episode.153 ドリとラルク
それから私は食堂へと戻った。
リゴールも連れて。
まだ食堂内で本を読んでいたエトーリアは、私の帰りが遅かったことを気にしていたようで、「遅かったわね。何かあったの?」などと聞いてきた。
けれど、本当のことを告げる勇気は私にはなく。
私は「少しお話をしていたの」とだけ答えた。
こんな嘘、本当はつきたくない。母親に対して本当のことを話せないというのは、心苦しいものがある。
だが、リゴールを護るためだ。
こんなことを言っていたら、母親よりリゴールの方につくなんて、と怒られてしまうかもしれないけれど。でも、私は、リゴールが悪者にされることにはもう耐えられない。
だから私は嘘をついた。
心の中で、謝罪しながら。
◆
その頃、裏切り者であるグラネイトとウェスタを仕留めよとの命令をブラックスター王より受けた二人は、地上界へと移動してきていた。
一人は二十代半ばくらいと思われる女性。
もう一人は四十代くらいの男性。
二人は、慣れない地を堂々と歩いている。
「ドリ。貴女の戦闘スタイルについて、少しだけ聞いておきたいのだが」
口を開いたのは、男性の方だ。
男性は、黒い髪はすべて後ろへ流した状態で固めている。それゆえ、本来なら顔全体がはっきり露出する形になりそうなところなのだが、そうはなっていない。というのも、眼帯を着用しているのだ。革製の黒い眼帯が顔の左半分のほとんどに覆い被さっていて、顔面の肌は右半分しか見えないという状態になっている。また、露わになっている右目は切れ長で、瞳は刃のような鋭さのある灰色だ。
また、片手には弓を持っている。背中には、矢を入れておくケース。
「何でしょうか」
応じるのは、ドリと呼ばれた女性。
二十代半ばくらいに見える彼女は、肌がとても綺麗で、大人びた顔立ち。赤と橙の中間のような色みの髪は、直毛で、腰の辺りまで伸びている。
「まず、武器は何だろうか」
「あたしは槍です」
「そうか。そういうことなら、近接戦闘も問題なさそうだな」
ドリは、腰から太股の後ろ側にかけて垂れた紺の布をはためかせながら、一歩一歩確実に前へ進んでゆく。履いているのはヒールのあるロングブーツだが、歩くことに支障はなさそうだ。
「はい。近距離戦は任せて下さい」
「頼もしいな。……女性に任せるというのは申し訳ない気もするが」
「いえ。戦いに男も女も関係ありません。戦える者が戦えば、それで良いのです」
ドリはそう言って、前に垂れてきた髪を、紺の長い手袋をはめた片手で後ろへ流す。
「それで、そちらは……お名前からお聞きしても?」
「私か? 私の名はラルク」
四十代に見える眼帯の男性——ラルクは、あっさり名乗る。
それに対し、ドリはくすっと笑う。
「何だか主人公みたいなお名前ですね」
軽く握った拳を口元に添えて微かに笑うドリを見て、ラルクは戸惑ったような顔をする。
「主人公みたい、だと……?」
「えぇ。あたしが読んでいた物語の主人公、三文字の名前のことが多かったんです」
「物語? つまり、本か?」
「はい」
ドリはそう言って、微笑む。
静かな笑みだが、美しいという言葉がよく似合う表情でもある。
「好きなんです、夢をみせてくれる物語が。だからあたし、ブラックスターに生まれて良かったです」
ドリはすぐ隣にいるラルクへ視線を向ける。
「それはどういう繋がりだ?」
「ホワイトスターでは架空の物語は禁止だって、そう聞いたので」
「……なるほど。そういうことか」
木漏れ日の中、ドリとラルクは足を動かし続ける。
「理由は何にせよ……生まれを誇れるのは良いことだな」
「ですよね! ラルクさん」
「あぁ。それは素晴らしいことだと、そう思う」
ドリとラルク。二人は長い間知り合いだったわけではない。それゆえ、そこまで強い友情があるわけではない。
けれど今、二人の目標は同じ。
数少ない共通点である『任務』が、二人の心を徐々に近づけていっている。
地上界へ降り立ったばかりの二人は、まず、グラネイトとウェスタの居場所を確認する。
……と言っても、自力で一から探すわけではなく。
ブラックスターにいる間に貰っていた情報を頼りに、気配を察知しながらの確認である。
「今回の任務、上手くいくと良いですね。ラルクさん」
「そうだな」
とはいえ、確認も簡単ではない。
ある程度情報があるとはいえ、広い地上界の中でたった二人を見つけ出さなくてはならないのだから、とても簡単なこととは言えない。
それでも、ドリとラルクはやる気に満ちている。
「必ず成功させ、共に評価されよう」
「もちろんです!」
ドリはハキハキとやる気があることを主張。それに比べると、ラルクは、やや低めのテンションで。しかし、両者共、任務を達成するという意思に満ちている——それは事実だ。
「ブラックスター王に認められ、出世する。ドリもそれを目指しているのだろう?」
「少しでも給料をいただいて、家計の足しにしたいと考えています」
ドリがさらりと述べると、ラルクは驚きを露わにする。
「か、家計!?」
最初、かなり驚いている、というような顔をしたラルク。しかし、数秒が経過し、「これは失礼」と言いながら、驚いた顔をするのを止めた。
ただ、顔面が硬直してしまっていることに変わりはない。
「……既婚者、なのか?」
「まさか。未婚です」
苦笑しながら答えるドリ。
「そ、それは失礼!」
「いえ。気にしないで下さい」
「では家計というのは……」
「兄弟や両親の生活費のことです。分かりづらくてすみません」
そこまで聞いて、ラルクはようやく胸を撫で下ろす。
「な、なるほど……そういうことか……」
その後、ドリとラルクは、グラネイトとウェスタの居場所を突き止めた。目標の居場所を突き止めた二人は、作戦を決行するべく準備に入る。
ドリは槍の扱いに長けており、近距離戦闘が得意。
それに対しラルクは、弓矢での戦闘を得意としている。
得意な戦い方は正反対な二人だが、だからこそできることがあると考え、二人は真剣に考えた。
そして、作戦決行の朝を迎える——。




