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あなたの剣になりたい  作者: 四季
10.揺れる心と、脱走者
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episode.135 ふぅん、そんなことするんだ

「そう。やっぱり。そういうことなのね」


 呆れを含んだような笑みを浮かべるエトーリア。


「エアリったら、案外乙女ね」

「……どういう意味よ」

「ふふ。可愛い心の持ち主だって言っているのよ」


 エトーリアは笑うけれど、私は笑う気にはなれなかった。


 王妃を消し去ってからまだ一日も経っていない。いや、一日どころか、半日も経っていないのだ。彼女のことは敵だと捉えていたけれど。それでも、彼女はもうこの世にいないのだと考えたら、複雑な心境にならずにはいられなくて。


「仲良しなのね、リゴール王子と」

「そうよ。また離れろって言うつもり?」


 これまで幾度も離れておくように言われた。にもかかわらず、私たちはそれを無視して、無理に交流を続けている。だから、厳しく注意されたとしても、仕方のない部分はある。


 そんな状況ゆえ、エトーリアと言葉を交わしている間は、警戒せずにはいられない。


「……気をつけて、って言いたいの」

「何なの? 母さん」

「わたしだって、べつに、一生会うななんて言う気はないのよ」


 エトーリアは小さく「いただきます」と呟き、用意されている料理に手をつける。最初はサラダから食べ始めていた。


 彼女が料理を口に運び始めたところで、私とエトーリアの会話は途切れる。

 話はまだ中途半端なところだったから、私としては、できるだけきりの良いところまで話したかった。だが、彼女は食事に集中していて。それを邪魔してまで話すほど重要な話題ではない、そう判断したから、私も食べ物に手を伸ばすことにした。


 白いパンは柔らかい。また、数回噛むと、ほのかな甘みが口腔内を満たしてゆく。口の中、そして胸の奥までも、天使の羽のような優しさがそっと広がる。


 私たちは美味しい料理を食し、食べ終わったら解散した。

 結局、その日の夕食に、リゴールは出てこなかった。



 ◆



 ブラックスター、ナイトメシア城。

 その城に併設されている牢の一室に、あれ以来ずっと閉じ込められているトランのもとへ、王妃の訃報が届いた。


 訃報を届けたのは、係の兵士である。


「王妃様がお亡くなりになった」


 長い間、閉所に押し込まれているトランは、基本的に何事にも動じない。これまでも兵士が何らかの出来事を伝えたことはあったが、それによって動揺することはなく、ただ「ふぅん」と発する程度の反応であった。


 だが、今回は違っていた。

 王妃が落命したとの報告に、トランは驚いた顔をしたのだ。


「……嘘じゃなくて?」

「正式なルートからの情報だ、恐らく間違いはないだろう。もしこのようなガセ情報を流した者がいれば、処刑される」


 衣服の上に急所を護る最低限の防具のみを着用した軽装の兵士は、淡々と述べる。


「ま、だろうねー。さすがに嘘はないかなぁ」


 トランは床に座ったまま、片手で頭を掻く。


「で? そんなことをボクに伝えて、どうするつもり?」

「いや、特に意味はない。黙っているのも変かと思い、話しただけだ」

「ふぅん。そっかぁ」


 トランが驚いた顔をしたのは、ほんの少しの短い時間だけで。何だかんだで、あっさり、普段通りの様子に戻っていた。既に、何事もなかったかのような顔である。


「……悲しくはないのか」

「えー何でー?」


 座ったまま、子どものような声を発するトラン。


「王妃様は確か、以前は直属軍だったはず。仲間だったのではないのか」

「そうだねー。確かに、あの人は直属軍所属だったよ。けど、べつに悲しくはないなぁ」


 そう言って、トランは不気味な笑みを浮かべる。

 悲しむどころか笑っていた。


「これから益々面白いことになってきそうだねー」


 王妃ともあろう人が命を失った。にもかかわらず、トランは軽やかな口調を崩さない。そんな光景を目にした兵士は、恐ろしいものを見てしまったかのような固い顔つきになりながら、床に座るトランを見つめている。


「王様はどうするのかなぁ? そろそろ本気を出すのかなぁ?」

「……後ほど、国民に向けてお言葉を映像にて放送されるそうだが」


 兵士は、付き合っている女性に叱られ気まずくて仕方がない男性のような顔をしながら、トランに向かって言葉を発した。


「へぇ。放送?」

「そうだ。少し落ち着き次第……放送が始まると思われる」

「それはボクも気になるなぁ。見てみたーい」


 トランは甘えたような声を出しながら、その場でゆっくり立ち上がる。それから、二三回ほど尻をぽんぽんと払い、さりげなく兵士に歩み寄っていく。


「放送、ボクにも見せてくれないかなー?」


 兵士に猫のように擦り寄るトラン。

 擦り寄られている兵士も、擦り寄っていっているトランも、両者ともに男。珍しい状況と言えるだろう。


 だが、トランは比較的中性的な容姿なので、案外違和感はないかもしれない。


「な、何を言い出す! ここでは無理だ!」

「どうしてー」

「この部屋の中では、映像魔法も使えない!」


 トランが入れられている部屋は、強力な魔法類を使用する罪人を閉じ込める場合のことも考慮して作られた部屋である。つまり、室内で特殊な力を使うことは不可能。映像を映し出すこともできない。


「ふぅん、そっか。不便だなぁ」

「そういうことだ。すまんが、見せることはできない」

「じゃあさー。その時間だけここから出るっていうのは、どうかなぁ?」


 一度は諦めたかのようだったトラン。だが、彼は、王の映像を見ることをまだ諦めてはいなかったようで。自ら提案する。


「見終わったらすぐに戻るから。どう?」

「無理だ! 部屋から出すわけにはいかん!」

「大人しくしてるからさー」

「それはできない! 禁止されている!」


 兵士はトランの提案を却下。

 だがトランはすぐには下がらず、粘り続ける。


「何もしないよー。大人しくしてるよー。だから出してくれないかなぁ?」

「き、禁止は禁止だ!」

「もちろん、君が外に出したことは黙っておくよ。だからさ。ね? その放送の間だけ、出してくれないかな?」


 兵士にさらに接近しようとするトラン。既にかなり近くに身を寄せていたにもかかわらず、もっと近寄ろうとしているようだ。体を押し当てる、に近いくらい、彼は兵士に近づいている。


 そんなトランの近づきぶりをさすがに気味悪く思ったのか、兵士は突然、腰に掛けていた短剣を抜く。


「それ以上、寄るな!」


 薄暗い空間の中、兵士が握っている短剣の刃だけが輝いている。

 胸元に短剣を向けられたトランは、さほど慌てず、少しばかり不満げに漏らす。


「……ふぅん、そんなことするんだ」

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