表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
117/206

episode.116 消毒液が染みる朝

 私は今、バッサに、傷の手当てしてもらっている。


「では消毒しますからね。染みるかもしれませんが、動かないで下さいよ」


 ベッドに腰掛ける私に、バッサは前もって注意してきた。その手には、消毒液に浸した脱脂綿をつまんだV字形の器具。


「じっとなさって下さいね」

「分かってるわ、バッサ」


 私はそう返したけれど。


「イタッ!」


 脱脂綿が左腕の傷に触れた瞬間、反射的に叫んでしまう。

 また、叫ぶと同時に、左腕を少々震わせてしまった。


 だが、こればかりは仕方ないだろう。何せ、反射的に動いてしまったのだから。意図的に動かしたわけではないから、仕方がないはずだ。


「じっとなさって下さいね?」

「イタタ……分かってるわ。でも、勝手に動いてしまったの。仕方ないのよ……」


 するとバッサは、呆れたように溜め息をつき、「そういうことなら仕方ありませんが」とぼやいていた。


「今後は、このようなことにならないよう、細心の注意を払って下さい」

「えぇ、分かっているわ。気をつける。だから、母さんには黙っていてちょうだいね」

「今回だけですよ」


 次にこんなことがあれば、バッサは黙っていてくれないかもしれない。彼女の反応を見て、そんな風に思った。


 けれど、今回は黙っていてくれる。

 ならそれでいい。


 このタイミングで、というのを避けられるのならば、それで十分。次のことは、最悪、その時に考えれば良いのだから。



 その日の昼食は、皆が食堂に集まった。

 私、リゴール、エトーリア。そしてリョウカも。デスタンはいないが、それ以外のメンバーは勢揃いしている。


 しかし、空間は静かだ。


 リゴールは小さく口を開け、スプーンでポタージュを飲んでいる。顔色を窺うようにエトーリアをちらちら見ているが、何かを発することはしない。


 一方エトーリアは、白くて丸く柔らかいパンを音もなく千切りながら、ぼんやりしている。考え事でもしているのか、視線が定まっていなかった。


 そんな中におかれ気まずい思いをしていると、リョウカが小声で話しかけてくる。


「ねぇねぇエアリ」


 場の雰囲気に気を遣っているのか、リョウカらしからぬ控えめな声だ。


「何だか妙に静かじゃない?」

「そ、そうかしら」


 咄嗟に気づいていないふりをしてしまった。


「だってほら、リゴールもエアリに話してきてないしっ」

「確かに……それもそうね」


 リョウカは恐らく、私たちの事情を何も知らないのだろう。だからこそこんなことを言ってきているに違いない。


 複雑な事情を敢えて説明することもないだろう——そう思い、私は気づいていなかったふりを続けることにした。


「エアリ、リゴールと何かあった?」


 リョウカは私の方へ、不安げな眼差しを向けてくる。


 心配してくれているのだろうか?

 だとしたら、少し申し訳ない気もするが。


「まさか。何もないわ」

「本当にー?」


 あ、怪しまれている……。


「えぇ、もちろん。本当よ。だって、そんな嘘をつく意味がないじゃない」


 嘘を隠すために嘘をつかなくてはならないなんて、何とも言えない心境だ。けれど、気づいていないふりをしていたとバレたら、今以上に気まずい空気になってしまいかねない。また、活発なリョウカのことだから、何を言い出すか分からない。そういうのは困る。


 ややこしいことになるのは避けたいから、申し訳ないけれど、ここで真実を打ち明けることはできないのだ。


「うん。ま、そうだよねっ。エアリが嘘つくわけないしっ」


 向日葵のような笑みを浮かべてくれているリョウカを見たら、少し胸が痛くなる。本当のことを話せなかった後ろめたさが、胸の奥を突き刺して。


「じゃあ、リゴールが大人しいのは体調不良か何かかなっ?」

「私には分からないわ……」

「何も聞いていないの?」

「えぇ。特に聞いていないわ」

「そっか」


 リョウカとの会話はそれで終わった。


 私はパンをかじりながら、気まずい空気に耐える。

 結局、その後誰かが話を振ってくることはなかった。



 さほど楽しくはない昼食だったけれど、エトーリアに何か言われるようなことはなかったし、良かった。そんな風に密かに安堵しながら、私は自室へと戻る。


 扉を開け、誰もいない自室の中へ——だが、そこは無人ではなかった。


「待っていたわよ……んふふ」


 いつも私が寝ているベッドに腰掛けていたのは、ブラックスター王妃。


 血のような色の髪と、豊満な肉体。そして、どことなく甘い香りを漂わせている。

 そんな彼女は、確かに、私の目の前に存在していた。


「え……」


 思わず漏らしてしまう。

 彼女が再び現れるとは、欠片も思っていなかったからだ。


 数日か数週間が経過してまた現れたというのなら、まだ分かる。完全に諦めてもらえたとは、こちらも思っていないから。けれど、昨夜戦ったばかりで今日のうちにまた現れるとは、理解できる範囲を超えていた。


「驚いてるって顔ね」

「……実際、驚いているわ」

「んふふ……正直だこと。嫌いじゃないわ」


 王妃はベッドからするりと立ち上がると、片手で赤いドレスの裾を簡単に整え、それからこちらへ歩み寄ってくる。


 彼女の体からは、得体の知れない圧力のようなものが発されている。そのせいで、距離が近づくにつれて後退したい衝動に駆られてしまうのだ。


 けれど私は、衝動に何とか抗おうとする。


「何しに来たのよ」


 強気なのは発する言葉だけ。

 けれど、その言葉は、この心をほんの少しだけ強くしてくれる。


「なぜ『死が救済である』と言うのか……昨夜、聞きたがっていたでしょう? だからね……んふふ。話しに来たの」


 王妃は右腕を伸ばし、私の背へと回す。

 一瞬かなり警戒したが、その手つきから攻撃の意図を感じることはなく。拍子抜け、という感じだった。


「どういうつもり」

「聞きたかったのではないの?」


 確かに「なぜそんなことを」と思った部分はあったけれど。でも、そんなことを話すためにわざわざやって来るなんて、理解できない。


「確かに、気になってはいたわ」

「そうよね……んふふ。少しばかり暗い話にはなってしまうかもしれないけれど……聞かせてあげるわ。ブラックスター王妃になる前の……日々のお話」


 王妃は私の背に片腕を伸ばしたまま、ベッドの方へと歩いていく。体に腕をしっかりと絡められているため、私は、王妃から離れることができなくて。仕方がないから、抵抗せず、流れに従うことにした。なぜなら、今の王妃からは殺気を感じなかったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ