episode.162 ペンとおじいさんと
ミセ、デスタン、そして私。三人で馬車に乗り、クレアへ出掛ける。
エトーリアの屋敷からクレアまでは、歩くとそこそこ距離がある。しかし、馬車に乗ってしまえばすぐに着く。
「デスタンと馬車に乗れるなんて、嬉すぃーわぁ!」
「そうですか」
「デスタンも嬉しいわよねぇ? だってアタシたち、愛し合っているものねぇ?」
「はぁ」
隣同士に座るミセとデスタンは、そんな風に言葉を交わしている。純粋に仲良さそう、という感じではないけれど。ただ、心の奥底で通じあっているような雰囲気ではある。
「もーう! デスタンったら! どうしてそんなに冷たくするのぅ?」
猫撫で声で言いながら、ミセはデスタンの片腕を掴む。しかもただ掴むだけではなく、頬を当ててすりすりしたりしている。
「ミセさん。必要以上に触れるのは止めて下さい」
顔はミセの方へ向けず、視線だけを彼女に向け、淡々とした口調で述べるデスタン。彼の顔は本気で怒っている人間の顔ではなかったが、面倒臭くてうんざりしているという空気は漂わせていた。
「えぇー? どうしてぇ?」
「エアリ・フィールドに引かれています」
「そんなことを気にしてるの? デスタンったら、かーわいーい!」
「……勘弁して下さいよ」
ミセが楽しそうで何より。
ただ、絡まれるばかりのデスタンは少し気の毒だ。
だが、この程度なら、放っておいても問題ないだろう。いざという時にははっきり物を言えるデスタンだから、敢えて私が口を挟むこともないはずだ。
クレアに到着。
まず向かったのは、ミセが「筆記具がある」と言って紹介してくれた店。
山小屋のような外観で、窓は小さなものしかなく、外から中の様子を確認することはできない。それに、営業中という印もないから、営業しているのかどうかさえ怪しい。
「ここよぅ、デスタン! ここならペンがあるわぁ!」
「その話、本当ですか」
「えぇー。アタシのことを疑うのぅ?」
「いえ、念のため確認しただけです。では入りましょう」
デスタンは落ち着いた様子で、店の扉のノブに手をかける。
その姿を数メートル後ろから眺めながら、「よくここまで回復してきたなぁ」と、改めて感心する。一時はほぼ完全に動けなくなっていたのに、今では自力で歩けているのだから、驚くべき回復力だ。
デスタンは扉を開けて店の中へ入っていく。ミセもそれに続く。一人取り残されてはいけないから、私も小走りで入店した。
店内は静かだった。
隅っこの椅子にちょこんと座っているおじいさんがいるくらいで、客らしき人は見当たらない。
一番に店内に入ったデスタンは、そのおじいさんに声をかけに向かう。
「すみません。ペンをいただきたいのですが」
「ぬぅ……ペンじゃと……?」
白髪のおじいさんは、眉をひそめながら、ゆっくりと腰を上げる。
背は高くなく、ハートの描かれたニットのベストを着ているから、全体的に丸い形になって可愛らしい雰囲気だ。
「敢えて聞くことも……ぬぅ……ないじゃろう」
おじいさんは、腰を曲げて丸くしながら、のろのろと歩き出す。デスタンは黙って、おじいさんの後を追う。
「ペンなら……ぬぅ……ぬぅ……ぬぬぅ……ほれ、この辺じゃ」
デスタンはおじいさんを追い、ミセはデスタンを追い、私はそんなミセの背を追う。いつの間にやら、私たちは連なってしまっている。
ゆっくりとしか動けないおじいさんが示した辺りには、確かにペンがあった。
木のテーブルに、箱に入った高価そうなペンがいくつか並んでいる。そしてその脇には、安そうな見た目のペンがたくさん置かれているコーナーもある。
高価そうなペンが一つ一つ丁寧に箱に入っているのに対し、安そうなペンはマグカップに十五本くらいが入れられている。しかも、種類ごとにまとめられているということもない。マグカップに適当に突っ込んだ、という感じの置き方だ。
それからしばらく、デスタンはペンを色々見ていた。
何を見ているのだろう?
私にできることはあるだろうか?
少しそんな風に考えたりもしたが、手出ししないでおくことに決めた。
余計なことをしてしまってはいけない、と思ったから。
——それから十分ほど経過して。
「ペンの購入、終わりました」
デスタンは紙袋を手に、そんなことを言ってきた。
彼に一番に駆け寄るのはミセ。彼女はデスタンの手から紙袋を素早く奪い取り、「アタシが持つわぁー」と甘い声を発していた。
「もういいの?」
「はい。いくつか買えました」
「それは良かったわね」
「はい。次は貴女の剣ですね」
私たち三人はそそくさと店を出る。
空は晴れていて、雲一つない。ただ、日差しはさほど強くなく、暑さもそれほど感じない。過ごしやすい日だ。
「ミセさん、剣を売っている店への案内をお願いします」
「良いわよぉー! アタシ、デスタンのためなら何でもするわぁ!」
ミセはクレアで暮らしていたわけではないはず。しかし、何気に、クレアに詳しい。
「ミセさんが街に詳しくて助かります」
「デスタンに会いに来るついでに、色々見たりしてたのぅ! だから段々詳しくなってぇ!」
「そういうことだったのですね」
ミセはデスタンの隣をしっかり確保している。
「ありがたいことです」
「デスタンの役に立てたら、アタシも嬉すぃーわぁー!」
愛する人の横を歩けることが嬉しいのだろう、ミセの足取りは軽い。それに、顔つきも、日頃のミセのそれとはまったく異なっている。
それにしても、二つ並んだ背中を見ながら少し後ろを歩くというのは、複雑な心境だ。
二人が仲良くて嬉しいような、自分が仲間外れで寂しいような。
「店まではまだ距離がありますか」
剣を買うべく足を動かしていると、デスタンが唐突に問いを放った。
「デスタン、もしかして、疲れたのぅ!?」
「いえ。ただ少し尋ねてみただけです」
「そーう? なら良いけどぉ……疲れたら言うのよぅ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
デスタンは、一応礼を述べてはいるが、その言い方はかなりあっさりしていた。感謝の心があるのかないのか分からないような口調である。
それからも私たちは歩いた。
ひたすら足を動かし続ける。
こんな時、リゴールが隣にいてくれたら——そんなことを、つい考えてしまう。
デスタンのこともミセのことも嫌いではないけれど、やはりリゴールがいないと寂しい。
彼が傍にいてくれたら、四人で出掛けられたなら、きっともっと楽しく過ごせただろうに。




