episode.133 ゼロ距離攻撃
巻き起こる土煙が、視界を曇らせる。
——刹那、黒い影が見えた。
「っ……!?」
土煙から現れたのは王妃。
思った以上に接近されている。逃げる余裕はない。
どうする!? と思っていた時、突如、背後から片手首を掴まれ、後方に向かって強く引かれた。
何事かと驚き戸惑っていると、リゴールが目の前に現れる。
直後、王妃の鎌と黄金の防御膜がぶつかり、ガキンと硬い音が響いた。
「リゴール!?」
「エアリ! 無理はなさらないで下さい!」
鎌による攻撃を防がれた王妃は、一旦鎌を消す。そして、長い脚で蹴りを繰り出した。リゴールは咄嗟に片腕を体の前へ出し、蹴りを防ぐ。が、少しばかり顔をしかめていた。
「大丈夫!?」
「平気です。エアリは下がっていて下さい」
「そ、そうね。分かったわ」
一応返しておいたけれど、はいはいと大人しく下がってなんていられない。
私は護られるためにここへ来たわけではない。リゴールの力になるために、ここへ来たのだ。リゴールの足を引っ張るための私ではないのだから、なるべく護られず、戦いたい。
でも……。
瞬間、視界の端に生物が入った。
私は剣を振り上げる。
白い光が生物を切り裂く。
剣が斬った生物は脱力し、その場で崩れ落ちた。
「よし!」
つい叫んでしまった。
一体倒したというだけで、それは誇るようなことではない。けれど、私にとっては大きなことで。だから、妙に大きな声を発してしまったのである。
しかし、ほっとしている暇はなかった。
というのも、反対側からもう一体が迫ってきたのだ。
生物は接近してきながら、片腕を振り上げている。私は咄嗟にそちらへ視線を向け、横にした剣を胸の前へ出す。
駆ける、衝撃。
生物の腕を振り下ろす攻撃は、何げに凄まじい威力で。けれど、剣はその攻撃を何とか防いでくれた。
だがすぐに次の攻撃が来る。
腕を振り上げる生物。
私は剣を上から下へ振る。
縦向きに走る白色の輝き。それは見た目以上の鋭さを持っており、生物の太い片腕を傷つけた。
さすがに、倒すには至らなかったけれど。
ただ、生物の動きは確かに鈍った。直前までとは、キレがまったく違っている。
——これならいける!
珍しく、前向きな思考が湧いてきた。
その勢いに乗り、剣を水平に動かす。生物は筋肉の豊富そうな腕でそれを受け止めた。が、すぐに切り替え、さらなる攻撃を仕掛ける。
とにかく攻めの姿勢を崩さない。そう心を決めて。
勢いのままに剣を振りながら、数メートルほど離れたところにいるリゴールを一瞥する。
彼は王妃と交戦していた。
二人は互角の戦いを繰り広げている。両者共に一切後ろへ下がらない、激しい戦闘だ。
リゴールには魔法がある。それゆえ、易々とやられる彼ではないはずだ。王妃は肉弾戦に切り替えているが、現に、リゴールは上手く捌けている。
だから大丈夫。
可能なら、そう思いたい。
けれど私には無理だ。どうしても、心配で仕方がない。
ならどうするか?
簡単なこと。
目の前の敵をさっさと倒して、援護しに行けば良い。
……いや、実際には、目の前の敵を倒すこと自体が大変なわけだが。
でも、迷っていては始まらない。今の私がすべきことは一つ、目の前の生物を倒すこと。まずはそれを達成しなければ、リゴールの援護へ移れない。
飛ぶように駆け寄ってくる生物。私は片足を伸ばし、生物の足に引っ掛ける。生物はつまづき、バランスを崩す。
「邪魔しないで!」
生物がバランスを崩している隙に、剣を叩き込む。
腕力があまりない私の一撃ではさほどダメージを与えられないかもと思ったが、案外そんなことはなく。縦に真っ二つにすることができた。
「ふぅ……」
真っ二つになった生物は、地面に崩れ落ちる過程で、黒いもやになって消滅した。
私はすぐに、進行方向を切り替える。
リゴールの援護をしなければ。その一心で、リゴールと王妃が交戦している方へと向かう。
「エアリ!?」
「ここからは協力するわ」
少し呼吸が乱れているけれど、問題ない。多少は動ける。
「し、しかし……」
「大丈夫。二人でなら勝てるわ」
王妃は大きな一歩で後退。
私たちと王妃の間の距離は広がる。
「んふふ……もう倒しちゃったのね……」
余裕の笑みを浮かべる王妃は、どことなく憎たらしい。だが、同時に美しくもある。彼女は、羨ましいくらいの美貌を持っている。
また、あれだけ動いたにもかかわらず呼吸が乱れていないところも、なかなか凄い。
「……ま、いいわ。こちらとしても……操るものがない方が動きやすいもの」
王妃は唇にうっすらと笑みを浮かべたまま、高いヒールで大地を蹴る。そして急接近。狙いは恐らくリゴール。私狙いではなさそうな動き方だ。
それに対し、リゴールは、金の光を発生させる。
湧き出した光は、ものの数秒で、いくつもの球体へと形を変えた。
リゴールは左腕を真っ直ぐに前へと伸ばす。
すると、大量発生していた直径三センチほどの球体が、一斉に宙を駆けた。
もちろん、王妃に向かって。
だが、王妃は光の嵐を避けなかった。
雨のように降り注ぐ黄金の球体を腕で払いながら、直進。リゴールに迫っていく。
その光景を目にした私は焦る。しかし、その焦りは五秒もかからぬうちに消えた。王妃を迎え撃つリゴールが、驚くほど冷静な表情だったからだ。
腰を捻り、蹴りを放つ王妃。
リゴールは小さく張った膜で防御。
何とか身を護れはしたリゴールだが、落ち着く暇はない。というのも、王妃が今度は拳による攻撃を仕掛けてきたのだ。
だがその拳に焦っているのは私だけだったようで。
リゴールは本を持っていない方の手で、王妃の手首を掴んだ。
「……参ります!」
一瞬、青い瞳が煌めいたように見えた。
その直後。
リゴールが掴んでいた部分から、煌めく黄色い光が迸る。
その光はあっという間に大きくなり、やがて、目を傷めかねないほどの強い光へと変化してゆく。
私は思わず、瞼を閉じた。
瞼を閉じていても感じるほどの眩しさだ。
しばらくして、光が収まったと感じてから、私はゆっくりと瞼を開く。
視界に、リゴールと王妃が入る——そして驚いた。
王妃がまとっている衣服が、ところどころ、豪快に破れていたからである。
「どうです! ゼロ距離攻撃は!」
リゴールは凛々しい顔つきで、勇ましく言い放つ。
王子という身分に恥じない、凛とした態度。容姿自体は何も変わっていないのに、まとっている雰囲気はいつもとはかなり違っている。




