episode.138 過度な触れ合いは、お断りします
「デスタンの周り、本当に色々あるのねぇ」
「はい」
「凄いわぁ。やっぱり美男子には陰があるのねぇ」
「陰しかありません」
ミセは甘い声を発しながら、すぐ隣に座っているデスタンの片腕に、腕を絡める。また、体も密着させている。
二人の時にいちゃつくのならば自由。
それは二人の問題だから、デスタン本人が拒否しない限り、親しくするのは勝手だろう。
だが、今は二人きりではない。目の前に私がいるのだ。知り合いとはいえ第三者がいる時は、もう少し遠慮がちに振る舞えないものなのだろうか。
心の中にて愚痴を漏らしていると、ミセがちらりとこちらを見てきた。
「あーら。羨ましいのかしらぁ?」
挑発的な目つきと言い方だ。
私を悔しがらせたいのだろうが、そうはいかない。操り人形みたく、思い通りになってたまるものか。
ミセの意のままになってたまるか、と、私は苦笑で流す。
「人の前では止めた方が良いと思います。ミセさん」
淡々とした注意を放つデスタン。
しかしミセは離れない。
それどころか、より一層、デスタンに接近していっている。
「デスタンったらぁ、冷たぁーい! もっと仲良くしてちょうだぁーい!」
「嫌です」
「酷ぉーい。もっと優しくしてぇー」
ミセは両手をデスタンの胴体に絡め、優しく抱き締める。また、デスタンの肩の辺りに頬を当て、すりすりする。
……これは一体、何を見せられているのだろう。
ミセの方からの一方通行とはいえ、いちゃついている光景を見せられ続けるというのは、何とも言えない気分。私は、どのように反応すれば分からず、その妙な光景をただぼんやりと見つめ続けることしかできない。
「過度な触れ合いは、お断りします」
デスタンは凛とした態度で触れ合いを拒む。が、その程度であっさり止めるミセではない。
「……仲良しね」
異様に近い距離の二人を眺めていたら、半ば無意識のうちに漏らしてしまっていた。
漏らしてしまった言葉に素早く反応したのはミセ。彼女は、デスタンに体をぴたりとくっつけたまま、妙に嬉しそうな顔でこちらへ視線を向けてくる。
何も競っていないのに、彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。
「いえ、仲良しではありません。世話になった恩があるため無理矢理引き離せないだけです」
本当にそうだろうか?
少し、疑問がある。
デスタンのようにはっきりした性格の者なら、本当に嫌なら、無理矢理であっても逃れようとするのではないだろうか。
「……本当に?」
こんなことを言ったら、デスタンの言葉を疑っているかのようで、彼に対して失礼になってしまうかもしれないけれど。
「当然です。私に何を期待しているのですか」
「いいえ。そうね……何度も聞いて、ごめんなさい」
念のため謝罪しておくと、デスタンは素っ気なく「いえ」と返してきた。それから「ではこの辺りで、失礼します」と述べる。すると、その言葉を合図にするようにして、ミセがデスタンに手を差し伸べる。
「立つのねぇ?」
「はい」
デスタンは、ミセの手や腕の力を借りつつ、徐々に腰を上げていく。
十数秒ほどかけて起立した。
ミセの行動はいつだって少し過激で。目を逸らしたくなるような時もあるし、控えるよう注意したくなるような時もある。
けれど、彼女のデスタンを想う心は強いもの。
彼女の愛は、広く深い海のようだ。
「では、これにて失礼します」
「もういいの?」
「はい。悪質な術や体調不良ではないようでしたから」
悪質な術、て。
そんなものがかかっていたら怖すぎる。
「心配かけてごめんなさい」
「いえ。それは王子に言って下さい」
「う……相変わらずね」
私は言葉を詰まらせてしまう。
すれ違いざまにいきなり殴られたような気分だ。
「でも、気にかけてくれてありがとう」
「いえ。私は何もしていません」
「そんなことないわ。わざわざ部屋まで来てくれたじゃない」
するとデスタンは、呆れたように目を逸らす。
「……運動がてらです」
その発言が、本当のことなのか、あるいは恥ずかしさを隠すための偽りなのかまでは、はっきりとは分からないけれど。
「そう! ……でも、そうね。運動は大切よね!」
「なぜ急に明るい顔になったのです?」
言われてみれば、そうかもしれない。確かに、私は今、一瞬明るい気持ちになったような気がする。なぜだろう、理由は思いつけないけれど。
「ごめんなさい、分からないわ」
「そうですか。……ま、そうでしょうね。お気になさらず」
秋風のように言い切り、デスタンは私の部屋から出ていった。もちろん、ミセに支えてもらいながら。
彼が動けなくなった時、一時はどうなることかと思ったけれど、多少は回復してきたようで良かった。戦えるまで元通りにはならずとも、日常生活くらいは行えるようになった方が良いだろう。リゴールもきっと、回復を望んでいるはずだ。
私はデスタンが徐々に動けるようになってきたことに安堵しつつ、扉を閉める。それから十歩ほど移動し、ベッドの上に寝転んだ。背中に柔軟な感覚。ただ、首もとにだけ違和感を覚えてしまう。その原因に気づくのに、四五秒かかってしまった。ちなみに、原因とは、首にかけていたペンダントの紐部分である。
ペンダントを首から外し、体のすぐ傍にそっと置く。
これで違和感は消え去るはず。
それから私は、意味もなく天井を見上げる。しかしすぐに飽きてしまって。今度はそっと瞼を閉じた。
——その時。
扉の方で、ガタンと大きな音が鳴った。
私は飛び起きる。
何かが倒れただけかもしれない。誰かが物を落としたりしただけかもしれない。
けど、どうしても気になって。
だから私は、ペンダントを再び首にかけて、扉の方へ向かった。
「何の音!?」
扉を開け、廊下へ出て——愕然とする。
「……トラン」
そこに立っていたのは、トラン。
青みを帯びた髪の中性的な少年。
そして、どのようにして侵入してきたのか分からぬ彼と対峙しているのは、デスタンとミセ。
「やぁ、君もいたんだね」
トランはうっすら笑みを浮かべつつ、そんなことを言う。
「どうして貴方がここにいるの」
「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ」
いや、この状況でニコニコしているなんて普通不可能だろう。
「ボクは、外で偶然会った人から鍵を借りて、訪問しただけ」
「それは侵入と言うのではないの!?」
「違う違う。ただ、少ーし、お邪魔しただけだよー」
トランの発言はどれも理解不能。
「……それで、何の用なの?」
「ボクが会いに来たのは君じゃなくて、そっちだよ」
私の問いに静かに答え、片手で指差すトラン。彼の人差し指が示しているのは私ではなく——私より彼に近い位置にいる、デスタンだった。




