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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
131/206

episode.130 脇に

 目が覚めると、ベッドの脇にエトーリアがいるのが見えた。驚き、私は飛び起きる。


「か、母さん!?」


 もしかして、また何かあったのだろうか。敵襲だろうか。そんなことを思いつつ、すぐ近くのエトーリアへ視線を向ける。


「何かあったの!?」


 エトーリアは、意外と、穏やかな顔をしていた。


「驚かせてしまったわね。ごめんなさい、エアリ」


 いきなり謝罪された私は、少しばかり申し訳ない気分になり、頭を左右に動かす。


「気にしないで。……ところで母さん、こんなところへ来て何をしているの?」

「エアリに会いたくなって」


 エトーリアの発言は、母親が娘にかける言葉とは思えないようなものだった。こういうことは普通、恋人なんかに言うものではないのだろうか。いちいち指摘するのは無粋かもしれないけれど、でも、違和感があることは確かだ。


「え。私に?」

「そう、そうなの。だって、エアリと過ごせる時間はあまりないじゃない」

「それはそうね」


 話しながら、ふと思う。


 ……エトーリアがベッドの脇にいたから、あんな夢を見たの?

 そんなことを。


 あれがエトーリアの影響を受けた夢だというのなら、夢の中にいたあの少女は、やはりエトーリアなのだろうか。


「じゃあ母さん、少し質問しても構わない?」


 容姿は似ていた。

 でも、あの少女が絶対にエトーリアだという保証はない。


 だから私は、取り敢えず本人に聞いてみようと思い立ったのである。


「良いわよ、エアリ」

「母さんのお姉さんは、ずっと前に亡くなったの?」


 私が問いを放った瞬間、エトーリアの顔が硬直する。

 その様子を見て、私は、「何かある」と確信した。


 前に姉の話になった時、エトーリアは何も教えてくれなかった。普通、すべては長くなるから無理だとしても、断片的にくらいなら教えてくれそうなものなのだが。


 そんなだから、何かあるのだろうなとは思っていた。


 話せないような——否、話したくないようなことがあるのだろうと、想像することは難しくなくて。


「エアリ……いきなりどうして?」

「夢をみたの」

「ゆ、夢?」

「えぇ。母さんによく似た、二人の女の子の夢」


 こちらから積極的に述べると、エトーリアは悲しげな目をした。


「……わたしの姉が踊り子をしていたってことは、前に話したわね」


 エトーリアの言葉に、私は頷く。


「姉はね、ホワイトスター王妃と知り合いだったの。踊り子同士だったからよ。……それで、ある時、王妃がブラックスターに命を狙われているという噂を聞いてきたの」


 ついに話し出すエトーリア。


「それからしばらくして、姉は殺されたわ」

「……そんな」


 既に生きていないのだろうと予想してはいたから、そこまで衝撃的ではなかったけれど。


「他にも何人もの踊り子たちが殺されていたから、姉だけじゃないわ。でも、姉がいなくなってしまったことは辛くて、耐えられなかった。だからわたしは、ホワイトスターから旅立つことにしたの」


 エトーリアは静かに語る。

 その瞳に浮かぶは、哀の色。


「ずっと遠い世界へ行ってしまえば、悲しみも忘れるかもしれないと思って……けど、そんなに上手くはいかなかったわ」


 親しかった姉を失った悲しみ。それを抱えながら一人生きてゆくことは、きっと、簡単なことではなかっただろう。そこにはきっと、言葉では形容し難いような痛みがあったはず。


 ……でも、もっと早く打ち明けてほしかった。


 その思いは消えない。


 贅沢を言ってはいけないと怒られるかもしれないけれど。


 エトーリアがホワイトスター出身であることを知らなかった父親が生きていた時に話せなかったというのは分かる。出身を明かすことでややこしいことになったら嫌だと考えるのは、分からなくもないから。


 でも、もう少し早く話してほしかったという気持ちは、まだ消えない。


「母さん……どうしてこれまで話してくれなかったの?」

「隠していたみたいになってごめんなさい、エアリ。エアリにだから言わなかったのではないの。わたし、辛いから、姉のことはあまり口にしたくなかったの」


 エトーリアは弱々しく述べた。


 もっと早く話してほしかった、なんて考えるのは無粋かもしれない——そう思わないこともない。


「話せばきっと、辛い記憶だって、少しは薄れるはずだわ」

「そうね……ごめんなさい、エアリ。本当は、もっと早く言うべきだったのね……」


 そして、沈黙が訪れる。

 真夜中の湖畔のごとき静けさ。突き刺すような静寂。そんな中では、ただ呼吸すること、それすら容易くない。


 ——それから、かなりの時間が経って。


「わたしはもう、同じ悲劇を繰り返したくないわ」


 先に沈黙を破ったのは、エトーリアだった。


「だから、あの小さな村に貴女を任せていたの」

「……そうだったの?」


 それが、私があの村で育てられた理由だったのか。


「人が多い街だったら、ホワイトスターから出てきた人なんかに出会う可能性も、ゼロではないでしょう。けど、あの村なら、そんなことは起こらない。そう思っていたわ」


 返す言葉を見つけられない。

 そんな私に、エトーリアは悲しげに微笑みかける。


「けど、甘い考えだったわね。エアリはあの村にいたからこそ——リゴール王子に出会ってしまった」


 エトーリアの言い方は、まるで、私とリゴールが出会ったことが不幸だったかのような言い方だ。出会わなければ幸福であれたのに、と言いたいかのような口調。


「母さん。そんな言い方をしないで」

「わたしの選択が、貴女とリゴール王子を出会わせてしまったのよ……」

「そんなこと言わないで! 私は、あの村にいて良かったわ。だって、リゴールに会えたんだもの!」


 違う。

 悔やむようなことじゃない。


 私はただ、それを伝えたかった。エトーリアに、分かってほしかった。


 あの夜、リゴールと出会って。それから色々ありながらも段々親しくなれた。時には言い合いになったり、喧嘩になりかけたりすることはあっても、それでも最後はいつも笑い合えて。


 きっとそれは素晴らしいこと。


「エアリには……ホワイトスターのことなんて知らずに育ってほしかった……」


 ホワイトスターとの縁。

 それは彼女にとって、ある意味、一種の呪いなのかもしれない。


 幸せだった、戻らない過去。捨ててしまえればまだ楽になれるというのに、どこへ行っても執拗にこびりつく。もう二度と手にすることはできず、なのに完全に切り離すこともできない。


「母さん。私は、リゴールに会って、多くのことを学んだの。だから、彼との出会いは尊いものよ」


 一応発言してはみたが、正直、相応しいことを言えている自信がない。とんちんかんなことを言ってしまっている可能性が高い。


「それにね。ホワイトスターのことだって、知らないままより知っている方がずっと良いわ」

「……そう?」

「母さんの故郷のことだもの、知っている方が良いに決まってるわ」

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