episode.173 迫る敵を斬る
迫る敵を——斬る。
使い慣れない剣は心なしか重く、ペンダントの剣を振る時とは少し感じが違う。
だが、扱えないということはない。
それに、切れ味も悪くない。
斬った時の感覚は、ペンダントの剣よりはっきりしている。
腕が翼になった鳥のような生物は、鼓膜を貫くような甲高い声を放ちながら向かってくる。しかし恐れるほどの敵ではない。動きが単調だから、攻撃も避けられる。
「これで終わりよ!」
一体を薙ぎ払い、もう一体を刺し貫く。すぐに抜いて、迫ってくる最後の一体を斜めに斬る。
倒れた生物たちは、十数秒ほどかけて消滅した。
「やったわ……!」
私は一人、小さく拳を握る。
一人で戦えたという達成感に満ちている。
だが、目の前の三体を仕留めたからといって、それですべてが終わったわけではない。他の場所でも同様のことが起こっているかもしれないから、様子を見に行かなくては。
こうして私は、リゴールが走っていった方向へと歩みを進めるのだった。
途中、デスタンと遭遇する。
シンプルな服装の彼の後ろには、不安げな面持ちのミセもいる。
「エアリ・フィールド。……奇遇ですね」
「あ。デスタンさん」
「昼間から、何の騒ぎです」
デスタンは真顔で尋ねてくる。
「さっきブラックスターの手先の生物が、急に入ってきたの」
そう答えると、彼はさりげなく視線を下ろす。そして私の手元を見る。それによって察したのか、顔を上げ、真剣な声色で言ってくる。
「……既に交戦したのですね」
「えぇ」
「そうですか。で、貴女は今からどちらへ?」
ミセはデスタンの背中に身を寄せながらも、さりげなく私を観察している。
「リゴールに会いに行くつもりよ。ウェスタさんたちのところにでもいるんじゃないかって思うから、ウェスタさんのいそうなところへ行ってみるわ」
するとデスタンは、真っ直ぐな口調で言ってくる。
「私も行きます」
デスタンの体はもうだいぶ回復してきつつある。歩く、座る——そういった日常生活に必要な動きができるくらいの状態にはなっている。
でも、戦うのはさすがにまだ無理だろう。
前に出たり後ろへ下がったりなどを素早く行ったり、攻撃を仕掛けたり、そういうことができるほどは回復していないはずだ。
そんな状態の体で敵と対峙することになれば、そこには危険しかない。
「危険かもしれないわよ?」
部屋にこもっていれば安全という保証があるわけではないけれど、でも、むやみに敵前に姿を現すのはあまり良くないと言えるだろう。
「危険など、覚悟の上です」
「……無理してない?」
「いちいち鬱陶しい女ですね」
私が余計なことばかり確認する鬱陶しい女だということは、自分でも認識している。
ただ、それでも聞かずにはいられない。
そういう質の人間だから仕方がないのだ。
「ごめんなさい。じゃ、行きましょ」
「最初からそう言って下さい」
「ごめんって謝ったでしょ! もう許してちょうだい」
「……まったく気が強いですね」
デスタンは相変わらず。今日も口が悪い。特に、時折さりげなく毒を吐いてくるところが、若干不快だったりする。
ただ、元気がないよりかはずっと良い。
棘のある発言をするというのは、それを考え発するだけの元気があるということだから、一概に悪いこととは言えないのだ。
デスタンとミセ、二人と合流し、私はまた歩く。
目的地は、ウェスタが泊まっている部屋。
リゴールは多分そこにいるだろう。デスタンのところへ行ったのでなかったのなら、そこくらいしか考えられない。
ウェスタを泊めている部屋に入る。
リゴールはやはりそこにいた。
部屋にいるのは彼だけではない。グラネイトもいる。
ただ、ウェスタの姿はないけれど。
「エアリ! 倒せたのですか!?」
私が入ったことに気づくや否や、リゴールは歩み寄ってきた。
「えぇ。倒したわ」
「素晴らしいですね」
「褒めてくれてありがとう」
ほんの束の間だけど、心が温かくなったような気がした。
「で、動きは?」
「現在はウェスタ……さんが、警戒に当たってくれています」
そう答えた直後、彼は、私の後ろにいるデスタンの存在に気づいたようで。ハッと何かに気がついたかのような顔をする。
「デスタンも一緒でしたか!」
「はい」
「ここは危険ですよ!?」
「何やら音がしたので見に来ていたところ、エアリ・フィールドに遭遇し、合流しました」
デスタンの背後に隠れるようにしてついてきているミセは、「アタシも一緒よーぅ」と本当に小さな声で言っていた。地味に存在を主張している。
——刹那。
部屋の外から、ドォンという低い音。
その場にいた全員の顔に警戒の色が浮かぶ。
「行って参ります!」
一番に口を開いたのはリゴール。
彼は、言葉を発するのとほぼ同時のタイミングで、足を動かし始めていた。
私は僅かに遅れながらもその背を追う。
部屋から出た瞬間、床に座り込んでいるウェスタの姿が視界に入った。
「ウェスタさん!?」
「……エアリ・フィールド」
「何事なの!?」
「……敵」
彼女の発言を聞いてから、周囲へ視線を巡らせる。
すると、謎の生物の姿が目に映った。
背は高く、二足歩行で、しかしながら蜥蜴のような、謎の生物。現在私に見えているのは一体だが、一体だけであっても迫力はかなりある。
「何あれ……」
やたらと襲い掛かってくる怪しい生物は、これまでにも何度か出会ったことがある。だが、ここまで迫力のあるタイプは初めてだ。
「結構パワーがある。気をつけた方が良い」
ウェスタが忠告してくれる。
「リゴール、これ持ってて」
「剣、ですか?」
「えぇ。今回はペンダントの方を使うわ」
胸元のペンダントを握り、剣へと変化させる。
眩い輝きの中、一振りの剣が現れた。
「エアリ・フィールド……!?」
「私が戦うわ」
「お前は確かに筋がいい。でも、それで勝てる相手ではない」
ウェスタの発言はもっともだ。
けれど、だからといって諦めていては、何も始まらない。
「エアリ! 大丈夫なのですか!?」
背後からリゴールの声が飛んできた。
「分からないわ。でもやってみる」
「心配しかありませんよ!?」
「そうね。だけど、誰かがやらなくちゃならないことよ」




