episode.136 放送
短剣を向ける兵士。
短剣を向けられるトラン。
二人の視線は重なり、小さな火花を散らす。
「ボクたち仲間だよねー。どうして刃物なんて向けるのかなー?」
「無礼は承知のうえ。だが、不自然な動きをする者に警戒するのは当然のこと!」
トランの軽やかな問いに、真剣に返す兵士。そんな兵士を見て、トランは呆れたように笑う。
「真剣過ぎて逆に笑えるねー」
「何だと!?」
挑発的なトランの発言に、苛立ちを露わにする兵士。
「いや、だから、そういうところが笑えるんだってー」
「他人を馬鹿にするな!」
「馬鹿に? まさか。ボクは馬鹿になんてしてないよー」
兵士は誰の目にも明らかなほどに苛立った様子だ。しかしトランはヘラヘラした態度を崩さない。
その態度が気に食わなかったのか、兵士はついに短剣を持った腕を動かした——が、その腕はすぐにトランに受け止められる。
「ボクに勝てるつもりなのかな?」
トランの顔から笑みが消えた。
「なっ……!」
「その考えはさすがに甘いよ」
突如笑みを消したトランを見て、兵士は、心なしか怯えたような顔つきになる。
「一介の兵士がボクに勝てるわけがない。……そのくらい分からないの?」
トランは兵士の腕を掴んだまま離さない。
「おい! 離せ!」
「嫌だね」
「こ、こんなところで戦うつもりか!? 味方同士だぞ!?」
「けど、先に仕掛けたのはそっちだよ」
腕をトランに捻られた兵士は、静かな痛みに顔をしかめる。けれどトランは止めない。彼は一切の躊躇なく、指を不自然な方向に曲げた。兵士は「ぎゃ!」と情けない悲鳴をあげ、握っていた短剣を落とす。
「ボクはただ頼み事をしただけ。なのに君は武器を向けた。これでボクが悪いなら、この世界はもう終わってるよねー」
そこまで言って、トランは兵士を投げた。
掴まれている部分を基点とし、兵士は宙で一回転。そのまま床に叩きつけられ、衝撃により気絶した。
「まったく、だねー」
一撃で兵士を動けなくしたトランは、誰もいなくなった空間でぽつりと呟く。
そして、落ちた短剣を拾い上げた。
「……さて。これからどうしようかなー?」
片手に短剣を持ち、一人、ニヤリと笑うトラン。
彼の瞳には、未知の色が滲んでいる。
そしてトランは牢を出た。
兵士から没収した短剣を服の下に隠し、点から点へジャンプする術を駆使しながら、彼はナイトメシア城内を移動する。
久々の牢の外が想定外に眩しかったのか、トランは常に目を細めていた。
「……ぞ!」
「な、いった……ったんだ!?」
一人で移動していたトランの耳に、話し声が飛び込む。それによって、トランは足を止めた。もちろん、ただ足を止めただけではない。壁の陰にさっと隠れた、という表現の方が、ある意味正しいかもしれない。
「放送が……と……いる!」
「な、何だって……!」
聞こえてきた話し声は、兵士二人のものだった。
二人の視線の先には、横二メートル縦一メートルほどのサイズの、四角いものが浮いていて。そこに、映像が流れている。
無論、トランのところからでは、その映像をはっきりと捉えることはできなかっただろうが。
トランは壁の陰に隠れつつ、様子を窺う。
『それでは、ブラックスター王よりお言葉をいただきます』
大きな音声が流れ出す。そしてその数秒後、浮いている画面のような四角の中にブラックスター王らしき者の姿が現れる。それまで何やら喋っていた二人の兵士は、宙に浮かぶ四角に王らしき影が出現した瞬間、ぴたりと話を止めた。
『本日は、皆に、非常に残念な報告をせねばならない』
兵士たちは、四角に現れた王の姿を凝視している。だがそれは、トランが見ている二人の兵士に限ったことではないと思われる。
王が話せば、皆それを聞く。
それは当たり前のこと。
むしろ、意地でも聞かないなどと言い出す者の方が稀なはずだ。
『つい数時間前、王妃が、任務の途中で命を落とした』
正式な発表を聞くも、トランの心に悲しみはなかった。
『身柄を確保しようとしただけの王妃の命を奪ったのは、ホワイトスター王子及びその協力者! 我がブラックスターの誇りたる王妃を殺害した、その罪を許すでない!』
その時、荒々しい声を発する王をさりげなく見ていたトランの耳に、兵士と思われる男性の涙声が飛び込んできた。
「う、うっ、うぅ……」
「しっかりしろよ、アンタ」
「いや、だってさぁ……王妃様がさぁ……」
一人は泣きかけており、もう一人は励ましている。
どうやら、放送が始まる直前に喋っていた二人とは別の二人らしい。
そんな声と共に聞こえてくるのは、足音。トランは面に警戒の色を浮かべる。が、足音は壁の向こう側を歩いていて。それゆえ、声の主である彼らがトランの存在に気づくことはなかった。
『誇り高きブラックスターの民よ。今こそ、皆で力を合わせ、憎しき敵を倒す時! 偉大な王妃を殺めた残虐な者たちを許すな!』
非常に扇動的な王の演説に、トランは、呆れたように溜め息をつく。当然、誰かに聞かれないように注意しつつ、だ。
「……おかしな演説だなぁ」
ただ、一応注意していても、発生してきた言葉のすべてを飲み込むことはできないようで、多少は心を漏らしてしまっていた。
『本日より、我々は、持てる力すべてを使って、王妃の仇を打つ!』
「……大袈裟ー」
『ブラックスターの名誉を傷つけたことは、絶対に許さぬ! 以上!』
「……以上、て」
浮かぶ四角に表示されている映像が切り替わる。王が消え、最初の画面に戻った。
『以上、ブラックスター王よりのお言葉でした』
そうして、放送は終わる。
場には何とも言えない静けさだけが残ってしまった。
気まずい静寂の中、それまで時を止められたかのようにびくともしなかった兵士たちは、それぞれの持ち場へ戻ってゆく。
「さて、ボクは何をしようかなー」
トランは、動き始めた兵士たちに発見されないよう警戒しつつも、安定の軽く聞こえる口調で一人呟く。そして、それから彼は、音もなくじわりと片側の口角を引き上げる。
「まずは裏切り者から……潰そうかなぁ?」
術にて瞬間移動を行う直前、トランの顔は、悪魔のような笑顔になっていた。
その笑顔は、無関係な誰かが見ていたら恐れを抱きすらしたかもしれないほどの、奇妙な顔であった。




