episode.14 噛み付かれそうな
その後も、しばらく、気まずい時間が続いた。
勝手に入ってきた男性はリゴールを起こそうとしていて、私に攻撃してくることはなかった。が、時折様子を窺うように睨まれるのが、微妙に怖かった。
「起きて下さい、王子」
「まだ眠い……」
「こんなところで眠っている暇はないのですよ!」
男性に起こされたリゴールは、一応体を起こしはしたものの、まだ寝惚けている。すぐに普段通りとはいかないようだ。
「……ん?」
少しして、リゴールは怪訝な顔をした。
「エアリでは……ないのですか」
かなり寝惚けていたリゴールだが、さすがに、段々目が覚めてきたようだ。目が覚めるにつれ、彼の顔に訝しむような色が浮かんでくる。
「王子、何を言っていらっしゃるので?」
「……デスタン?」
——直後。
リゴールの目が急に大きく開かれた。
「え、えええ!?」
夜の闇に、リゴールの甲高い叫びが響く。
「な、な、なぜ!?」
「良かった。気がつかれたようで、何よりです」
「しっ、しかしなぜ!?」
「落ち着いて下さい、王子」
やはり、男性とリゴールは知り合いだったようだ。ということはつまり、男性は敵ではないということ。私は内心安堵の溜め息をついた。これはもう、完全にひと安心と言って問題ないだろう。
「その人は知り合いなの? リゴール」
私はリゴールに尋ねる。
混乱している彼には答える余裕などないかもしれない、と思っていたが、案外そんなことはなく。
「は、はい……。彼はデスタンといいまして、わたくしの護衛です」
意外にもきちんと返してきた。
「そうだったのね。なら良かった、安心したわ」
敵にではないとはいえ、夜中に勝手に侵入されたのだ。呑気に「良かった」などと言っている場合ではない。
ただ、発した言葉に偽りはない。
侵入してきたのが敵という可能性もあったのだから、その場合に比べれば、遥かに「良かった」と言える展開だろう。
そんなことを考えていると、男性——デスタンに、凄まじい勢いで睨まれた。
「……よくもそのような口の利き方ができますね」
「えっ」
「呼び捨てに加え、敬意の感じられない口調……あまり調子に乗ると、消しますよ?」
デスタンの黄色い瞳からは、凄まじい殺気が放たれている。
「け、消す……!?」
「王子にとって必要のない人間と判断すれば消します」
そこへ、リゴールが口を挟んでくる。
「待ちなさい!」
リゴールは、私とデスタンの間に立った。彼はそれから、デスタンの方へ視線を向ける。
「デスタン! いちいち喧嘩を売るような発言をするのは止めなさい!」
「……しかし、王子」
「事情は説明します! 取り敢えず黙りなさい!」
デスタンに向けて言葉を放つリゴールには、得体の知れない風格があった。私と話している時とは、雰囲気がまったく違う。護衛にはこうなのだろうか。
そんなことを考えていると、リゴールが私へ視線を向けてきた。
「ご迷惑おかけして……申し訳ありません」
やはり、いつものリゴールだ。
「貴方が謝ることはないわ。それより、彼は貴方の護衛の方だったのね?」
「はい、実は」
リゴールは顔色を窺うような目つきで私を見ている。
下から来るような目つき。デスタンに対して物を言う時の凛とした振る舞いとは、別人のようだ。
「会えて良かったじゃない!」
私としては、少し寂しい気もするけれど。
「え、あの……」
「もう寂しくないわね!」
「……エアリ?」
リゴールは戸惑ったような顔をしている。
寂しくなっていることがバレているのだろうか?
いや、それはないはずだ。
出会って数日も経っていないのだから、そんなあっさり心がバレるはずがない。
「エアリ、その……少し様子がおかしいですよ? わたくしで良ければ、何でも言って下さい」
月の光だけが射し込む薄暗い部屋でも、リゴールの青い瞳ははっきりと見える。彼の瞳には、不安げな色が浮かんでいた。
「ふ、普通よ!」
「いえ。一日過ごさせていただいたので分かります。今の貴女は、貴女らしくありません」
リゴールの勘の良さは驚くべきものがある。
私が分かりやすい質なだけかもしれないが、こうも容易く異変に気づかれるとは思わなかった。
「私らしくない? 何を言っているの。私らしいなんて、分かるわけがないじゃない」
「……確かに、それもそうですが」
「とにかく、私のことは気にしないで!」
胸の奥を覗き見られているような感覚が怖くて、つい強く言ってしまった。リゴールはただ、私を心配してくれているだけなのに。
「はい。承知しました」
「……ごめんなさい」
後から申し訳ない気分になり謝罪すると、リゴールは笑みを浮かべて返してくる。
「い、いえ! お気になさらず!」
暗い中でもはっきりと分かるくらいの、よく目立つ笑み。穢れのない、華やかで真っ直ぐな笑顔だった。
「わたくしに遠慮は必要ありませんので! 気兼ねなく、何でも仰って下さいね」
王子ともあろう人がそんなことを言っていて良いのか? という疑問が、脳内に少し浮かんだ——その時。
「王子!」
デスタンが強い声で放った。
「どうかしましたか? デスタン」
「その女、一体何なのです!」
きょとんとしているリゴールと、険しい顔つきのデスタン。二人の表情は対照的だ。
「黙って見ていれば、王子をへこへこさせて。その女、調子に乗りすぎではないですか!」
放っておいたら今にも私へ噛み付いてきそうなデスタンを、リゴールは「落ち着きなさい!」と制止する。
「落ち着いて下さい、デスタン。わたくしはお世話になっていた身なのです。ですから、無礼があってはならないのです」
「……しかし王子」
納得できない、というような顔のデスタン。
しかし、リゴールはマイペースを貫きつつ発言を続ける。
「良いですか? デスタン。事情は今から簡単に説明しますが、終わるまで騒がないで下さい」
それに対しデスタンは静かに頷いた。
「……はい」
「では、少し時間がかかりますが、簡単に事情を説明させていただきます」
デスタンが冷静さを取り戻したところで、リゴールはこれまでの経緯を話し始めた。
私との出会いから、今夜は密かに泊まっているのだということまで。




