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あなたの剣になりたい  作者: 四季
10.揺れる心と、脱走者
143/206

episode.142 気絶中

「エアリ! 一体何を!?」


 数秒して、それまで呆然とこちらを見ていたリゴールが、駆け寄ってきた。


 私の腕の中には、気を失ったトラン。


 瞼を閉じ、口も開かず。そんな状態のトランは、どこにでもいる平凡な少年のよう。トランがいつも放っている不気味な無邪気さがないからだろうか。


「リゴール、バッサを呼んできてくれないかしら」

「バッサさんを? しかし……それは一体、どういう意図で?」


 リゴールは戸惑いの色が濃く浮かんだ顔をしながら問いかけてくる。


「できれば殺したくないの」

「え? そ、それは一体?」

「殺し合いとは別の方法を考えてみたいの」


 トランに好意を抱いていたわけではない。それに、彼は過去、卑怯な手でデスタンやリゴールを傷つけた。そういったこともあるから、さらりと許せる相手ではない。


 けれど、命を奪うことはないのではないかと、そんな風に思ってしまって。


 馬鹿、と罵られること。

 甘い、と嘲笑われること。

 想像できないわけではない。いや、むしろ、生々しくイメージできるくらいだ。


 けれど、それでも、殺すことで物事を解決するということを繰り返したくはなくて。


「……手当てするのですね」

「そうよ。彼をどうするかは、落ち着いた環境で考えるべきだわ」


 リゴールは一度そっと瞼を閉じ、何か考えているような顔をする。そんな顔を数秒続け。そして、やがて、瞼を開く。青い瞳は私を真っ直ぐに捉えている。


 そして、彼の口から言葉が発される。


「承知しました。では、バッサさんを呼んで参ります」


 リゴールは駆けていった。

 どうやら、私の思いを汲んでくれたようだ。



 リゴールがバッサを呼びに行ってくれてから、どのくらいの時間が経過したのだろう。


 十分? 二十分?


 廊下に時計はなかったため、厳密には分からないが、恐らく二十分より少し短いくらいだと思われる。


 私は今、狭い一室にいる。

 部屋にいるのは、私と意識のないトラン、トランの止血を終えたバッサ、そしてリゴール。四人だ。


「エアリお嬢様、お医者様を呼びますか?」


 床に厚みのあるタオルを三枚ほど敷き、トランを寝かせ、上からバスタオルを一枚被せる。そんな作業をしていたバッサが、唐突に尋ねてきた。


「呼んだ方が良さそうかしら」

「そうですね。止血は済みましたが……これだけで十分と言えるかどうかは分かりません」

「どうするべきなのかしら……」


 迷っていると、それまで後方に立っていたリゴールが耳打ちしてくる。


「彼は敵です。エアリがそこまでする必要はないのでは」


 リゴールの発言が間違いだとは思わない。むしろ、私の思考より彼の言っていることの方がまともだ。


 医者を呼べばお金がかかる。そのお金をどこから出すのか。

 それに、トランがもし回復すれば、また私たちを狙ってくるかもしれない。


 とにかく、問題が山盛りだ。


「バッサ。少し、このまま様子を見ておくというのはどう?」

「そうされますか?」

「えぇ……そうしようかなって思うわ」


 するとバッサはにっこり笑う。


「分かりました。ではそうしましょう。このことはエトーリアさんにも伝えておきます」

「私の顔見知りだからって伝えておいて」


 嘘ではない。

 私とトランは、顔見知りという言葉の似合う関係である。


「分かりました」


 そう言って、バッサは、汚れた水の入った桶を手に立ち上がる。そして、部屋から出ていこうと歩き出す。

 その背に向かって、リゴールが発する。


「バッサさん!」


 リゴールの声を聞き、僅かに振り返るバッサ。


「細長いタオルがあれば、貸していただけませんか」

「……細長い、タオル?」

「はい!」

「分かりました。何枚ほど必要ですか?」


 リゴールは二秒くらいだけ思考し、返す。


「えっと、四枚でお願いします!」


 それに対し、バッサはさらりと述べる。


「分かりました。では、後ほどこちらへお持ちします」


 リゴールと言葉を交わす時のバッサは、声は柔らかく、表情は自然だ。以前、彼女はリゴールに色々な家事を指導していた。恐らく、だから、こんなにも慣れた様子なのだろう。



 私はそれからも、床に横たえられたトランについていた。そして、リゴールもそれに付き添っていてくれた。


 待つことしばらく、タオル四枚を手にしたバッサが再びやって来る。

 リゴールはそれを受け取り、「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べる。それに対しバッサは「いえいえ」と明るく言ってから、速やかに退室していった。


 室内にいるのは、私たち二人と意識のないトランのみ。


「リゴール、タオルなんて何に使うの?」


 私は不思議に思い尋ねた。

 するとリゴールは、あどけない顔に淡い笑みを滲ませる。


「トランに使うのですよ」

「どういう意味? ……まさか! 首を絞めでもする気!? 駄目よ!!」


 半ば無意識のうちに、私はリゴールの片手を掴んでいた。

 きょとんとしているリゴールと目が合って、私はようやく正気を取り戻す。


「大丈夫ですよ、エアリ。そのようなことはしません」

「あっ……ご、ごめんなさい」


 衝動的に彼の手首を掴んでしまったことを恥じ、手を離す。


「いえ。お気になさらず」

「でもリゴール、タオルでトランに何を?」


 落ち着きを取り戻し、問う。

 するとリゴールは、横たえられたトランの脇にしゃがみ込みながら、静かに答える。


「手足を拘束しておこうかと」


 ……手足を拘束。


 そう聞くと、何だか物騒な気もしてしまう。


 だが、首を絞めるのに比べれば、手足を拘束するくらい大したことではない。


 トランは敵なのだし、そのくらいはしておくべきと考えるのが普通の感覚なのだろう。


 私も反対ではない。

 ただ、自ら思いつくことはできなかったけれど。


「そういうことだったのね」

「はい。突然暴れ始めても大変ですから」

「……それもそうね」


 そんな風に言葉を交わしている間、リゴールは、細くしたタオルでトランの手足を縛る作業に勤しんでいた。


 リゴールは華奢な腕をしている。なのに、手足を縛るのは案外上手くて。てきぱきと作業を行っている様子を見ていたら、自然と尊敬の念が湧いてくる。


「それにしてもリゴール、慣れているのね」

「慣れて? え。それはどういう意味です?」

「ごめんなさい、分かりにくかったわね。縛るのに慣れているんだなぁって、感心していたの」


 するとリゴールは恥ずかしそうに笑う。


「実は、研修を受けたことがあるのです」


 頬を赤らめる様は、まるで、恋する乙女のよう。


「研修?」

「はい。ホワイトスターにいた頃のことです。デスタンが研修を受けると言うので、わたくしもついていきました」

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