episode.171 感動できそうでできない再会
ウェスタと共に、一旦、食堂へと移動。
向かい合わせに座るや否や、ウェスタは言ってくる。
「……立派な建物だ」
ウェスタは感心しているようだ。首から上を動かし、周囲を見回している。
「母の家なの」
「……そう」
「ウェスタさんとここで話す日が来るとは思わなかったわ」
「だね。こちらも……こんな日が来ることは想像していなかった」
そんな風に少しばかり言葉を交わしている途中で、お盆を持ったバッサが歩いてきていることに気づく。
「お茶が入りましたよ、エアリお嬢様」
そう言って、バッサは、カップ二つと丸いポットを乗せたお盆をテーブルに置く。それから丸いポットを持ち上げ、注ぎ口が下になるよう傾ける。注ぎ口から流れ出るのは茶色の液体。さらさらと流れ出るそれが、あれよあれよという間にカップを満たしてゆく。
「お待たせしました」
バッサは慣れた手つきで液体をカップへ注ぎ入れ、完了すると、カップの位置をずらす。私とウェスタ、それぞれの前にカップがくるように、丁寧に動かしてくれた。
「どうぞ」
「これは……?」
「お茶ですよ」
「……すまない。感謝する」
ウェスタが軽く会釈すると、バッサは「いえいえ」と言いながら微笑む。
そして、バッサは去っていた。
彼女の冷静さは、私にとってはとてもありがたいものだ。突然の訪問者にも慌てふためくことなく適切な動きを取ってくれるから、本当に頼りになる。
「……善い人だ」
目の前のカップをじっと見つめながら、ウェスタはそんなことを呟く。
「優秀な手下を持っている……さすがと言わざるを得ない」
「何それ。ウェスタさんって、少し変わってるわね」
「そんなことはない。……では早速、いただく」
ウェスタはカップに手を伸ばす。そして、一切の躊躇なく、カップを持ち上げた。それから、カップの端に唇をそっと当てる。
飲み始めたみたいだ。
警戒されるかもと不安もあったが、杞憂だったようだ。
ウェスタと二人きりのティータイムは、とにかく静かだった。相手がエトーリアやリゴールならば少しは話せただろうが、ウェスタ相手だとどうしても言葉選びに迷ってしまうのだ。そのせいで、会話が途切れてしまいがちなのである。
三十分ほどが経過して。
ちょうどお茶を飲み終えた頃に、バッサがやって来た。
「あ、回収に来てくれたの?」
「それもありますが、本題はそちらではありません」
……違ったのか。
「先ほど男性の治療が終了したようでしたので、お知らせに参りました」
グラネイトの治療が終わったということを知らせに来てくれただけだったようだ。
ただ、素早く知らせに来てくれるというのは非常にありがたいことである。
「ありがとう、バッサ!」
「いえいえ」
話が一段落したところで、ウェスタに視線を向ける。
「会いに行く?」
「……そうさせてもらう」
私が放った問いに対し、ウェスタははっきりと答えた。しかも、ただ答えただけではない。答えた時には既に腰を上げていた。
バッサからの知らせを受け、私とウェスタは、横たわるグラネイトと医者がいる部屋へ急行する。
到着した時、グラネイトはまだ意識を失っているようで、床に横になってじっとしていた。
「あぁ、また来てくれたんだね。悪いねぇ、わざわざ」
私とウェスタの登場に気づいた医者は穏やかな面持ちで口を動かす。
「傷口の洗浄をしておいたよ。それと、念のため、毒消しを塗っておいた」
「……感謝する」
何か言わねばと考えているうちに、ウェスタが礼を述べた。
そんな彼女に向けて、医者は緑色の小瓶を差し出す。
「はい」
「……これは?」
ウェスタは怪訝な顔をしながら小瓶を受け取る。
「飲むタイプの毒消し薬だよ。意識が戻ったら飲ませておいてくれるかな」
「毒消し薬……そんなものが」
「あ、でも、あまり美味しくないからね。飲みづらかったら湯か何かで薄めて飲むと良いよ」
医者は穏やかな表情で説明する。ウェスタは真剣に聞いていた。
「そうか。分かった」
「取り敢えず、一日二日くらいは一日三回でね」
優しく述べる医者。
ウェスタは頷く。
「承知した」
そこで、医者は話題を変える。
「さて! では会計といこうかな!」
……そうだ。
失念してしまっていたが、医者を呼んで診てもらったということは金を支払わなくてはならないということ。
逃げてきたようだったから、ウェスタも所持金はないだろうし、どうすれば良いのだろう?
「えぇと、だね……」
まずいぞ、このままでは。
そう思い密かに焦っていた、その時。
「失礼します」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはデスタンの姿が。
「兄さん……!」
「久々だな、ウェスタ」
ウェスタは彼女にしては派手に驚いた顔をしている。
だが、デスタンは少しも驚いていない。
彼は歩く速度を落とさぬまま、医者の前まで直行。そして、医者のすぐ傍に座り込む。
「遅れてすみません。支払いは私がします」
「あぁ! そうだったのだね! では、えぇと……」
グラネイトの件の支払いは、結局、デスタンが済ませてくれた。
「兄さん……」
「今回は払っておいてやる」
「……すまない」
運命に引き離された兄と妹の、感動の再会。
だが、デスタンのテンションが低いせいでさほど感動的でなくなってしまっている。
「事情は聞いた。だから今回は気にするな」
「……ありがとう兄さん」
「だが、代わりに頼みがある」
「……頼み?」
首を傾げるウェスタに、デスタンはさらりと言い放つ。
「王子をお護りするために、手を貸せ」
ウェスタは顔全体に戸惑いの色を浮かべながら、「どういうこと?」と発言の意図を尋ねる。
「今まともに戦えるのは、エアリ・フィールドと王子自身だけ。ブラックスターの輩を退け続けなくてはならないことを考えると、明らかに戦力不足」
デスタンがそこまで言った時、ウェスタは突然晴れやかな顔つきになる。
「つまり、本格的に戦力になれということか……!」
ウェスタはなぜか嬉しそう。
「できるか? ウェスタ」
「もちろん。……兄さんのためなら何でもできる!」
やけに嬉しそうなウェスタを見ていたら、不思議な気分になってきた。冷血な印象だった彼女が、生き生きした顔をしているからだ。