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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.115 温厚さはどこへやら

 白色の輝きをまとう剣を振り下ろした——が、鎌の柄で止められてしまう。


「あなた、案外卑怯ね……んふふ……」


 彼女が退散するところまで一気に追い込めるかと思ったが、世の中なかなか、そう上手くはいかないようで。さすがに押し切ることはできなかった。


 けれど、まだ最悪の展開ではない。

 一応少しはダメージを与えられているし、そのおかげか、王妃の鎌の動きはほんの僅かに鈍っている。


 とはいえ、いつまでもこんなことを続けるわけにはいかない。私の命は諦めて帰ってもらわなくては。


 ……でも、そんなことができる?


 私は、自分で自分に問いかける。


 そして私は私に答える。

 できるかどうかではなく、やらねばならないのだと。


「何とでも言えばいいわ。私は、生き延びるためなら、何だってするわ」


 心の迷いを振り払うように言い放つ。その発言は、一見王妃に向けた発言のようだが、本当は自身へ向けた言葉だったのかもしれない。


「んふふ……そう。どこまでも愚かね」

「愚か、ですって? まさか! 生き延びようとするのは、人間として当たり前のことじゃない」


 ブラックスターではそうではないのかもしれないが、少なくとも地上界ではそれが普通だ。日頃から意識しているか否かはともかく、人間誰しも、命を奪われそうになれば「生きたい」と思うものだろう。感謝しながらだとか、笑いながらだとか、そんな風にして命を奪われていく人間など、滅多に見かけない。


「いいえ。それは違うわ。……んふふ、良いかしら? 死とは……救済なの」


 王妃は話し始める。

 時間稼ぎか何かだろうか。


「誰にでも平等に訪れる救い……それは『死』だけよ」

「死が救い? そんな悲しいことを言わないで!」

「事実しかいっていないわ……んふふ。これが大人の世界なのよ……?」


 大人の世界?

 馬鹿なことを言わないでほしい。


 確かに私は、まだ、大人の世界のことは知らないけれど。でも、『死』を救済と肯定するような歪んだ空間が大人の世界だとは、とても思えない。そんなものが大人の世界なのなら、世界はもっと荒んでいるはず。


「貴女はどうして、そんな悲しいことを言うの。……過去に何かあったの? そうでないなら、そんな極端なことを言える理由が分からないわ」


 王妃は極端な思想を口から出す一方で、動きを止めている。攻撃を仕掛けてはこない。鎌も、先ほどから、少しも動かしていない。


 そこには何か意味があるように思えて。

 だからこそ、私は言う。


「もし何かあったなら……話だけでも聞くわ。私、多分、たいしたことはできない。でも、話を聞くことくらいはできるから」


 すると王妃はほんの少し寂しげな色を滲ませ、呆れたように、ふっと笑みをこぼす。


「そんなこと……何の意味もないわ」


 王妃は独り言のような呟きで返してきた。

 それはつまり、実は何かあるということで間違いないということなのだろうか。


 きっとそうだ。

 そうに違いない。


 何でもないのなら、話すことなどないのなら、「そんなこと何の意味もない」なんて意味深な言い方はしないはずだ。


「まぁいいわ……んふふ、今日はここまでにしましょう」


 ……ん?

 それは、私の命を奪うことを諦めて、去ってくれるということ?


 そういうことなら、とてもありがたいのだが。


「……殺す気がなくなったということ?」


 恐る恐る尋ねてみた。

 すると王妃は静かに返してくる。


「んふふ……今日のところは、よ」

「ということは、またいつかは襲いに来るということね」

「んふふ……それは、ヒ・ミ・ツ」


 秘密と言われるだけで複雑な心境になってしまうものだが、半分ふざけたような調子で言われたものだから、余計に何とも言えない気分になってしまった。


「じゃ」


 王妃の唇が動いた直後、彼女の姿は消え去った。

 私は一人、リゴールの部屋の前に取り残される。


 王妃の姿が完全に消えたことを確認するや否や、膝を折り、その場に座り込んでしまった。

 安堵の日差しを浴びて胸の内の氷が溶けたからだろう、恐らくは。


「は、はぁぁー……」


 夜の廊下に一人座り込み、最大級の溜め息をつくのだった。



 その晩は、左腕の怪我を自力で簡単に応急処置してから、ベッドで眠った。


 あんなことがあった後だから眠れないかも、と思っていたのだが、意外とそんなことはなく。逆にぐっすりと眠ることができた。王妃との戦いで激しく動いたからかもしれない。だとしたら皮肉なことだ。


 けれど、よく眠れるのは悪いことではない。



 翌朝、私は腕の傷のことをバッサに相談してみることにした。

 ブラックスター王妃に傷を負わされた、なんて、エトーリアには絶対言えないからだ。

 ということで、まず、朝一にバッサを呼びつけた。話す場所は私の部屋。自室で話せば、エトーリアには聞かれないはず。


「おはようございます、エアリお嬢様。朝からどうなさいました?」

「実は……昨夜怪我してしまって」


 そう告げると、バッサは首を傾げる。


「ベッドから転落なさって打ち身ですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「ではどのようなお怪我ですか?」


 私は寝巻きの白い左袖をめくる。

 露わになるのは、浅い傷。

 昨夜自力で手当てしておいたから問題はないだろうが、一応バッサにも確認しておいてほしくて。だから私は、バッサに傷を見せた。


「こ、これは! いかがなさったのです!?」


 傷を目にしたバッサは叫ぶ。


「実は、その……昨夜ちょっと襲われて」

「襲われ!?」

「それで、少し攻撃を受けてしまったの」

「攻撃を受け!?」


 バッサはいちいち叫びながら、目を皿のようにしている。


「敵が帰ってから、一応、自分で手当てはしてみたの。でも上手くできているか不安で。だからバッサに確認しようと思って、それで呼んだのよ」


 私はひとまず真実を話した。

 隠しても仕方ないから。


「エアリお嬢様! こういう場合は、もっと早く仰って下さい!」


 鋭い調子で言われてしまった。


「でも、わざわざ起こすのは悪くて……」

「そのような時のための住み込み使用人です! 躊躇わず起こして下さい!」

「ごめんなさい」

「次からは遠慮せず起こすようにして下さいよ!」


 今日のバッサは妙に厳しい物言いをする。いつものような温厚さは感じられない。

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