episode.167 過去話
王の間に残ったのは、ブラックスター王とその護衛役のダベベのみ。
薄暗い静寂の中、ダベベは切り出す。
「ところで王様。どうしてそんなにもホワイトスターの王子を狙うべ?」
ダベベは王の顔色を窺っている。そんな彼を、王は静かに睨む。
「……何だと?」
「へっ、変な意味じゃないべ! ただ、ちょっと気になっただけなんだべ!」
「そうか」
ブラックスター王は地鳴りのような低い声で呟く。それから少し考え込むように目を細め、約十秒ほどの沈黙の後、再び唇を動かす。とてもゆっくりと。
「……すべての始まり、それは、我ら兄弟の関係だ」
布巾を頭に巻いたダベベは、緊張してかそれまでより頻繁にまばたきをしながら、王の話に耳を傾けている。
「我には兄がいた。兄が第一王子として大切にされているのに対し、スペアとも言える第二王子の我は常にぞんざいな扱いを受けていた。受けられる教育はもちろん、毎日の食事の内容にさえ、兄とは大きな違いがあった」
ダベベと二人きりになった王の間で、ブラックスター王は自身の過去について語り始める。
「ホワイトスターは外向きは温厚な国だった。平和で、満ち足りていて。ただ、城の中は、我にとっては地獄だった」
「うぅ……辛そうだべ……」
王の心を覗き見てしまったからか、ダベベは悲しそうな顔をする。
「いつも兄と比べられ、無能と罵られ、悲惨な状態で大人となった。極めつけには、意中の女性を兄に狡猾に奪われ……ホワイトスターにいることが耐えられなくなった。そして我は、国から飛び出したのだ」
己の過去についてゆっくりと語る王の瞳には、寂しげな色が濃く浮かんでいた。思い出したくない過去を思い出すことになり、彼は彼なりに苦しさを抱えているのかもしれない。
「女性を奪われた、って……それはさすがに酷いべ!」
「兄は卑怯だった」
「ホントだべ! いくら偉い人でも、ズルは駄目だべ!」
ダベベは憤慨する。
それは、純粋な心を持つがゆえの怒りかもしれない。
「そうしてホワイトスターを離れた我は、ブラックスターを築き上げた。そして、ブラックスターの王となったのだ」
「ふ、ふぅぉぉー! 凄いべ! 歴史を感じるべ!」
それまでは怒りを露わにしていたダベベだが、今度は瞳を輝かせる。子どものように無邪気な、瞳の輝かせ方だ。
「ブラックスター王となった後、我はまず、裏切った女——ホワイトスター王妃を始末した。我を裏切り傷つけた、その罪は重い」
王の声、それは、暗雲の立ち込めた灰色の空のように重苦しい。
「えぇっ! 殺しちゃったべ!?」
「……文句があるのか?」
「い、いや、いやいやいやっ。そんなつもりじゃないっべ」
猛獣のような目つきで睨まれたダベベは、両手を胸の前で左右に振りながら一歩二歩と後退する。怯えた小動物のような顔をしている。
「それから、憎んでいた兄も殺めた」
「お兄さんも殺ったべ!?」
ダベベは、驚きのあまり口を大きく開け、そこに手のひらを添える。
「卑怯な手を使い、我の想い人を奪った。ずっとそれが許せなかったのだ」
「ま、まぁ……分からないではないような気はするけどべ……」
ダベベは曖昧な言い方をする。
本当は王の思考が理解できていないが、「理解できない」とはっきり言うこともできず。だからこそ、どちらとも取れるような曖昧な言い方をしたのだろう。
「そうしてついにホワイトスター王族への復讐を果たした我は、ホワイトスターを滅ぼした」
「ひ、ひぇぇ……」
「だが、一人だけ生き残らせてしまった——それが、王子リゴールだ」
そう述べる王の表情は、とてつもなく固かった。
まるで、今から処刑台へ向かうところの人間のよう。
「王子は殺めなかったんだべか?」
「当然刺客は送り出した。だがやつは、任務に失敗したのみならず、ブラックスターを裏切り、王子の側についたのだ」
そこまで言って、王は、またしても足で床を叩いた。ダン、という荒々しい音が鳴る。
「お、怒ってるべ?」
「舐めた真似を……許さぬ。裏切り者は、絶対に許さん!!」
王は、込み上げる怒りを制御せず、全力で怒鳴る。
そんな王の体を気遣うのは、ダベベ。
「お、落ち着くべ! 血圧上がったら体に悪いんだべ!」
「黙れッ!!」
「う、うぅう……で、でも、危険だべ。おいら、そんなことで王様が命を落としたら、二ヶ月くらい号泣するべ……」
荒々しく怒鳴られても、ダベベは王の体を心配することを止めなかった。
そう、彼は、怒りによる血圧上昇によって知り合いを失うことを何より恐れていたのだ。それが原因で祖母を失ったという記憶があるからこそ、血圧上昇に恐怖を抱いている。
「……号泣するのは、二ヶ月だけか?」
「まっ、まさか! 王様がお望みなら、三ヶ月は泣くべよ!?畑を耕しながらでも、水を汲みながらでも、号泣はできるべ!」
懸命に述べるダベベを目にし、王は呆れたように漏らす。
「ふぬぅ……愉快なやつだ」
◆
ブラックスター王とダベベが王の間で過去話をしていた頃、ラルクとふくよかな男性も言葉を交わしていた。
「少し良いですかぁー?」
「何だろうか」
「ええと……確か、ラルクさんでしたっけぇー?」
「あぁ、そうだ。そちらの名は? 話すのならば、まず、それを聞かせてもらいたい」
ピンクの帽子を被ったふくよかな男性が軽やかなノリで話すのとは対照的に、ラルクは真顔だ。
「シャッフェンですぅー!」
ふくよかな男性——シャッフェンは、ペロリと舌を出しながら名乗った。
「そうか。で、用は」
「は、早いですぅー!」
「早くしてくれ」
ラルクは急かす。
「すみませんー! ……では、気を取り直してぇ。ラルクさんは弓使いでしたよねぇー?」
ふくよかなシャッフェンは、片手でピースしながら尋ねた。
「詳しいな」
「ブラックスターイケメン大事典に載ってましたよぅー」
「何だと!?」
予想外の情報に、うっかり大きな声を出してしまうラルク。
彼は冷静さを失っていた。
「掲載許可を出した覚えはない!」
「でも載ってましたぁー」
三歩前へ進み、振り返る。そんな妙な動きをしながら、シャッフェンはラルクと話している。
「顔写真もか!?」
「そうですぅー」
「肖像権の侵害だ! 抗議する!」
叫ぶラルクを宥めるようにシャッフェンは言う。
「ですねぇー。でもそれは、任務達成後にしましょぅー?」
「……それもそうか」
「そこで提案なんですけどぅ」
「提案? それは、どういう話だろうか」
怪訝な顔をするラルクに、シャッフェンは問う。
「二人で協力して、確実に任務達成しませんかぁー?」
 




