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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.127 説得は平行線

 鎌は振り下ろされる。

 が、それがグラネイトに命中することはなかった。


「ご無事で?」


 リゴールが黄金の防御膜を張り、それが王妃の鎌を止めたのだった。


「ふ、ふはは……助かった……」

「しっかりなさって下さい」

「わ、悪かったな」


 いつもは自信家そうに見えるグラネイトだったが、今は、珍しく上から目線でない。それに、自信家という雰囲気もあまりない。


 グラネイトがゆっくり体を起こす。

 続けて、彼の下敷きになっていたウェスタが、「遅い」と文句を呟きながら起き上がる。


「このっ……王子風情が!」


 勝利を決定付けたであろう一撃の邪魔をされた王妃は、眉間にしわを寄せ、不愉快そうにリゴールを睨む。その双眸は憎しみに満ちている。


「もう殺させたりはしません」

「……何ですって?」


 王妃の眉間のしわが、さらに深くなる。


「躊躇なく命を奪おうとする者を許すわけには参りません」


 リゴールはきっぱりと言い放つ。

 しかし、王妃の顔から憎しみの色が消えることはなくて。


「あら……んふふ、何も知らないのね。我々の苦しみのすべては、元を辿ればホワイトスター王族へ行き着くというのに……」


 王妃は笑っていなかった。

 言葉選びや声色は、いつもの彼女のそれらと大差ない。なのに、顔つきだけは、いつもの彼女とはかなり違っている。


「一体何を?」


 怪訝な顔をするリゴール。


「知らないなんて言わせないわよ、リゴール王子……ホワイトスターには王も王妃もいなくなったのだから、次に罪を背負うのはあなた。残念だけど……んふふ、それは真実なの」


 ブラックスターの者たちがリゴールの命を狙っていたことは知っている。けれど、その具体的な理由は知らない。単に滅びた国の生き残りの王子だから、というわけではないのか。


「ちょっと待って。何なの? リゴールを狙う理由があるの?」

「そう……我々が貧しい暮らしを余儀なくされていたのは、ホワイトスター王族の統治が悪かったから。だから、ね……そんな悪い統治を続けてきた者たちの血を引く者を生き残らせておくわけにはいかないのよ……」


 そんな風に話す王妃の声は、荒々しくなどなく、静かな雰囲気をまとっていた。けれどそれは、冷静さからくるような静かさではなくて。露わにはしないけれど心の奥底では燃えるものがあるような、そんな声。


「我らが王も……かつてはホワイトスターの王族だったの。けれど、彼は他の王族とは違っていた。彼だけは……貧しい者たちにも目を向けて下さったのよ」


 王妃に接近しようとしたウェスタの手首をグラネイトが掴む光景が、視界の端に入った。


「そうして、我らが王と貧しかった者たちが築き上げたのが、ブラックスターよ」

「……悲しい歴史ね」

「そうかしら。歴史なんて、悲しいことばかりだと思うわよ? んふふ……」


 そういうものだろうか。

 私にはよく分からない。


「貧しさの中に生きるしかなかったことは、不幸なことと思うわ。でも、だからといって憎しみだけに生きていたら、いつまでも貧しい心のままなのではないの」


 リゴールが小走りで数歩近づいてきて「刺激しないで下さい!」と耳打ちしてくる。


 確かに私は、刺激してしまうようなことを言っているかもしれない。

 けれど、それが私の本心だから仕方ない。


「なぜ和解の道を選べないの。武器を取らない道を選ぼうとしないの。戦ったって、悲しみしか生まれない。それくらい分かるでしょう」


 完全に理解してもらうことはできないだろう。育ってきた環境も、今の状況も異なっているのだから、すべてを分かり合おうとするのは無理がある。


 でも、もし少しでも分かってもらえたら。

 ほんの僅かにでも歩み寄ってもらえたら。


 そんなことは所詮夢に過ぎないと分かっていて。でも私は、夢をみずにはいられなかった。


「そうね。戦ったところで悲しみしか生まれない……それは真実だわ。けれど、その方がずっとまし。戦えば悲しみが生まれるけれど……戦わなければ地獄なのだから」


 そこまで言って、王妃は一旦言葉を止める。鎌の柄を握っていない左手の指を唇へ当てつつ、息を吐き出す。ピィー、と、高い音が鳴る。


 その瞬間、四方の壁に備えられている扉がすべて同時に開き、大勢の兵士が現れた。


「んふふ……時間稼ぎはこれで終わりね」


 まずい!

 結構な数の兵に囲まれている!


「どうする? リゴール」

「……数の差が大きすぎますね」


 四人揃っているとはいえ、こんな大勢の敵と戦わなくてはならないとなると厳しいものがある。しかも、大勢のただの兵士に加えて王妃もいるから、なおさら厳しい。


 もっと早く、王妃をどうにかすべきだった。


「戦う?」

「エアリは撤退するべきです……!」


 リゴールは本を開いている。いつでも魔法を放てる体勢だ。この兵士たちと戦う気なのだろうか。


「撤退するなら皆で、よ」


 私はそう声をかけた。

 しかしリゴールは頷かない。


「……すみません。それは難しいです」

「どうして!」

「わたくしは、その……ここまで来て引き返す気はないのです」


 控えめな言い方だ。

 でも、心は決まっているのだろう。


 だから彼はこんなにも真っ直ぐな物言いができるのだと、私にはそう思えた。


「駄目よ、リゴール。そんなのは絶対に駄目。私、リゴールをここに残して帰るなんてできないわ」


 私がリゴールを説得している間、王妃は一歩も動いていなかった。


 一方、兵士たちは動いていた。

 ウェスタの炎が蹴散らしていたけれど。


「わたくしのことは気にしなくて良いのですよ、エアリ」

「気にしないなんて無理よ!」

「わたくしにはわたくしの役目があります。エアリにはエアリのすべきことがあります」

「駄目よ! 一緒に帰って!」


 何とか分かってもらおうと言葉を発するも、すれ違いばかり。心と心が繋がることはなく、平行線のままだ。


 そんな私たちのところへ、それまで兵士を蹴散らしていたウェスタが駆けてくる。


「……引き上げる!」


 三つ編みにした白銀の長い髪を揺らしながらやって来たウェスタは、小さめにそんなことを言った。


 私はそちらの方がありがたい。

 だが、リゴールは反対に嫌そうな顔。


 けれどウェスタは、リゴールに意見を述べさせる時間など与えない。即座に私とリゴールの腕を掴んだ。


「な、何をするのです!」

「ウェスタさん……?」


 腕を握られたリゴールと私は、ほぼ同時に発する。が、ウェスタは何も返さなかった。集中したような表情を浮かべているだけで、特に何も発しはしない。


 ——そして、視界が暗くなった。

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