episode.174 戦える
豪快なかぎ爪に、長くて太い立派な尾。そして体表には、てらてらと輝く艶やかな赤紫の鱗。人間と比べるとかなり大柄で、しかも頑丈そうだ。
でも、向き合う時は勝つ気で。
体格的にはこちらが不利かもしれない。だからこそ、精神的には勝たなくては。精神的な面でも負けているようでは、勝負にならない。
瞬間、蜥蜴のような謎の生物が私へ視線を向けた。
そして、足を動かし始める。
駆けてくる。
迫ってくる。
恐怖心がまったくないと言えば嘘になってしまうけれど……。
でも、踏み込む!
柄を握る手に力を込め、遠心力を加えながら——振る!
蜥蜴風謎生物は片方の腕を前に出し、防御の体勢を取っていた。そこに、白い輝きをまとっている刃が命中。だが、さすがに人外だけあって、腕一本でもかなりの硬さ。
ただ、謎生物の意識は完全に防御に回っている。
今なら攻撃してはこない。
だから私は、そこからさらに、剣を振り下ろす。
白色の光が宙を駆けた。
「斬った……!?」
背後から聞こえてきたのは、ウェスタの驚きに満ちた声。
光の眩しさのせいで視認できていなかったのだが、ウェスタの声を聞いたことで、攻撃が命中したのだと分かった。
もう一撃加えたいところではあるが、一旦下がる。
距離を取りつつ様子を確認すると、謎生物の腕が傷ついているのが見えた。
「効いていますよ! エアリ!」
後ろから飛んできたのは、リゴールの声。
「この調子で行くわ!」
「無理をしてはいけませんよ!?」
「大丈夫、任せて!」
蜥蜴風謎生物は防御力が高い。だが、ペンダントの剣でもダメージを与えることはできるみたいだ。
それなら、勝ち目はある。
「負けない!」
実戦経験は少ない。
扱える武器も剣しかない。
そういう意味では、周囲の者たちとは比べ物にならないくらい、私は弱い。
でも、だからといって、落ち込んでいるだけでは何も変わらない。自分が弱いと思い込んでしまうだけで、成長もない。
だから私はうじうじしたりしない。
足りていない分は、気合いで埋めるのだ。
とにかく振る。剣を振る。
恐怖心に支配され退いたら、そこに付け込まれる。だから下がらない。前進し、圧をかけながら、剣でダメージを与えていく。
「はぁっ!」
そして、止め。
蜥蜴風謎生物の胸部を刺し貫く——!
ドス、と低い音が鳴る。
突き刺したまま待つことしばらく、謎生物は煙のようになって消えた。
その時、目の前に一人の男性が立っていた。
「さすがぁー。やりますねぇー」
立っていたのは、やや肥満気味の男性——そう、以前追い返した人物である。
ちょこんと被った丸みを帯びたピンクの帽子は、男性らしくなく、妙に可愛らしい。男性が被っていても、「かっこいい」「おしゃれ」より「可愛らしい」の方が相応しい。
「貴方は……」
「シャッフェンと言いますぅー」
いきなり名乗ってくれた。
もっとも、名前が分かったところで意味はさほどないのだが。
「貴女たちの命をちょうだいしに来ましたぁー」
シャッフェンはどことなく楽しげな口調で言う。でも、その内容は少しも楽しくなどないようなものだ。
「……帰ってもらえない?」
私は一応言ってみる。
だが、シャッフェンは譲ってくれない。
「それは無理ですぅー」
「お願いだから、無益な争いは止めて」
「無益? 違いますぅー。こちらには益がありますのでぇー」
説得だけで帰ってくれれば一番良いのだが、そう上手くはいきそうにない。
「今から全員消しますぅー」
シャッフェンは笑う。純粋な笑みを浮かべる。そこに穢れはない。どこまでも汚れのない、純粋としか言い様がないような、美しささえ感じられるくらいの笑顔。
ただ、その胸の内は、決して綺麗ではないのだろう。
——刹那。
背後から、黄金の輝きと紅の炎が同時に放たれてきた。
そう、リゴールとウェスタがほぼ同時に仕掛けたのだ。
私の左右を通り越した二つの術は、敵であるシャッフェンへと真っ直ぐに向かってゆく。
——だが、彼にダメージを与えるには至らなかった。
というのも、二人の術が命中する直前に、シャッフェンが防御壁を生み出したのだ。
ちなみに、防御壁は桜色で、やや透明がかっている。色みこそ違っているものの、カマーラが使っていた物に似ている。
「甘い、甘いですよぅー」
リゴールの黄金の輝きとウェスタの紅の炎を防御壁によって一斉に防いだシャッフェンは、勝ち誇ったような顔をしながら、挑発的な発言をする。
「魔法対策は完璧ですぅー」
恐らく、先ほどの防御壁は、魔法を掻き消す力を持った防御壁だったのだろう。
「……そうね!」
言いながら、シャッフェンに接近する。
「でも……これも防げるのかしら!」
一メートルくらいまで近づき、剣を振り上げる。
「ひふぅっ!?」
シャッフェンは剣先をぎりぎりのところで避けた。
防御壁を出現させないところから察するに、ペンダントの剣を防ぐことはできないようだ。
剣を防がれてしまうのなら打つ手がないが、剣が使えるのなら勝ちようはある。
「いきなり襲いかかってくる危険な女! 嫌ですぅー!」
「まだまだ行くわよ!」
攻めの手は緩めない。
「嫌ですぅー! 嫌いなタイプですぅー!」
シャッフェンは肥え気味なわりに良い動きをする。私が振る剣を、彼は、一つ一つ確実にかわしていっている。
一撃だけでも当てたいが、なかなか当てられない。
「……なーんて」
「え」
「ねぇーっ!!」
シャッフェンが突如取り出したのは、地味な刃物。その一振りを、私は右腕に受けてしまった。
「なっ……!」
想定外の反撃をまともに食らい、思わず数歩後退する。
そこへ、リゴールが駆け寄ってくる。
「エアリ! 大丈夫ですか!?」
「……え、えぇ。平気」
右腕の、肘と手首のちょうど真ん中辺りに、一撃食らった。でも、袖があったおかげもあって、そんなに深くは斬られていない。
「ごめんなさい。少し油断したわ」
リゴールを横目に見ながら言うと、彼はすぐに頭を左右に振った。
「いえ! エアリは悪くありません!」
その言葉に、少し救われた。
「ありがとう」
「ですから、その……エアリはもう下がっていて下さい」
「待って! まだ戦えるわ!」
掠り傷くらいどうということはない——そう伝えたかったのだが、リゴールは頷いてはくれない。
「無理は禁物です。エアリは下がっていて下さい」




