episode.152 もっと頑張ります
迫ってくるのは、鳥の翼のような両腕を持つ生物たち。
しかし、リゴールの瞳が捉えているのは、それらではなかった。青い宝玉のような双眸から放たれる視線、その先にいるのは、謎の生物ではなく——ふくよかな男性、まさにその人で。
長いクチバシで一斉に攻撃を仕掛けてくる敵たち。
リゴールは開いた本を持っている方の手を、ぶん、と回す。
黄金の光をまとった腕が、敵たちを勢いよく薙ぎ払う形となり。結果、鳥のような姿の生物たちは一気に消滅した。
「えぇぇーっ!?」
繰り出した鳥に似た生物たちを一瞬にして消し去られた男性は、愕然とし、大声を発する。周囲の目などお構いなしの、豪快な声の発し方だ。空気が激しく揺れた、と分かるほどの大声だった。
男性が驚きのあまり正気を失っているうちに、リゴールは体勢を立て直す。
そして、本を持っていない方の手の手のひらを男性へとかざし、小さく「これで終わりです」と呟いた。
——黄金の光の塊が宙に弧を描く。
そして。
リゴールが放ったそれは、男性の眉間に突き刺さった。
「な、何するんですかぁー!?」
男性は、涙目になりしかも攻撃を受けた眉間を両手で押さえつつ、そんな声を発する。
「これは警告です」
「危ないにもほどがありますよぅー!?」
「去りなさい」
今のリゴールはリゴールらしからぬ冷ややかな雰囲気をまとっている。
「ふ、ふんっ。分かりましたよぅー! 今回だけは退いて差し上げますぅー!」
男性は唇を突き出しながらそんなことを言い放つ。
その様は非常にコミカル。
彼自身にはふざけているという意識はないのだろうが、見ていたら、ふざけているとしか思えない。
「……なるほど。それはつまり、『また来る』という意味なのですね……?」
「そんなのは分かりませんよぅー! この世に絶対はありませんよぉー!」
肥満気味の男性は、騒ぎながら走り去っていった。
玄関には、私とリゴールの二人だけが残される。騒がしさは失われ、同時に、辺りは静寂に包まれた。
——と、その数秒後。
リゴールはくるりと体の向きを変え、こちらへ向かってくる。
そして、抱き締めてきた。
「えっ……」
「すみません! エアリ!」
いきなり大きな声で謝罪され、戸惑わずにはいられない。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「平気よ」
「良かった……」
口を手で塞がれたりはしたが、負傷には至らなかった。
それは幸運だったと思う。
あのような状況だったのだから、怪我させられる可能性も十分にあったわけで。
しかし、怪我させられずに済んだのだ。
それは、本当に本当に、大きな幸運に恵まれていたと言えるだろう。
「無事で良かったです、エアリ」
「あ、ありがとう……」
異性であるにもかかわらず、躊躇いなく抱き締めてくるリゴールは、純粋さに満ちている。関係のわりに距離は近いが、穢らわしさなどは欠片もない。
「またもや巻き込んで、ごめんなさい……」
「え? い、いや。気にしないで」
これで怪我したりしていたらまた話は変わってくるのかもしれないが、特に何もなかったのだから、問題はないだろう。少なくとも、リゴールを責めるようなことはない。
「リゴールこそ大丈夫なの?」
「はい。わたくしは平気です」
その頃になって、リゴールはようやく腕を離してくれた。
「わたくしは、こんなですが、一応男ですので」
そう言って笑うリゴールには、か弱さなど欠片もなく。
何だか……おかしな気分。
今は彼が凄く立派な男性に見えて、不思議と心を奪われる。
「そ、そうね」
何とも言えない違和感を抱いているせいか、どうしても振る舞いがぎこちなくなってしまう。リゴールに「おかしい」と思われていなければ良いのだが。
「エアリ。もし何かあれば、また声を掛けて下さいね」
「構わないの?」
「もちろんです。必ず駆けつけます」
やはりおかしい。
奇妙だ。
リゴールは純粋で無垢で、可愛らしい少年だったはず。なのに今、彼はとても男らしい。表情、述べる言葉、そのどちらもが。それが、どうも不思議でならない。
「ありがとう、リゴール。でも……何だか不思議な感じ」
「……不思議な、ですか?」
リゴールはほんの一瞬だけ不安げな顔をする。
「えぇ。だってほら、リゴールがこんなにしっかりしているなんて、少し不思議じゃない?」
すると、リゴールは苦笑しながら「そういうことでしたか」と言った。
少し失礼なことを言ってしまったかもしれない。けれど、これまでのリゴールを馬鹿にして言ったわけではないのだと、それだけは分かってほしくて。
「失礼だったらごめんなさい」
「いえ。事実ですから……失礼などではありませんよ」
「悪かったわね」
「いえ! 本当に、お気になさらず」
リゴールは怒らないでいてくれた。
悪気があって言ったのではないと、馬鹿にして言ったのではないと、理解してくれているようだ。
「わたくし、これからはもっと頑張ります!」
「……やる気に満ちているのね」
そう言うと、リゴールは両手をぎゅっと握って返してくる。
「はい! エアリに気に入っていただけるよう、これからは本気で頑張ります!」
その発言にはさすがに「え……」と思わずにはいられなかった。だって、おかしいではないか。リゴールが一般人の私に気に入ってもらおうとするなんて、どう考えても不自然だ。逆ならともかく。
「えっと……心境の変化?」
何と返すべきなのか、即座には思いつけなくて。その結果、口から出たのは、そんな妙な言葉だった。
それに対し、リゴールは明るく返してくる。
「あ、はい! 上手く表現するのは難しいですが、大体そのような感じです」
なぜこのタイミングで無邪気さが溢れてくるのか。
「エアリがトランと仲良くしているのを見ていたら、わたくしももっと親しくなりたいと思ってきまして!」
あぁ、なんて穢れのない。
「親しく? トランと?」
「違います! エアリとです!」
「いやいや、私、トランとは仲良くなんてなかったわよ?」
「そうは見えませんでした! エアリとトランは、とても親しく見えました!」
そりゃあ、少しは仲良くなっていたかもしれないけれど。
「ですから、わたくしももっと頑張ります!」




