らず、勝手に扉を開けて入室する——その行為には抵抗があるようで、リゴールは、すぐには部屋に入らなかった。けれど、数秒が経過して、心を決めることができたようで。ついに部屋の中へと足を進める。
殺風景な室内。
床に、グラネイトが寝ていた。
彼はリゴールがこっそり侵入していることにまったくもって気づいていない。かなりぐっすりと眠っているようだった。
その横には、敷いているタオルと乱れた掛け布団。そちらは、使っていた形跡はあるものの、誰も寝ていない。リゴールは「ウェスタの分だろうな」と判断したようで、そちらにはさほど意識を向けていなかった。
リゴールは音もなくグラネイトに接近していく。
そして、二メートルくらい離れている位置から、寝ている彼に声をかける。
「あの、少し構いませんか」
しかし返事はない。
爆睡しているグラネイトの耳には、リゴールの控えめな声は届いていない。
リゴールは「困った」というような顔をしながら、さらに足を動かす。ゆっくり、静かに、グラネイトに近づいていく。
今度は一メートルくらいの場所からの声掛け。
「すみません!」
瞬間、グラネイトは何やらむにゃむにゃ言いながら、寝返りをした。大きな体での寝返りは謎の迫力がある。
ただ、それだけだった。
グラネイトは寝惚けて少し動いただけ。まともな返答はなし。
驚かせまいと色々考え努力してみていたリゴール。だが、さすがに「驚かせないように起こすのは難しい」と思ってきたのか、彼にしては大きく一歩を踏み出した。
グラネイトの枕元へ向かい、そこで座り込む。
そして、叫ぶ。
「起きて下さい!」
リゴールにしてはかなり大きな声。遠慮を感じさせない叫び。
数秒後。
さすがに聞こえたらしく、グラネイトはゴソゴソと体を動かし始める。
今までは全然反応しなかったグラネイトが反応したのを見て、リゴールは若干固い表情になる。彼は緊張したような面持ちでグラネイトを見下ろし続けていた。
さらに十数秒が経過し、グラネイトの瞼がゆっくりと開く。
「な……何だ……?」
瞼が開いているのは微かで、日頃ほど意識が戻っているわけではないようだ。
ただ、目覚めてはいる。
それまでのリゴールが呼びかけた時とは違う反応。
「今何時だ……?」
「いきなりすみません、リゴールです」
リゴールは緊張した面持ちながら、しっかりと話すことができていた。
「んな……? どういうことだ……?」
「力を貸していただきたくて、ここへ参りました」
寝起きのグラネイトは状況を飲み込めていない。いや、それどころか、現在の状況をまったく理解できていない様子だ。そんな頼りない状態ながら、上半身を自力で起こしてくる。
「リゴール……王子、か……なぜここに」
「勝手に入ってすみません」
「いや、それはいいが……しかし……」
起きたてのグラネイトは手の甲で目を擦っている。
目もとには微かに涙の粒。
「……何事だ?」
「夜中ですが、敵襲なのです」
「敵襲だと……?」
「はい。ウェスタ……さんは既に戦って下さっているのですが……」
リゴールがそこまで言った時、グラネイトの態度が急に変わる。
「何だとッ!?」
それまでの寝惚けたような様子はどこへやら。目はぱっちり開き、声は大きく、日頃の彼のような様子に急変した。
「ウェスタが戦っているのか!?」
「はい」
するとグラネイトは一瞬にして立ち上がる。
「そこへ連れていってくれ!!」
つい先ほどまでぐっすり眠っていた人物とはとても思えぬグラネイトの言動に、リゴールは少々戸惑ったような顔をする。が、そのような顔をしたのは束の間だけ。説明が省けて良かった、とでも言いたげな顔で、立ち上がる。
「案内します!」
「あぁ! 頼むぞ!」
リゴールとグラネイト。
かつては敵同士であった二人だが、今の二人は紛れもなく仲間。
お互いに、そんな顔をしていた。




