episode.11 一本の剣
ペンダントは消え、手の内には一本の剣。
刃部分は銀色で、しかしながら微かに光っている。いや、厳密には「白い光をまとっている」と表現する方が相応しいかもしれない。形自体は時折見かける普通の剣と何ら変わらない剣なのだが、微かに発光しているところだけは、普通の剣とは違っている。
予想外の展開に驚き戸惑う。
だが、そうなっているのは私だけではなくて。離れたところに立っているウェスタも、信じられないような顔でこちらを見ている。
「……引き離したうえ、剣になるとは」
彼女はほんの少し驚きの色を浮かべながら、そう呟いていた。
私よりホワイトスターのことを知っている彼女ならば、今のこの現象について何か知っているかもしれない。一瞬はそんな風に思ったのだが、彼女の表情を見ていると、そんなことはなさそうだと思えてきた。
「一体……何をした」
眉をひそめ、怪訝な顔で問いかけてくるウェスタ。
だが、その問いは答えようのない問いだ。
なぜって、私もまったく状況を掴めていないから。
「知らないわよ」
「新たな情報は必要。……答えろ!」
ウェスタは急に調子を強めてくる。
「答えられないわ!」
「……なぜだ」
「だって、私だってよく分かっていないんだもの!」
リゴールのペンダントが剣になるなんて、想像してはいなかった。
「どうしてこんなことになったのか、まったく分からないわ。だから、その問いには答えようがないのよ」
私は事実をはっきりと述べる。
だが、説明したところで、ウェスタは納得してくれない。
「……黙っているつもりか」
「だ、か、ら、言っているでしょ! よく分からないから答えられないって!」
なぜこうも理解されないのか、不思議で仕方がない。
言語が通じないというなら分かる。しかし、意思疎通ができていないわけではないところから察するに、言語自体は通じているのだろう。
だが、それならばなぜ分かってもらえないのか。
「仕方ない。ならば……試させてもらうまで」
ウェスタは唇を微かに動かし、次の瞬間、床を蹴った。
三つ編みにした銀の髪を揺らしつつ、彼女はこちらへ急接近してくる。
その速さは、まるで疾風のよう。
赤い瞳が、私を捉える。彼女は本気で仕掛けてきている——それは、彼女の双眸を見れば容易く察することができた。
今の私には剣がある。
しかし、私は剣術の稽古など受けたことがない。
いきなり一本の剣を渡されても、どう使えと、という心境だ。
訓練を受けていたわけでもなく、運動が得意というわけでもない。そんな私がいきなり剣を渡されても、使いこなせるはずがないではないか。
「ふっ!」
炎のような光をまとったウェスタの拳を、私は、その場から飛び退くことで回避した。取り敢えずの回避である。
だが、まだ終わらない。
一撃目を何とか避けたそこへ、彼女のもう一方の拳が向かってくる——。
私はそれを、咄嗟に剣で防いだ。
「……防ぐか」
防いだ、と言っても、凄いことをできたわけではない。ただ、両手で横向けにした剣を持ち、体の前方へ突き出しただけである。つまり、偶然彼女の拳を防ぐことができたというだけのこと。単なる奇跡である。
「……なるほど」
次はどうして防ごう——そう考えていたのだが、ウェスタが次を仕掛けてくることはなく。彼女は、数メートル後ろに跳び、私から離れた。
「……今日のところはここまでとしよう」
「え。わ、分かってくれたの」
「まさか。……地上の者を理解することなど、不可能だ」
ウェスタが冷たいことに変わりはなかった。
「ただ……この件は上に報告する、必要がある」
それだけ言って、ウェスタは姿を消した。
ほんの一瞬にして消える辺り、驚くほど人間らしくない。
「助かった……?」
誰もいない広間で呟く。
だが、安堵している場合ではないことを、すぐに思い出した。
「そうだった!」
この手に握られている剣は、まだ剣の形のまま。元々の形態であるペンダントには、まだ戻らない。どうすれば戻るのか、あるいはもう二度と戻らないのか。謎は多いけれど、一人で考え込んでも意味がない。
今はそれより、捕まっているはずの皆を探さなくては。
私は剣の柄を握ったまま、二階へ続く階段を駆け上がった。
「……っ!」
二階へ上がり廊下を走っていると、目の前に現れたのは——敵。
人間のようで人間でない、謎の生物。それが、三体ほど、私の前に立ち塞がった。
湖の畔でグラネイトに襲われた時、数十匹単位で現れていた彼らと、とてもよく似た姿をしている。恐らく、ブラックスターの手の者なのだろう。
「邪魔はしないで! 父さんたちのことを知っているなら、それは教えて!」
もしかしたら意志疎通できるかも、と、淡い期待を胸に述べる。だが、彼らは反応しなかった。不気味な声は発しているものの、私が理解できる言葉は何一つとして話さない。
「意志疎通は……無理なのね」
ただ、彼らがここにいるということは、拘束されている父親たちが付近にいる可能性も高い。ある意味では、それが分かっただけで十分と言えるかもしれない。
……けど、私一人でここを通らなければならないなんて、大問題。
まず、こんな怪しい生き物と戦う勇気がない。それに、もし仮に勇気があったとしても、剣術の心得がない。
どうしろと。
悶々としていたところ、謎の生物たちが接近してきた。明らかに私を狙っている動き方で。
「……もうっ」
ドタバタと落ち着きのない足取りで迫ってきた一体の腹部を、私は剣で薙ぐ。
否、薙ぐなんて立派な行為ではない。
両手で柄を握り、横向きに大きく振りかぶり、それを敵の腹にぶち当てたのだ。
それはもはや、『殴った』に近い。
ホウキでもできるような、素人丸出しの攻撃である。
ただ、まったくの無意味ということはなくて。私が剣で殴った敵は、剣が放つ白い輝きに体を裂かれて消滅した。
「……よし!」
私は内心、小さくガッツポーズ。
だが、まだ二体残っている。
気を緩められるような余裕はない。
ただ、先ほどまでよりかは気が楽になった。素人の私でも少しは戦える方法を、見つけることができたから。
——その後、残る二体も先ほどと同じように剣で殴って消し、私は先へ進んだ。
「……さい!」
人気のない廊下をさらに進むことしばらく。私は、リゴールの声が聞こえた気がして立ち止まった。
私が立ち止まったのは、少々装飾の施された木製の扉の前。
その部屋は、時折客を招き入れることのある、やや広めの部屋だ。お茶をしたり、落ち着いて話をしたり、そういう時に使っている部屋である。
狭い部屋ではないから、父親や使用人らを閉じ込めることもできるだろう。
——可能性はある。
マグカップの取っ手を大きくしたような形の、扉の取っ手を握り、押してみた。
扉はあっさりと開いた。
「リゴール!」
中は、私が予想していた状態に近かった。
縄で拘束された父親と使用人数名が部屋の奥に転がされており、リゴールは敵——謎の生物に刃物を向けられている。
「……エアリ!」
リゴールの青い瞳が私を捉えるのに、そう時間はかからなかった。
「どうやってここまで……!」
「あの女の人は帰ったわ。だから、ここまで来ることができたの」
「帰ったのですか……?」
喉元に包丁の刃を押し当てられているリゴールだが、今はそれより、ウェスタが退いたという話の方に興味が向いているようだ。
「そうよ。待ってて、リゴールもすぐに助けるから」
 




