episode.158 ミントカラーのヒゲとの激突
突然現れたミントカラーの髪とヒゲが特徴的な男性は、カマーラと名乗っていた。
「ひ……ひぃ……」
女性はカマーラを恐れているようで、リゴールに護られているにもかかわらず、まだ震え続けている。顔の筋肉は強張り、声は甲高くなり。まさに、恐怖に満ちた人間、といった感じである。
「大丈夫ですから、下がっていて下さい」
「は、はい……」
そんな彼女を後ろへ下げて、リゴールは視線をカマーラへ戻す。
「一般人を脅すような真似、してはいけませんよ」
「王子様カッコイイワネェ。スグォーク気二入ッタワ」
リゴールは真剣な眼差しを向けながら注意しているのだが、カマーラは注意を受けている者とはとても思えないような言動。
どことなくずれている。
話の流れが普通でない。
「好ミダクァラ、特別! マーラ、ッテ呼ンデイーワヨゥ!」
しかも、そんな親しみを持っているようなことを言いながらも、顎髭を振るう。
ミントカラーのヒゲは二股に分かれており、それぞれが別の動きをしている。それも、重力に支配された動きではない。カマーラ自身が意識して動かしている、というような動き方である。
鞭のように動く顎髭による打撃を腕で防御し、その場で立ち上がるリゴール。
「この程度の打撃、わたくしでも防げます」
リゴールは本を取り出し、開いて右手で持つ。
そして、「参ります」の小さな声と共に、黄金の輝きが放たれる。
だがカマーラは慌てなかった。
「魔法ヘノ対策ハ、十分ヨゥッ!!」
鋭く叫び、手のひらを上に向けた両手を下から上へとゆっくり動かす。見えない何かを持ち上げているかのように。
すると、地面から、壁のようなものが現れる。
色は、やや緑みを帯びた透明。大きさは、前から見てカマーラの体がすべて隠れるくらい。
その壁のようなものは、リゴールが放った黄金の光をものの数秒で吸収した。
「なっ……」
リゴールの顔が僅かに強張る。
「驚イテルミタイネ! マ、無理モヌァイワァ! コレハ、コノカマーラの賢サノ証ダムォノ!」
魔法を防ぎ、カマーラは勝ち誇った顔。
誰よりも強いという自信がある、というくらいの顔をしている。
「……カァーラァーノォー」
カマーラはウインク。
そして、ヒゲでの攻撃。
「ハイハイハイッ!!」
「っ……!」
蛇のように自由自在にうねるヒゲをかわすのは難しいらしく、リゴールは回避を試みていない。とにかく防御に徹している。腕を使い、時には本を使い、急所への命中を確実に防ぐ。そのスタイルは美しく見事なものではあるが、いつまでも続けられるとはとても思えない。
こういう時こそ、力にならなくては。
そう思い、ペンダントを掴んだ瞬間——目の前を何かが通過していった。
「アブゥッ!?」
突如情けない声を発するカマーラ。
何が起きたのだろう? と思い、彼の方をじっと見ているうちに、原因は何なのか判明した。
フォークだったのだ、カマーラが変な声を発した原因は。
「駄目じゃない。可愛い男の子を虐めるなんて」
いきなり口を挟んできたのは、ミセ。
どうやら、彼女がフォークを投げ、それがカマーラに命中したということらしい。
「フォ、フォ、フゥオオクゥゥゥーッ!?」
「意地悪するのは駄目よ」
ミセは堂々と言い放つ。
そこに躊躇いは一切ない。
暴力に訴えてきそうな相手にであっても、恐れることなく、自分の意見を述べることができる。それはとても凄いことだと、私は思う。もし私が彼女の立ち位置であったなら、今の彼女と同じような振る舞いはできなかっただろう。
「フ、フ、フザケテルンジャ、ヌァイワヨーッ!」
カマーラはヒゲ攻撃の矛先をミセに移そうとする——が、その背中にリゴールが体当たり。
予期せぬ体当たりに、カマーラは転倒する。
「ヘブッ!?」
転んだ拍子に床で顔面を打ったカマーラは、赤いものがぽたぽたと垂れてくる鼻周りを片手で押さえながらも、勢いよく片足を振り上げる。
「くっ……は!」
カマーラの蹴りが、リゴールの鳩尾に叩き込まれる。
「リゴール! 逃げて!」
「へ、平気です……」
「とても平気そうには見えないわよ!?」
鳩尾に全力の蹴りを加えられたのに、平気なわけがない。
それに、実際、リゴールは顔をしかめていたではないか。それなのに平気だなんて、もっとあり得ない。
「意外ト凶暴ナノネェ……!?」
「たまにはエアリに男らしいところを見せたいのです!」
「コッ……個人的な事情ゥ!?」
どこから突っ込めばいいのか分からないが、色々なところがおかしい。
「スィカモ女ノタメトカ、腹立ツワァ!」
カマーラは二股のヒゲでリゴールの腕をそれぞれ拘束。そして、腕の自由がなくなったリゴールを、二メートルくらいの辺りまで持ち上げる。
「覚悟ナスァーイ!」
……床に叩きつける気?
嬉しそうな、勝ち誇ったようなカマーラの顔を見た瞬間、私はふとそう思った。
二メートルの高さから床に叩きつけられたら、それは危険だ。死にはしないだろうが、打ち所によっては重傷になりかねない。
「リゴール!」
胸元のペンダントを掴み、剣へ変化させ——ヒゲを断つ。
「ヌゥアニィーッ!?」
カマーラはそれまでとは違う妙に低い声で叫んだ。
垂直に落下してきたリゴールを支え、すぐに床に立たせる。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます」
リゴールは申し訳なさそうな顔をしながら礼を述べてくる。
「ごめんなさい。もっと早く援護すべきだったわね」
「いえ。わたくしが勝手に戦っていただけですので、気になさらないで下さい」
控えめに微笑みかけてくれるリゴールは優しげで、見つめているだけで心が温かくなってくる。でも、まだ戦闘は終わっていない。ほっこりしている暇はないのだ。
だから、改めてカマーラに視線を向ける。
カマーラはヒゲを斬られたことにかなり動揺しているようだった。一人顎を触っては、「アタチノ可愛イヒゲチャンガァ」とか「ショートニナッチャッタワァ、酷ォイ」とか、独り言を漏らしている。
動揺している時なら、まともに戦えはしないだろう。
そう考え、私は前へ踏み出すことに決めた。
両手で柄を握り——振る!
「イヤァン! 卑怯ジャナァーイ!」
顎に集中しているように見えたのだが、カマーラは、斬撃にきちんと反応してきた。腕で体へのダメージを防いだのだ。
ただ、シャツの袖は斬れている。剣での攻撃はあの壁に吸収されないみたいだ。
そういうことなら、戦える。
「痛イジャナァーイ! アタチ、アンタハ嫌イヨォ!」
「……私も、リゴールを傷つける人は嫌いよ」
嫌いで結構。
好きと言われているより、戦いやすい。
女性を脅し、リゴールを傷つける。そんな者はさっさと追い払ってしまいたい。カマーラはここには必要のない者だ。
「ナッ、生意気ナ女ァー!」
真っ直ぐ迫ってくるカマーラに。
「……何とでも言えばいいわ」
剣にて、一撃、加える。
自ら突っ込んでくる相手を斬るのは、難しいことではなかった。相手の動きに工夫がなかったから、特に。




