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あなたの剣になりたい  作者: 四季
12.街へのお出掛けと、交差する運命
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episode.178 貝

 取りに行った貯金の中から、ウェスタとグラネイト、二人分の生活費を我が家に入れてくれることが決まった。結果、我が家の家計が少しばかり潤うことに。エトーリアが稼いでくる収入があるから貧しくはないが、人が増えてくるに連れて支出も増えていっている状況だった。そんなことを続けていては、いずれお金が尽きるかもしれない。だからこそ、二人がお金を入れてくれたのは、ありがたいことなのだ。感謝すべき支援である。



 数日後の昼下がり。

 食堂でリゴールと寛いでいたところ、グラネイトがやって来た。


「ふはは! グラネイト様登場!」


 騒がしく現れたグラネイトは、藁で編んだお盆のようなものを両手で持っていた。厚みは一センチほど。見慣れないタイプのお盆だ。


「……何事ですか?」

「良い感じの二人を邪魔するグラネイト様、鬼畜ゥ!!」

「何でもいいので、用件を先に話して下さい」


 いつものことだが、グラネイトは妙にハイテンション。だが、リゴールはそれとは真逆で、テンションは低い。しかも、非常に面倒臭そうな顔をしている。


「実は今日、久々に外出してきた!」

「そうなんですか」


 リゴールの反応は地味だ。


「そこで美味しそうなものを発見してな! 手当てしてもらったお礼だ!」


 そう言って、グラネイトは藁製お盆を差し出してくる。

 お盆の上には食べ物らしきものが並んでいた。


「調理済みの貝だ!」

「貝……!」


 私は思わず漏らした。

 これまた珍しいものを買ってきたなぁ、と思いながら。


 すると、リゴールが振り返って尋ねてくる。


「エアリ。貝とは?」

「確か、海とかにいる生き物よ」

「海の生き物ですか……」

「そんな感じね。まぁ、私もあまり食べたことがないけど」


 海辺の町で育った者なら、海産物を食べるという経験も豊富だろう。でも、私はそうではなかった。だから海産物には詳しくない。


 でも、美味しそう。

 灰色の殻に入った、柔らかそうな身。焦げ茶色のタレがかかっていることもあって、余計に美味しそうに見える。


「食べてみて良いの?」

「ふはは! もちろんだ!」


 身に縦向きに刺さっている爪楊枝を恐る恐るつまむ。そして、うっかり落としてしまわないよう気をつけながら、ゆっくりと口まで運ぶ。


「ん……!」


 口に含んだ瞬間、日頃感じることのない感覚が舌に走った。


 ふっくらしていて、しかし表面にはつるつる感がある。また、舌で崩せそうなほどに柔らかい。


 そして、味わいはクリーミィー。

 貝自体のミルクのようなマイルドさに、やや塩辛めのタレが軽い刺激を加え、何とも言えない心地よさを生み出している。


「良いわね、これ」


 ごくんと飲み込むや否や、半ば無意識のうちに漏らしていた。心の底からの気持ちだからこそ、意識せずとも口から出たのだろう。


「ふはは! 気に入ったようだな!?」

「美味しいわ」

「よし!」


 グラネイトは藁を編んだようなお盆をテーブルの上に置く。それから、片手で小さくガッツポーズをしていた。


「残りすべて食べて良いぞ!」

「本当に!?」


 これは純粋に嬉しい。


「……でも、本当に構わないの?」

「ウェスタも渡すよう言っていた!」

「ありがとう……!」


 グラネイトの独断で私たちにくれているのなら、少しばかり申し訳ない気もする。だが、ウェスタも私たちへ渡すよう言ってくれていたのなら、その申し訳なさも薄れる。それでもこんな美味しいものをたくさん貰うことへの申し訳なさはあるけれど、ウェスタの発言について聞く前に比べたら少しは気が楽になっている。


 ただ、これは私とリゴールへの贈り物。私が一人で完食するわけにはいかない。

 そう思ったから、リゴールにも話を振ってみる。


「リゴールも食べてみて!」

「え。いや、その……わたくしは大丈夫です」

「絶対美味しいわ。ほら一つ!」


 五つほどあるうちの一つに刺さっている爪楊枝をつまみ、身をリゴールの目の前まで運ぶ。しかしリゴールはまだ乗り気でなさそうだ。


「え、えっと……」

「はい! 口を開いて!」


 若干調子を強め、唇に触れるくらいの位置まで貝を近づける。


「あ、はい……」


 そこまでして、やっと口を開いてもらうことができた。丸く開いた口に、私は貝を放り込む。


 リゴールは恐れを露わにしつつも、口を閉じ、噛み始める。

 それからしばらく、彼は何も言わなかった。言葉を発しはせず、ただ、口だけをもぐもぐ動かしていた。


 ——そして。


「これは……!」


 やがて口を開いた時、リゴールの表情は明るいものになっていた。


「美味しいです!」

「でしょ!?」

「はい! 良い味わいです!」


 リゴールにも同じ意見を持ってもらえたみたいで嬉しかった。私は多分、この美味しさを、誰かと分かち合いたかったのだろう。


「貝の独特の食感とタレの味が、上手く合わさっていますね」

「でしょ!」

「はい。これは確かに美味です」


 話しながら、私はまだ残っている貝へと手を伸ばす。

 口に含むや否や、迸る幸福感。それは、日頃の苦労や憂鬱さを、一時的にすべて消し去ってくれる。


 こうして、私たちはすぐに完食した。


「ごちそうさま!」

「ごちそうさまです」


 貝を食べ終えた私とリゴールは、ほぼ同時に、グラネイトに向かって礼を述べる。

 するとグラネイトは「ふはは!」と笑いながら去っていった。


 それから私とリゴールは改めて見つめ合う。


「美味しかったわね」

「良い差し入れでしたね」


 その時、ぷーんと音がして、何かが寄ってくる——虫だった。


 体長一ミリほどの小さな虫が、テーブルに降り立ち休憩し始めたのである。もしかしたら、残っているタレの香りにつられてやって来たのかもしれない。


 私はさりげなく手で払い除けておいた。


「それにしても、彼はご機嫌でしたね」

「グラネイトさん?」

「はい。何だかとても楽しそうで、驚きました」

「そうね」


 個人的には、最近の彼はいつも楽しそうだと思うのだが。


「毒の心配はあったけど……もうすっかり治ったみたいで良かったわ」


 動きに不自然さはなく、声も大きい。あれだけ元気なら、もう心配もないだろう。今から急に悪化するということもなさそうだ。


「ですね」

「そうね」


 深い意味のない会話。第三者が見たら「どうでもいい」と感じるであろう会話。でも、そんな風に穏やかな時間を過ごせることは、大きな幸せ。


 道の先に戦いが待っているとしても、今はただ、幸せな時を——。

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