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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
122/206

episode.121 それは才能なのか

 また一つ、尊いものが失われた。


 突きつけられたその事実に、私はどのように対応すれば良いのか分からなくて。


 何も言えない。

 何もできない。


 リョウカの命が失われたことをエトーリアに隠すことは結局できなかった。というのも、屋敷内で死人が出たことを告げないなどという選択肢は存在しなかったのだ。


 友人リョウカは、ブラックスターの襲撃によって落命。

 エトーリアにはそんな伝え方をした。


 リョウカは木製の棺にそっと寝かされ、刀や木刀、そしてたくさんの花と共に、屋敷を去った。


 当たり前にそこにあると思っていたもの。それが一瞬にして失われる恐怖を、私は改めて思い知る。


 しかも、彼女に止めをさしてしまったのは私。

 そのたった一つの事実が、この胸を痛め続ける。


 ただ、それも仕方のないこと。


 殺意はなくとも、この手で命を奪う結果になってしまったのだから、私はこの思いを背負って生きてゆかねばならない。


 これからずっと、永遠に。



「そうですか。で、彼女は命を落とされたと」


 あれから数日が経った、ある夕暮れ時。

 私は自ら、デスタンの部屋を訪ねた。


 体の機能を取り戻すべく訓練しているという彼は、今や上半身を起こせる状態になっており、クッションや毛布などで支えつつではあるものの、ベッドの上で座ることができている。


 幸運なことに、今はミセがいない。

 デスタンの話によれば、今日は珍しく早めに帰ったとのことだ。


「……ごめんなさい。いきなりこんなことを打ち明けたら、困らせてしまうわよね……」


 今の私が最も大切に思っているのはリゴール。これまでの長年の付き合いの中で心から信頼しているのはバッサ。そして、ある意味一番関係が近いと言えるのはエトーリア。


 それなのに、今日はなぜか、デスタンに話してしまった。


 彼は第一印象があまり良くなかった。それに、いつも嫌みが多くて心地よい交流がしづらい。

 それなのに、なぜここへ来てしまったのだろう。


「私に言わせれば、貴女の選択は正しい選択です」

「え……?」

「彼女は術で操られていたのでしょう。それはつまり、既に本来の彼女でなくなっていたということ。そうでしょう」


 デスタンは私を否定はしない。

 むしろ、淡々と肯定してくれた。


 それは現在の私にとって、とてもありがたいこと。救いだった。


「操り人形と王子を天秤にかけ、もし貴女が操り人形の方を救う道を選んでいたなら、私が貴女を殺したと思います」


 デスタンの唇から出たのは、氷のような刃のような、冷ややかで鋭さのある文章。


「殺!?」

「……いえ、『殺した』は言い過ぎかもしれません。ただ、私が貴女を許すことはなかったと、そう思います」


 彼は「言い過ぎかもしれない」と言っているけれど、いざとなったら本当に命を狙ってきそうだ。


 デスタンは悪人ではない。

 けれど、リゴールのことになれば容赦しないところがある。


 だから、もし私がリョウカを選んでいたら、あるいはリゴールが傷を負うようなことになっていたら……何をされることになっていたか分からない。


「ですから、貴女が罪悪感を抱くことはありません」

「デスタン……」

「元より能力の低い貴女にすれば上出来です」

「能力の低い!?」


 いきなりの毒には、戸惑わずにいられなかった。


「何なの、その言い方……」


 思わず本心を発してしまう。

 するとデスタンは眉間にしわを寄せる。


「事実を述べたまでですが、何か?」


 そんなことを、きっぱり言われてしまった。


「い、いえ……べつに」

「不満げですね。何なのです? 問題があるのなら、はっきりと言って下さい」

「な、何でもないわよ。気にしないで」


 私がそう言うと、デスタンは大きな溜め息をついた。

 凄くわざとらしい溜め息。感じ悪いとしか言い様がない。デスタンが嫌みな人間であることは既に知っていたからまだしも良かったが、もし私が何も知らぬ状態であったとしたら、絶対に怒ってしまっていたと思う。


「気にしないで? ……はっ、馬鹿らしい。気にしないでほしいなら、わざわざ話しに来ないで下さい」


 斬撃のような発言が来た。


 内容自体は間違っていないと思うが、もう少し言い方を工夫することはできなかったのだろうか……。


「……それもそうね」


 独り言のように呟く。

 そこへまたしてもデスタンの心ない言葉が飛んでくる。


「もう良いですか。話が終わったのなら、帰って下さい」

「……いいえ、帰らないわ」

「なぜです」


 改めてデスタンを見つめる。


「まだ聞きたいことがあるからよ」


 そう告げると、デスタンは珍しい生き物を見るような目で私を見て、「なるほど」と低い声で呟く。さらに、それからしばらく経った後、「で、質問は何ですか」と付け加えた。


「貴方は人を殺めたことがあるのよね」


 いきなりこんなことを確認するのは不躾かと悩みつつも、確認する。するとデスタンは、少々困惑したような顔つきになりながらも「はい」と答えてくれた。


「最初の頃は辛かった?」

「いえ、べつに」

「じゃあ……同胞を倒した時は?」

「違和感を覚えはしましたが、辛くなどありませんでした」


 デスタンは落ち着き払った声で答えた。

 どことなく恐ろしさを感じるほど落ち着いた言い方だ。これを私と同じ人間が発しているなんて、信じられない。


「そもそも、私は望んでブラックスターに生まれたわけではありませんから」

「躊躇も……なかったの?」

「ほんの少しの違和感以外は、何もありませんでした」


 デスタンの言葉を聞いた私は、半ば無意識のうちに漏らしてしまう。


「……それは、才能なの?」


 本当は羨ましいことなどではないはずなのに、今はなぜか、妙に羨ましく思える。私も彼のように常に冷静でいられたら良いのに、と考えしまって。


「何ですか、その問いは」

「デスタンさんが平然としていられるのは、才能?」


 問いに、デスタンは目を伏せる。


「それは違うと思います。敢えて言うなら、生まれ育った環境ではないかと思いますが」

「……そういうもの?」

「他人を殺して生きざるを得なかった私と、不幸にも殺めてしまった貴方とでは、何もかもが違っているのです」


 そこまで言って、デスタンは改めて私の顔へ視線を向けた。


「ところで、王子は?」


 彼は唐突に話題を変えてくる。


「え、あ……リゴール?」

「はい。元気になさっていますか」


 なぜ私に聞くのだろう?

 そんな疑問が湧いてきて。


「え、えぇ。元気そうだったわよ。体調が悪いわけでもないだろうし……でも、どうして?」

「いえ、たいしたことではありません。ただ少し気になっただけです」


 彼は私から僅かに視線を逸らせつつ、問いに答えた。


「デスタンさんって、本当は優しいのね」

「なっ……」

「リゴールのこと、凄く大事に思っているものね」


 もうすぐ夜が来る。


 私の心は、ほんの少しだけ柔らいでいた。

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