episode.176 まだ強くなりそう
毒消し薬を無理矢理飲まされたことには驚いた。でも、心配してくれているのかなと思うことはできて。だからべつに不快ではなかった。
「その……薬、ありがとう」
「飲んでおくと安心だからな!」
礼を述べると、グラネイトは頷く。
「人って変わるのね。前は襲ってきていたのに、今は助けてくれるなんて……何だか不思議」
「ふはは! 過去のことを言われるとさすがに恥ずかしいぞ!」
グラネイトにも一応恥じらいがあるとは、意外。
正直なことを言うなら、彼には恥じらいなんてものはないのだと思っていた。
……だって、ことあるごとに「ふはは!」などと騒ぐような人よ?
「ただーし! 勘違いするなよ! グラネイト様は今でも、ブラックスターの人間であるつもりだ!」
グラネイトの言葉に、私は思わず「え。そうなの」と漏らしてしまった。ただ、彼は私の発言をあまり聞いておらず、そのため、嫌な顔はしなかった。
「今回の件に関するブラックスターのやり方に賛同できなかった、というだけのことだからな! ふはは!」
言葉の一つ一つが潔い。
ある意味では見習うべきかもしれない。
「……でも、今さらあっちへは戻れないんじゃない?」
「世が変われば戻れる!」
「体制が変わったら、ってこと?」
「イエス! その通り!」
なんて楽観的なのだろう。
「グラネイト様はこう見えても良家の出身だからな! ふはは! 血の良さには自信がある!」
「……へぇ、そうだったの」
「ま! 家は滅んだがな!」
「滅んだ!?」
想定外のことをさらっと言われ、思わず大声を出してしまった。
もし深刻な顔で告げられていたなら、しんみりはしたとしても、ここまで驚きはしなかっただろう。世間話をするかのようなあっさりした感じで告げられたからこそ、必要以上に驚いてしまったのだ。
「ふはは! 家があればグラネイト様はもっとモテモテ人生だっただろうな!」
「それは切ないわね……」
「いや、切なくないぞ? おかげで、いきなりウェスタに出会えたからな!」
切なさを匂わすようなことを言いつつ、思考は前向き。多少ずれがある感じが、微妙に笑える。もちろん、失礼だから笑わなかったけれど。
その時になって、扉が開いた。
先に入ってきたのはリゴール。妙に勇ましい顔で、よく見ると気絶したシャッフェンを引きずっている。
「あ。リゴール」
「お待たせしました、エアリ」
「……彼、倒したの?」
「いえ。厳密には気絶させている状態ですね」
肉のついたふくよかな男性を華奢なリゴールが引きずっている光景は、不思議という言葉の似合う光景だった。仕留めた獲物が自分より大きかった時の獣のようである。
リゴールに続いて、デスタンが入ってくる。
「王子、止めは速やかにお願いします」
「エアリに確認するので待って下さい!」
「……はい」
基本下からは出ない質のデスタンだが、リゴールにはさすがに逆らえないようだ。
「もう一人は逃がしてしまったのですが、この者だけは何とか気絶に追い込みました」
「やるわね、リゴール」
するとリゴールは、その男性にしてはふっくらした頬を、ほんのり赤く染める。恥じらいを感じさせる表情だ。
「それで、どうしましょう?」
「……その人?」
「はい。いきなり殺めるのも申し訳ないと思い今の状態に至ったのですが」
難しいところだ。
気絶しているところを殺めるというのは少々卑怯な気がするし。かといって、トランの時のように世話する余裕はないし。
場がしんと静まり返る。
ちょうどその頃になって、ウェスタが室内へ戻ってきた。
刹那、グラネイトが彼女の方へと飛んでいく。
「ウェスタ! 無事かッ!?」
彼のウェスタに向かう勢いは、凄まじいものがあった。
直前まで床に座っていた。それなのに、ウェスタが帰ってくるや否や、目にも留まらぬ速さで立ち上がり。さらにそのほんの数秒後には、ウェスタの目の前まで移動していたのだ。
「問題ない」
「良かったァ! 心配したぞ!」
グラネイトはウェスタの肩を包み込むように抱く。だがウェスタは取り乱さない。冷静だ。
「痛いところは? 疲れたところは? 言ってくれればグラネイト様が癒やすぞ!」
「では……触るな」
「それはなし!」
「……まったく。面倒な男」
「だな! ふはは!」
やたらと絡んでくるグラネイトに対するウェスタの接し方は、以前より少しばかり柔らかくなっているように感じる。
以前なら、ここで、ウェスタが強烈な一撃を放っていただろう。
でも、今はそれがない。
素っ気ないが会話にはなっている。
それからウェスタは、絡んでくるグラネイトを無視し、リゴールに歩み寄る。彼女の冷ややかな瞳に見下ろされたリゴールは、怯えたような顔。だが、ウェスタが心ない行動に出ることはなかった。
「……貸して」
「え?」
「その男を渡して」
リゴールはきょとんとしている。その脇に控えているデスタンは、眉をひそめている。
「何をなさるのですか……?」
「ここで消し去る」
ウェスタの口から放たれるのは、少しばかり残酷な言葉。
もっとも、彼女らしいといえば彼女らしいが。
「できない者には任せない」
「えぇと……それはわたくしのことで?」
「そう。止めはできる者がやればいい」
ウェスタは静かに述べる。
そして、リゴールの手からシャッフェンを奪い取った。
「さよなら」
彼女は小さくそう呟き、シャッフェンの襟を掴んでいる右手から炎を発生させる。気絶したシャッフェンを、みるみるうちに炎が包んでゆく。
——そしてやがて。
シャッフェンのふくよかな肉体は、塵のようになって消滅した。
「……これで終わり」
手と手を合わせ、ぱんぱんとゴミを払うような動作をした後、彼女はふぅと息を吐き出す。
それから彼女は、私の方へと視線を注いできた。
「エアリ・フィールド」
「えっ、私?」
「……先の傷の手当ては」
瞬間、グラネイトが口を挟んでくる。
「グラネイト様が薬を飲ませたぞ!」
「……そうか」
「ふはは! 気が利くだろう!?」
「馬鹿らしい」
ウェスタにばっさり言い切られ、グラネイトは慌てる。
「な! 馬鹿らしい!? それは一体どういうことだ!?」
グラネイトの問いにウェスタが答えることはなかった。
「……それにしても、エアリ・フィールド」
「何?」
「その剣技、なかなか華麗だった」
いきなり褒められた。
「ウェスタ! グラネイト様を無視しないでくれ!」
「……まだ強くなりそうだ」
「褒めていないで、グラネイト様の発言を聞いてくれ! ウェスタ!」




