episode.148 指示
本当は話したかったのだと、そう話すリゴールは、まるで恥じらう乙女のよう。初々しさに満ちていて、少年というよりかは、少女と表現した方がしっくりくるような雰囲気をまとっている。
「そういうことだったのね」
「はい……適当なことを言って申し訳ありませんでした」
リゴールは私の隣の席に腰掛けると、体も顔も、こちらへ向ける。
「エアリとはしばらく二人で話せていないので、その機会を設けることができればと思い、こんなことを提案したのです。すみません」
リゴールが謝ることではない。
実際、ここしばらく、彼と接する時間は減っていた。
以前関わりづらい状況になっていたのはエトーリアに見張られているからだったが、ここしばらく会えなかったのは、どちらかというとトランのことが原因である。
つまり、私がトランとの交流を優先していたせいで、リゴールとの間に距離が生まれてしまっていたということだ。
「いいの。むしろ誘ってくれてありがとう」
「……そう言っていただけると、いくらか救われます」
リゴールは恥ずかしそうに俯く。
俯いてはいるけれど、表情はどこか嬉しそうだった。
「それで? 何を話す?」
「えっと……実は少しお聞きしたいことが」
食堂には相変わらず人がおらず、ただただ静かで。けれど、リゴールと言葉を交わしている時は、そんな静けさもまったく気にならない。
「エアリは、その、トランと親しくなったのですか……?」
そんな問いを放ったリゴールの顔つきは、やや緊張気味なものだった。
「えぇ。色々話したりして、少しは親しくなれたわ」
「そう、ですか……」
リゴールは肩をすくめ、気まずそうな顔をしながら返してきた。何とも言えない反応である。彼はそんな妙な顔つきのまま、さらに続ける。
「親しくというのは、その……男女という意味ではありませんよね……?」
なぜ彼からこのような問いが出てくるのか、完全に謎だ。
「そうよ。いきなりそんな関係になるわけがないじゃない」
「……ですよね」
静かに言って、リゴールは胸を撫で下ろす。
今度は何やら嬉しそうだ。
正直、今の彼は、私にはよく分からない。彼には彼なりの心というものがあるのだろうが、それを完全に理解することは簡単ではなさそうだ。
ただ、リゴールが嬉しそうにしているのを見るのは好き。
色々しがらみのある彼だからこそ、なるべく明るい顔をしていてほしいと思うのだ。
「安心しました」
「え?」
「実は少し不安だったのです。エアリとトランが男女として親しくなっていたら、と」
いやいや、考え過ぎだろう。
確かに私はトランの世話をしていたし、同じ場所で過ごしている時間も少なくはなかったけれど、それでもほんの数日だけだ。ものの数日で男女として親しくなるなんて、よほど引き合う二人でなければあり得まい。
「よく分からないけど……私を心配してくれていたのね?」
「はい」
「ありがとう。それは嬉しいわ」
少々歪な形の心配な気もするが、まぁ、そこはあまり気にしないことにしよう。
「あ、そうだ。リゴールが淹れてくれたお茶、飲んでみるわ」
「はい! ぜひ!」
話を一段落させ、グラスへと手を伸ばす。
光を受けて煌めく氷はガラス細工のように美しい。
端に唇を当て、グラスの下側を軽く持ち上げる。すると、グラスの中に注がれていた液体が滑らかに流れてきて、口腔内へと入っていく。唇、舌、そして口全体に、ひんやりとした感覚。鋭すぎない冷たさ。悪くない。
◆
——その頃、ナイトメシア城・王の間。
闇の中のような黒で統一された部屋。その一番奥には、四五段ほどの、小規模な階段がある。それを上った先に王座はあり、そこには、ブラックスター王が鎮座していた。
王は、どちらかというと、がっしりした体型ではない。腕や首などには多少の筋肉はついているが、細身である。そして、背が高い。また、赤と紫の糸で刺繍が施された黒のローブをまとっている。そのローブはすとんと下まで落ちるようなラインのデザインであり、そのため王は、余計に背が高く見える。
「集まったか」
四五段の階段の下には、ブラックスター王へ忠誠を誓うかのように座り込む者たちが六人いた。横並びは三人で、二列に並んでいる。
その多くは男性だ。
しかし、その中に二人ほど、女性が混じっている。
女性——と言っても、一人は少女なのだが。
「パルと言ったな、娘」
「ハイ、そうでス」
王に低い声で名を確認されたのは、少女。
——そう、以前エアリらと交戦した、包帯を巻いたようなデザインのワンピースを着た少女だ。
ちなみに彼女は後列の中央にいる。
「お前には、脱走者の暗殺を命じる」
「脱走者と言うト……?」
「無能で直属軍を追放され、さらに牢から脱走した、愚か者だ。確か名は——トランといったか」
王はゆっくりと述べた。
それに対し、パルは小悪魔的な笑みを浮かべる。
「追放とかダッサ! しかも逃げ出すとか、諦めワッル!」
パルはケラケラと笑い出し、止まらない。
そんなパルに、彼女の右手側の隣にいる四十代くらいの男性が注意する。
「王の御前でそのような振る舞い、相応しくない。止めなさい」
しかしパルはさらりと「おっさんウッザ」などと漏らして、右隣の男性を睨んでいた。反省の色など少しもなかった。
それから彼女は、王へ視線を戻し、馴れ馴れしい口調で問う。
「脱走者を片付けてくレバ、それだけで良イ?」
無礼ともとれるような言葉遣いだったが、王はそこに目を向けることはしなかった。
「そうだ。暗殺が完了したならば、ここへやつの首を持ってこい」
「オッケー! じゃあ行ってくル!」
パルは無邪気な声色で言い、その場から消えた。
場に一旦静けさが戻る。
誰も何も発さないことを確認してから、王は次の言葉を発する。
「そして、そこの女」
「はい!」
爽やかに返事をしたのは、パルがいたところの左隣に待機していた女性。
「横の男と二人で、裏切り者を抹殺せよ」
ちょうどそのタイミングで、先ほどパルに注意していた四十代くらいの男性が、口を開く。
「裏切り者と言いますと、グラネイトとウェスタのことでしょうか?」
問いに対し、王は一度だけ頷いた。
「「承知しました」」
女性と四十代くらいの男性は、ほぼ同時に発した。
これで、王から命令を受けていないのは、残り三人。
前列の男三人である。
「では次。前列中央の者」
「お、おいらのことだべ!?」
前列中央、一番かっこいい場所にいるのは、ぱっとしない容姿の青年だ。顔立ちは並、体格も並、特徴的な部分はかなり少ない。唯一他の者たちが違うところがあるとすれば、布巾のようなものを頭に巻いているところだろうか。
「お主は我が護衛となれ」
「えっ、ええっ!? む、無理だべ! それはおいらには難しすぎるべ! おいらは語尾に「べ」をつけて話すこと以外、特技がないんだべ!」
いきなり護衛役を任され、青年は大慌て。
王は、そんな青年のことを無視し、話を次へ進める。
「残る二人は、王子がいるという屋敷を攻めよ」
王の言う「残る二人」というのは、前列両端の二人のことだ。
ちなみに、二人とも男性である。
一人は顎髭が二股に分かれている。
もう一人は、ふくよかな体つきだ。
 




