表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
118/206

episode.117 我らが王を

 二人揃ってベッドに腰掛け、視線を重ねる。

 不思議な感覚だ、ブラックスターの王妃とこんな風に向かい合うことになるなんて。


 それに、不思議なのはそこだけではない。


 こうしていると、まるで母と娘であるかのように、真っ直ぐ見つめ合うことができる。


 ブラックスターはリゴールの命を狙っている。だから敵。そう認識しながらここまで来たけれど、今になって「本当に敵なのだろうか?」などという疑問を抱いてしまいそうになる。


 グラネイトは、ハイテンション過ぎてついていけないが、曲がったところのない純粋な人。

 ウェスタは、物静かで冷ややかなのに、時折とても優しい人。

 二人とも、敵として向かい合う時には恐ろしかったけれど、敵同士という枠がなくなった途端に善良な部分が見えてきて、嫌いではなくなった。


 だからもしかしたら、王妃にも、好意的に捉えられる部分があるかもしれない。


 今はそんなことを思ってしまう。


「生まれたのは、貧しい地区。親に捨てられ、親族はおらず、友人たちと路上暮らしをしていたわ」


 ゆっくりとした調子で語り始める王妃。

 その話は、いきなり、決して明るくはないものだった。


「悲惨ね……」


 思わず言ってしまった。

 言ってから、失礼なことを言ってしまった、と焦る。こんな小さなところで怒らせてしまったら、大惨事だ。


 だが、王妃は怒ったりはせず、むしろ笑みをこぼした。


「んふふ……直球な反応ね。嫌いじゃないわ」

「ごめんなさい」

「いいのよ、べつに。当然の反応だわ」


 当然の反応。

 上手く言葉にできないが、何だか寂しい表現だと思った。


「でも、ある時、友人たちは命を落としてしまった」

「命を? ……飢えか何か?」

「いいえ。皆で泥棒して、その途中で誤って殺されてしまったの」


 泥棒なんて、私にはよく分からない。盗むしかないほどに貧しくて、ということなのかもしれないが、いまいちイメージが湧かない。それは多分、罪を犯すほどの貧しさを経験したことがないからなのだろうが。


「そうだったのね」

「けれど、一人生き残ってしまって。ブラックスター王に初めて出会ったのは、その時よ……んふふ。不思議な出会いでしょう」


 それにしても不思議だ。


 今、私と彼女は、敵味方としてではなく言葉を交わしている。

 本当に、不思議でならない。


「友人を失い、自分も牢に入れられて、落ち込んだわ。そんな時、彼が声をかけてくれたの……直属軍に入らないかって」


 王妃は、淡々と、しかしどこか嬉しげに話す。


「もちろん……最初は入る気なんて欠片もなかったわ。皆が死んでしまったことに落ち込んでいたから……。けれど、彼は温かく励ましてくれた。その時にね、教えてもらったの。『死を悲しむことはない』とね」


 ——そう、話はそこへ至る。


「彼が言うには……『死は救済』なの。人は誰しも、生きている限り、悩み苦しむわ。人は体験したことのない『死』を恐れるけれど、本来それは恐れるようなことではなくて、この世と別れられることはつまり……人に与えられた唯一の救いなんだわ」


 それはあまりに抽象的で、私にはいまいちよく分からなかった。


 人は死を恐れる。

 そして、人は死に抗おうとする時にこそ最高の力を発揮する。


 ——なのに『死は救済』なの?


 救済から逃れるために、そんなにも必死になるのだとしたら、人は何て憐れな生き物なのだろう。


「んふふ……分かってくれるかしら?」

「ごめんなさい。ちょっと、よく分からないわ」


 私は正直に答えた。

 本当はもう少し理解を示した方が良かったのかもしれないが、心を偽るなんて高度なことは、私にはできなかったのだ。


「ま、そうよね……んふふ。無理もないわ」

「新鮮な捉え方だとは思うけれど」

「そうね。ブラックスターで育ったわけでないあなたには……理解できない部分もあるかもしれないわね」


 生まれ育ちが違えば、思考も思想も異なってくる。

 確かにそれは真実。

 だが、死に縋るほどに満ち足りていないのだとしたら、ブラックスターの環境には恐ろしいものがあると言わずにはいられない。


「ブラックスターはそんなに悲惨な状況なの? そんなことになっているのだとしたら、王様が何か手を打たなければならないのではないの?」


 率直な意見を言ってみた。

 刹那、王妃の顔つきが急変する。


「……我らが王を悪く言わないでちょうだい」


 声も急激に冷ややかになった。


「王は素晴らしいお方。皆の心を癒やすお言葉をお持ちよ。それを否定する者に……容赦はできないわ」


 ものの数秒で空気が変わってしまった。

 王を否定するような発言は、さすがに迂闊だったかもしれない。


 王妃は王のことを心から慕っている。そのことは知っていた。なのに私は、王を否定するようなことを言ってしまった。それは完全にミス。私は、犯してはならない過ちを犯してしまった。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「あなたは可愛い()。でも、我らが王を悪く言うというのなら……敵と見なすしかないわね……」


 感情のこもっていない声でそんなことを述べ、王妃はその場で立ち上がる。数秒後、右手に鎌が現れた。黒く光る、不気味な鎌が。


「っ……!」


 さらに数秒後、鎌の先が私の喉元へ突きつけられた。


 ひんやりとした感触。

 あまりに恐ろしく、背中を一筋の汗が伝う。


「歩み寄れるかもしれないと思ったけれど……それは勘違いだったようね。やはりこうなる結末しかありはしなかった……んふふ……」


 笑みさえ今は恐ろしい。


 怪物だ、彼女は。


 グラネイトやウェスタにも善良な部分があったように、王妃にも良いところはあるのではないかと、私は本気でそんなことを考えていた。けれど、それは違った。それはただ、私がそう信じたかっただけで。


 彼女は、グラネイトともウェスタとも違う。もちろんデスタンとも。


「こ、こんなこと! 止めて!」

「それはできないわ」


 王妃の耳に、私の制止は届かない。


「どうして急に……こんな危険なことをするのよ!」

「あなたは王を否定した。それは、許されることではないわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ