episode.125 痕跡を辿り行く
破裂音に続き、煙が漂う。
しばらくしてそれが晴れた時、目の前には少女が立っていた。
十代前半くらいに見える背格好。灰色の髪は黒のリボンで結んでおり、包帯を巻いたようなデザインのワンピース。
そして——黒い小型銃。
見覚えがある。確か、彼女とは以前に一度交戦したことがある。この記憶に間違いはないはずだ。
「ハロー。裏切り者サン」
少女は軽やかな足取りで近づいてくる。
対するウェスタは、警戒心を隠すことなく、目の前の少女を睨んでいた。
「侵入者は王子とか聞いてたカラ、今、ちょーっと残念な気分なんだよネ」
「……それ以上、近寄るな」
「プププ。ごめんだケド……それは無理!」
少女の指が引き金を引く。
銃口から、灰色の弾が飛び出す。
ウェスタは炎を宿した右手で、弾を払った。
「ウェスタさん、私……」
「構わない。後ろにいればいい」
剣が使えたら戦えるのに——そんな風に思い、複雑な心境になっていた私に、彼女はそっと言ってくれた。
少女は小型銃の銃口をこちらへ向けている。
が、ウェスタは構わず直進していく。
「ぶっ飛ばしてやル!」
次から次へと撃ち出される、灰色のエネルギー弾。しかしウェスタは、弾丸のことなど微塵も気にせず、真っ直ぐに駆けてゆく。
「……甘い」
エネルギー弾をかわしながら少女に接近したウェスタは、ぽつりと呟き、振りかぶって蹴りを放つ。
ウェスタの蹴りをまともに食らった少女は、数メートル後方の壁に激突。気を失った。
少女は動かなくなった。が、ウェスタはまだ警戒しているようで、彼女は、倒れている少女にゆっくりと歩み寄る。それから少女の首を掴み上げる。
「待って! ウェスタさん!」
私は咄嗟に叫んだ。
ウェスタが少女を殺めるような、そんな気がしたから。
「何」
「彼女を殺す必要はないわ」
「……なぜ」
「無意味な殺生は控えた方が良いわ」
ウェスタは数秒驚いたような顔をしたけれど、すぐに普段通りの冷ややかな顔つきに戻り、少女の首から手を離した。
「……後悔しても知らない」
「分かってくれてありがとう」
「問題ない。……それより、急がなければ」
ウェスタは再び歩き出す。
「そっちで合っているの? 分かるの?」
「微かに、グラネイトの力の痕跡を感じる」
私は何も感じない。否、感じられないのだ。グラネイトのものであろうが、リゴールのものであろうが、何も感じ取ることはできない。
「力を使った痕跡、ということ?」
「そういうこと」
「……そんなのが分かるのね。少し、羨ましいわ」
力の痕跡。それを微かにでも感じ取ることができたなら、私も、きっともっと役に立てるだろうに。
それからはずっと、闇の中を進んだ。
ウェスタが選ぶのは細い通路ばかり。しかも、そのすべてが暗闇に近くて。ウェスタの作り出した炎は微かに闇を照らしてくれはするものの、それでも「薄暗い」程度。さすがに「明るい」には至らない。
それはまるで、先の見えない旅のようで。途中、何度か挫けそうになったりもした。だが、その度にリゴールの顔を思い出すようにし、挫けるのを防いだ。
リゴールに会う。
そして、彼の傍にいる。
——それが私の願いなの。
挫けそうになりながら歩き続けること、数十分。
一枚の扉の前にたどり着いた。
柄はなく、飾りもない、地味という単語の似合う扉。鉄製で黒く、縦長の四角。それ以外に表現のしようがないような扉だ。
そんな扉の前でウェスタが突然立ち止まったから、戸惑わずにはいられなかった。
「ウェスタさん?」
「この先……気配がする」
「気配って、敵の? それとも、グラネイトさんの?」
「グラネイト」
ウェスタは、小さな声で、しかしながらはっきりと答えた。
「ということは、リゴールかも一緒かもしれないわね!?」
リゴールに会えるかもしれない!
そう思うだけで、胸の内に立ち込めていたもやが晴れてゆく。
「落ち着いて。慌てても何の意味もない」
「そ、そうね……」
また腕を捻られたりしたら大変なので、一旦、大人しく下がっておいた。
ウェスタはほんの僅かな隙間から、扉の向こう側の様子を確認する。足を引っ張ってはいけないから、私は、その間ずっと、じっとしておく。
「……よし。行く」
「行くの?」
確認すると、ウェスタは「黙ってついてくるように」と静かな声で指示してきた。それに対し、私は頷き「分かったわ」と返す。彼女に従っている方が上手くいくだろうと思うから。
ウェスタが扉を開ける。
そして歩み出す。
私は恐怖心を抱きながらも、ウェスタの背を見つめて足を前へ出した。
「……グラネイト」
立ち止まっているグラネイトとリゴール。その背後から、ウェスタがそっと声をかける。
二人は警戒したように振り返り——私とウェスタの姿を見るや否や、顔に安堵の色を浮かべた。
「ウェスタ!」
「……何をしている」
グラネイトは両手を大きく開きながら、ウェスタに寄っていく。今すぐにでも抱き締めてしまいたい、というような顔だ。
「心配して来てくれたのか? ふはは! ウェスタは優しいな!」
大きく開いていたグラネイトの両腕が、ウェスタの体を包み込むように動く——が、ウェスタはそれを素早く回避。
その結果、グラネイトは転びそうになっていた。
無論、本当に転びはしなかったが。
そんな風にドタバタしているグラネイトの後ろに立っていたリゴールは、驚きに満ちた表情で、震える声を発する。
「そんな……。エアリ、どうして……?」
「勝手に行ってしまったから心配したのよ」
私は彼に接近する。
しかし、私が近づいた分、離れられてしまった。
……正直、少しショックだ。
「どうして無茶な道を選ぶの。リゴール。こんな自殺みたいなこと、絶対に駄目よ。今からでも遅くないわ、帰りましょ」
私は手を差し出しながら言った。だが、リゴールは少しも頷いてくれず。それどころか、彼は頭を左右に動かしていた。
「こればかりは譲れません」
「そんな、どうして……」
「申し訳ありません、エアリ」
リゴールは妙に余所余所しい態度を取ってくる。
「これはわたくしの選ぶ道。エアリが相手でも、譲れはしません」
友人どころか知人ですらないかのような振る舞いだ。
なぜ彼がこのような態度を取るのかは分からない。もしかして「一緒来るな」とでも言いたいのだろうか。
「ですから、エアリは屋敷へお戻り下さい」
「そんなの嫌よ」
「屋敷で帰りを待っていて下さい」
「で、できるわけないじゃない! そんなこと!」
感情的になってしまい、つい口調を強めてしまった——ちょうどその瞬間。
コツン、コツン、という足音が聞こえてきた。
四人の視線が、一斉に足音がした方へ向く。
「あらあら……んふふ。意外と大勢ね……」
唐紅のさらりとした髪。色気のある顔立ち。そして、豊満な体。
足音の主は、ブラックスター王妃だった。
 




