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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.128 まっしぐら

 次に気がついた時、私は小屋の中のような場所にいた。


 高めの天井。厚みのある壁。どちらも、縦長の板をくっ付けたような作り。床もそれらと同じような素材でできているようだが、ワインレッドの絨毯が敷かれているため、板はさほど気にならない。


 近くには、ウェスタと灰色のフード付きコートをまとったリゴール。


「え……ウェスタさん、ここは……?」


 ウェスタの術で移動したようだ。

 それは分かる。


 だが、見たことのない場所である。


「ここは、家」

「家!?」

「そう。二人の。……なぜ驚く?」

「あ、そ、そうなの。グラネイトさんとウェスタさんの家なのね」


 他人の家の中に移動したのかと一瞬驚いてしまった。だが、ここがグラネイトとウェスタの家だというのなら、ここへ移動したのも理解できないことはない。二人が同じ家で暮らしているということは、少し驚きだったけれど。


「そういうこと」

「分かったわ。……ところで、グラネイトさんは?」

「じきに移動してくるはず」


 その数秒後、室内の離れた場所からドタンと何かが倒れるような音が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、そこには、病人のように力なく座り込んでいるグラネイトの姿。


「あ、グラネイトさん」


 グラネイトが負傷していることを思い出した私は、彼に歩み寄ろうと足を動かしたが、それより速くウェスタがグラネイトに寄っていく。


 日頃は冷ややかなウェスタだが、やはり今はグラネイトのことを心配して——と思ったのも束の間。


「……立て」


 ウェスタはグラネイトの腕を掴むと、真っ直ぐ引っ張り上げた。


 躊躇は欠片もない。

 凄まじく豪快な引っ張り上げ方だ。


「な、何をするんだ……。負傷者だぞ……少しは労ってくれェ……!」

「だらしない」


 ばっさりいくウェスタ。


「……そもそも、あんな愚かな行動で負傷するというのが、理解できない」

「酷ッ!」


 少し、グラネイトに共感してしまった。


「そ、そんなこと言うなよォ……ウェスタ……」

「さっさと立て。そして椅子まで歩け。……そこで手当てするから」


 グラネイトが着ている水色のシャツは、左脇腹から背中にかけて赤く染まっている。


「手当てしてくれるか! ふ。ふはは! 急に元気出たァ!!」


 急激にハイテンションになるグラネイト。だが、その体はまだふらついている。


 ウェスタから「手当てする」との言ってもらえたのが嬉しくて精神的には元気を取り戻したのだろう。だが、さすがに、肉体まで回復したというわけではないようだ。



「手当てに時間がかかって、すまない」


 グラネイトの傷の手当てが終わるのを待つこと、しばらく。用事をようやく終えたウェスタが、淡々と謝ってきた。


「……茶でも淹れよう」

「え! いいわよ、そんなの!」


 私はつい、妙に大きな声を出してしまった。

 そこまで強く断る気もなかったのだが。


「マゥス茶か、雑草の茶か……どっちが好みか」


 ……マゥス?

 ……雑草?


 飲み物にできる面々だとは、とても思えないのだが。


「リゴールはどっちにする?」

「……わたくしはブラックスターへ戻りたいです」


 リゴールは何やら不満げだ。

 いつになく不機嫌そうな顔をしている。


「もう、リゴールったら。そんなこと言わないで。そんなに慌てなくていいじゃない」

「……せっかくのチャンスが台無しになりました」


 唇を尖らせ、頬を膨らませ、眉間にはしわを寄せ。リゴールは、欲しい物を買ってもらえなかった子どものような、不満の色に満ちた顔つきをしている。


「まぁまぁ。ひとまずゆっくりしましょ」


 苦笑いしながら、返事を待つウェスタに向かって言う。


「ウェスタさんがオススメする方を頼むわ」

「……分かった」


 マゥス茶。雑草の茶。どちらも、どんな味なのかと考え出したらきりがない。しかも、考えれば考えるほど湧いてくるのは『不安』で。でも、答えのない思考を繰り返していても、何一つとして変わりはしない。それは分かっているから、私は、不安な部分にはあまり思考を巡らせないよう心がけた。



 それからしばらくして、木のティーカップに注がれて出てきたのは、マゥス茶。

 濃い赤茶色の液体で、炙ったような香ばしさを含んだ湯気が立ち上ってくる、凄く不思議なお茶だ。


「……塩、辛い?」


 口に少し含んだ瞬間、しょっぱさが感じられた。

 渋い、甘い、爽やか、などなら分かる。茶とは大抵、それらのうちのどれかに当てはまるような味をしているから。

 だが、このマゥス茶は塩辛い。


 これは本当に茶と呼べるもの?


 ……謎でしかない。


「塩辛いのは当然。なぜなら、マゥス茶は塩を入れる飲み物だから」


 思わず疑問を口から出してしまった私に対し、ウェスタはそんな風に説明してくれた。


「しょっぱいものなの?」

「……そう。元々は……肉の塩漬けで作っていた茶」

「に、肉?」

「そう。それがどうかした?」

「い、いえ……」


 お茶を作る時に肉を使うという発想は、私にはなかった。だから驚いてしまって。それゆえ、すぐにそれらしい言葉を返すことはできなかった。


「ウェスター、グラネイト様にもマゥス茶淹れてくれー」

「……断る」

「庇ったお返しにキス付きでもいいぞー」

「ただの馬鹿」



 マウス茶を淹れてもらった後、私とリゴールは、エトーリアの屋敷へ戻ることにした。


 グラネイトは負傷して動けないため、屋敷までの案内はウェスタが担当してくれて。おかげで私たちは、酷い目に遭うことなく、困ることもなく、エトーリアの屋敷へ戻ることができた。


 夜が迫り、空が紫に染まる、そんな時間帯だ。


「ありがとう、ウェスタさん。送ってもらえて助かったわ」

「……気にしなくていい」

「気にはしないわ。けど、これだけは言わせて。本当に、色々ありがとう」


 本当ならグラネイトにも言わなければいけなかった。ありがとう、って。でも、彼には丁寧に礼を述べる時間がなかったから、軽くしかお礼を言えていない。だから、代わりと言っては何だが、ウェスタにきちんと感謝の気持ちを伝えておこうと決めたのだ。


「あ。それと。グラネイトさんにも、ありがとうって、伝えておいてもらって構わないかしら」

「分かった」

「手間かけて申し訳ないけれど……よろしくね」

「構わない」


 リゴールはまだ不機嫌そうな顔をしている。


「では、失礼」


 そう言って、ウェスタは消える。


 ——ちょうどその時。


「エアリ!」


 屋敷から、エトーリアが飛び出してきた。


「母さん」

「エアリ! 無事なの!?」


 水色のワンピースの上から革のコルセットを着用するというファッションのエトーリアは、まっしぐらに駆けてくる。

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