episode.164 案外安価、二千イーエン
「二千イーエン……」
驚きだ。想像していたより、ずっと安い。二千イーエンなら、私でもパッと払える金額である。これだけ立派な作りの剣が、まさか二千イーエンとは。つい「実は訳あり商品?」と訝しんでしまうくらいの、低価格だ。
「結構安いですね」
「おぅよ! 今時高い金払って武器を買うやつなんていねぇかんな!」
「……そうなんですか?」
「あぁ! 何せ、最近のこの辺は平和だからなぁ!」
店員の男性はそこで一旦言葉を切った。
それから五秒ほど空けて、彼は続ける。
「で、どうなんだ? 買うか?」
「はい」
「おっし! サンキュー! じゃ、二千イーエンな」
ワンピースのポケットから財布を取り出し、店員の男性に二千イーエンを差し出す。すると男性は、素早く受け取ってくれた。
「よっしゃ! ちょっと待ってろ!」
「はい」
男性は私が渡した二千イーエンと剣を持って、小走りでカウンターの奥へ向かう。彼はそこで、木箱に二千イーエンをしまっていた。
待つことしばらく。
店員の男性は剣だけを手にして私のところへ戻ってきた。
「ほい! これだ!」
「ありがとうございます」
革製の鞘に収められた状態で剣を受け取る。
両手にずっしりとした重みを感じ、らしくなく興奮してしまった。
「色々紹介して下さって、ありがとうございました」
「いやいや! このくらいお安いご用よ!」
日頃よく武器を購入している人なら自力で選べるかもしれないが、今回の私の場合は初めての武器購入だ。それゆえ、良い品を選ぶ方法なんて知らない。だから、店員が親身になってくれる人で助かった。
「それでは失礼します!」
「おぅ! また来いよ!」
しかも、武器選びだけではなく、見送りまでしてくれる。
良い店員さんだなぁ、と思いつつ、私は武器の店を出た。
店から少し離れた大通りに達するや否や、ミセは「ふわぁーあ!」と発しながら大きく背伸びをする。
デスタンの前で背伸びは気にしないの? と少しばかり疑問を抱いてしまった。
普通、好きな人の前で豪快に背伸びをしたりはしないだろう。いや、もちろん、背伸び自体に罪はない。ただ、背伸びをするにしても控えめな背伸びにするなど多少は工夫するだろうと、そう思うのだ。
しかしミセにはその工夫がなかった。
彼女は、デスタンが傍にいる状況下であっても、一切躊躇わず全力の背伸びをする。
正直、少し不思議だった。
「疲れましたか、ミセさん」
「えぇ? アタシぃ?」
「はい。凄まじい背伸びをなさっていたので、疲れたのかな、と」
刹那、淡々と問いかけるデスタンの片腕を掴み、彼に身を寄せるミセ。
「あーら、デスタン! アタシのこと心配してくれてるのぅ?」
ミセはとてつもなく都合のいい解釈をしていた。
「さすがアタシのデスタンねぇ! ……けど、アタシのことをそんなに細かく見てくれているなんて、気づかなかったわぁ。うふふ。デスタンったら、実はアタシのこと、とーっても好きなのね!」
何がどう転んだらそうなるの? というような解釈。
でも、それがミセ流なのだろう。
彼女は好きな人の言動を都合良く解釈するところがある。だからこそ、基本冷ややかなデスタンが相手でも、このハイテンションを保てるのだろう。
「お茶するぅ?」
「ミセさんがしたいのなら、それでも構いませんが」
「あーら、優しい! さすがデスタン! とーっても優しいわね!」
ミセが褒めると、デスタンは彼女から視線を逸らす。
「……同行していただいた恩があるから、それだけです」
これは『照れ隠し』だ。
離れて眺めている私にも、そのくらいは分かる。
「ねぇエアリ!」
「……えっ」
振り返ったミセにいきなり話しかけられ、内心慌てる。
「お茶しなーい?」
「えっと……お茶、ですか?」
「そうよ! 三人で!」
話しかける時もデスタンの横からなのね、という突っ込みは、心の中だけに留めておこう。
「あ、はい。それもアリですね」
「じゃ、決まりね!」
よく考えたら、今日は結構な距離を歩いている。私でも少し喉が乾いているくらいだから、回復しきっていないデスタンなどは疲れてきているはずだ。そこを考慮するなら、ここらで一息というのも悪くはない。
当初の目的、ペンと剣の購入を済ませた私たち三人は、帰り道の途中でひと休みすることにした。
入ったのは、歩いている時に偶々目についた喫茶店。
私はアイスティー、ミセとデスタンはアイスブラックティーをそれぞれ注文し、パラソルの下の椅子に腰掛ける。
「買い物できて良かったわねぇ、デスタン」
「はい。同行ありがとうございました」
「気にしなくていいのよぅ。アタシはいつだって、デスタンの隣にいたいものぉ」
またしても二対一の雰囲気。
この三人だから仕方ないけれど、寂しい気がしてこないと言えば嘘になる。
けれど、こうして三人で過ごす時間が嫌いかと問われれば、「はい」とは答えないだろう。
血に濡れる戦いの時間に比べれば、少し寂しくとも穏やかな時間の方がずっと好き。
そんなことを考えながらアイスティーを飲んでいると、デスタンが話しかけてくる。
「剣はそれで良かったのですか」
唐突過ぎる質問。
なぜこのタイミングでこんな問いが出てきたのか、謎でしかない。
「えぇ。持ちやすかったわよ。……何かおかしい?」
「いえ、べつに」
質問しておいて、興味のなさそうな態度。デスタンの本心がどこにあるのかは、もはやよく分からない。
「これを使いこなせるように、また頑張るわ」
「はい。そうして下さい」
そう、今私がすべきことは、この剣の扱いに慣れること。
二対一的な空気に寂しさを感じることではない。
その後、私たちは、馬車が待機しているところまで歩いた。そして、馬車に乗って、エトーリアの屋敷へと帰った。
購入する予定にしていた物はすべて手に入れられたから、買い物は成功だ。
「あ! 戻られたのですね!」
屋敷へ帰った私を迎えてくれたのは、リゴール。
三人で外出している間、私は、彼に会いたくて仕方がなかった。だから、彼の顔を目にした瞬間、喜びが一気に込み上げてきて。結果、彼を衝動的に抱き締めてしまった。
「えぇ! 帰ったわ!」
「あの……え、エアリ……?」
リゴールは困惑している。
「その、なぜこのようなことを……?」
「よく分からないけど、貴方に会いたかったの」




