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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.129 花の山と、雨降り

 日が落ちて、空の色が紫から紺へと変わりゆく頃、私とリゴールはエトーリアの屋敷の中へ入った。


「勝手に出ていって、暗くなるまで彷徨(うろつ)いてちゃ駄目よ。エアリ」


 屋敷に入ってすぐの場所で、エトーリアはそんなことを言ってきた。

 言葉や言い方は優しい。なのに、どことなく厳しい雰囲気がある。


「ごめん、母さん」

「何もなかったようだし、今回はもういいわ。けど、次は駄目よ」


 私たちに背中を向けていたエトーリアは、体をくるりと回転させ、私の方を向く。


「夜は危険だもの」


 エトーリアの言うことも間違ってはいないと思う。夜が危険というのは、ある意味、真実と言えるだろう。

 暗闇は私もそんなに好きではないから、エトーリアの言うことは、一応理解はできる。


「……それはそうね」

「分かったわね?」

「え、えぇ……」


 私が言ってから十秒ほどが経って、エトーリアは、視線を私からリゴールへと移した。それも、単に視線を移しただけではない。直前までより目つきが厳しくなっている。


「リゴール王子」

「は、はい」


 唐突に名を呼ばれたリゴールは、緊張した面持ちで返事をし、真剣な顔つきのエトーリアをじっと見つめる。


「暗くなるまでエアリを連れ歩くのは止めてもらえるかしら」


 エトーリアははっきりと言った。

 彼女は一応『リゴール王子』と呼んではいるが、最早、リゴールを王子とは考えていない様子だった。


「……あ、はい。申し訳ありません。以後気をつけます」

「こんなことが続くようなら、出ていってもらうしかなくなるわよ」

「はい。……承知しております」



 その後、夕食を取って、解散になる。

 帰宅してから、既に二時間が過ぎていた。


「母さんはどうして、あんなことばかり言うのかしら」


 横に並んで自室へ戻りながら、リゴールに話しかけてみた。

 それに対し、リゴールはするりと答える。


「エアリのことを心配なさっているのだと思います」


 彼らしい控えめで柔らかな答えだ。私には絶対真似できない物言いである。


「そっとしておいてくれれば良いのに……」


 私は半ば無意識のうちに本音を漏らしてしまった。


 こんなことを言っていたら、普通、愚痴っぽい女と思われてしまいそうだ。でも、今はそれでもいい。気にしない。言いたいことは言える時に言っておかなければ、溜め込んで息苦しくなってしまう。だから、たまには吐き出しておかなくては。


 そんな心で愚痴を吐き出す私に、リゴールは苦笑いしながら言ってくる。


「エアリとお母様、よく似ているではないですか」

「え。どういう意味?」


 問うと、リゴールは畳んで持っていた灰色のフード付きコートを持ち直しながら、そっと答えてくれる。


「お母様はエアリの身を心配なさって、色々気にしていらっしゃいますよね。けど、エアリはエアリで、わたくしのことをいつも心配して下さっています。ですから、わたくしからすれば、エアリとお母様はよく似ていると思えて仕方がないのです」


 似ている——か。


 私とエトーリアは母娘。私の血の半分は、エトーリアの血。それゆえ、性格が似ているのも当然のことなのかもしれない。


 だが、複雑な心境だ。

 エトーリアとよく似ていると言われても、今はあまり嬉しくない。


「あ。部屋に着きましたね」

「……えぇ」

「エアリ? どうかしましたか?」


 リゴールに首を傾げられてしまった。少し、愛想ない接し方をし過ぎてしまったかもしれない。



 ◆



 白色の光が降り注ぐ夕暮れに、私はいた。


 地面に敷かれた石畳にも、周囲を見渡すと視界に入る建物にも、はっきりとした色はなく。それらは、まるで絵を描く前のキャンバスのように、穢れがない。


 どうしよう? と戸惑っていると、どこかから声が聞こえてきた。

 それも、何となく聞いたことがあるような気のする声。


 私は辺りを見回しながら少し歩いてみる——すると、建物の陰に少女が立っているのが見えた。


 それも、一人ではない。

 長い金髪の少女が二人だ。


 私は陰に隠れながら、二人の少女の話を盗み聞きする。


「王妃の命が狙われているって本当なの?」

「うん。そうみたい。詳しいことは分からないけど、踊り子たちの間で噂になってる」


 長い絹のような金髪、人形のような顔立ち。二人の少女は本当によく似ている——少し離れたところから眺めていても、そう感じられた。


「貴女も気をつけた方が良いわよ。情報を知っているからと狙われないように……」

「えー? エトーリアったら、心配し過ぎー」

「し過ぎであってくれればそれで良いわ。姉さんが生きていてくれれば、それだけで良いの」


 エトーリア。

 その言葉を聞き、目の前にいるのが私の母親なのだと初めて気づいた。


 茜色に染まり始めた空の下、私は耳を澄ます。


「もう。エトーリアったら。どうしてそんなに心配症なのー?」



 そこで、目の前に広がる世界が切り替わる。



 今度は草原だった。


 足下、大地からは、緑色の若々しい草が生えている。


 けれども、爽やかな草原ではない。


 果てしなく広がる空は、分厚い雲に覆われて灰色。涙のような雨は激しく降り注ぎ、強い風が吹き荒れて。

 そんな中、ずっと向こうに見えるのは、少女の背中と花の山。


 私はそちらに向かって駆け出す。


「……これは」


 少女の背中から十メートルも離れていない辺りにたどり着き、白い花の山を見下ろした時、私は愕然とした。


 ——花の隙間から、どことなくエトーリアに似た雰囲気の少女の姿が覗いていたから。


 私はさらに目を凝らす。

 すると、横たえられている少女の容姿が見えてきた。


 微かに波打った柔らかそうな金の髪は、腰くらいまで伸びている。また、睫毛は長く肌は滑らかで、美しい目鼻立ち。ただ、目鼻立ちが整いすぎているせいか、少々人間らしくない。少女の姿をした人形、といった感じの見た目である。


「……姉、さん」


 背中だけを見せ続けている少女が、突然ぽつりと呟いた。


 私は視線をそちらへ向ける。

 だが彼女は、振り返りはしなかった。


「ねぇ、貴女。少し構わないかしら。……何があったの?」


 背を見せ続けている少女に、私は質問してみた。

 だが、答えは返ってこない。


 よく見ると、彼女は大きな鞄を持っていた。革製で、そこそこ重そうな、横長の鞄。


「貴女……どこかへ行くの?」


 徐々に雨が強まる。

 それを合図にしたかのように、少女は歩き出す。


 彼女はやがて、雨の中へ消えた。

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