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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.114 凄惨な死か、穏やかなる死か

 リゴールの部屋の前へは、案外早く着いた。


 日頃のように呑気に歩いていれば、もう少し時間がかかったのだろう。だが、今日は走っていたから、予想以上に早く到着することができた。


「剣!」


 リゴールの部屋、その扉の前に着くや否や、発する。すると、手に持っていた銀色の円盤に星型の白い石が埋め込まれているペンダントが、白く輝き始め。十秒もかからぬうちに、剣へと姿を変えた。


 ちょうどその時、ブラックスター王妃が追いついてくる。


「んふふ……逃げても無駄よ。そう簡単に逃れることはできないわ」


 鎌の長い柄を右手で握り、左手を口元に添えながら、王妃はゆっくりと口角を持ち上げる。大人の余裕を感じさせる笑みは、どことなく不気味だ。


 でも、先ほどまでよりかは、ほんの少し心が軽い。

 なぜなら、今は剣が使えるからである。


 当然、剣が手にあるからといって王妃に確実に勝てるという保証はない。いや、それどころか、私が彼女を倒せる可能性は高くないかもしれない。


 だが、それでも、剣がある心強さは大きい。


 王妃を前にし、胸の鼓動は速まる。私はそれを抑えるよう意識しつつ、体の前で剣を構え、王妃を睨む。


「分かっているわ。けれど、こんなところで殺されるなんてごめんなのよ」

「んふふ……あなた、意外と身のほど知らずなのね。もう少し……利口と思っていたのだけれど」


 そう、私は賢くなんてない。

 勝ち目のない相手とでも戦おうとするほどに愚かな人間だ。


 けれど、命を狙われたらできる限りの抵抗をするのが、人間というものではないだろうか。私には、命を奪われそうになって抵抗しない者の方が、少し変わっていると感じられる。


「ま……でも構わないわ。んふふ……」


 王妃は笑いながら、直進してくる——そして、鎌が振り下ろされた。


 咄嗟に剣を振り、弾き返す。

 結構な衝撃が腕に走る。


 だが、そういうことは、リョウカとの訓練の中でも時々あった。それゆえ、さほど驚きはしない。


 そこから、もう一振り。

 しかし、そちらも何とか弾き返す。


 王妃は切り替えが早い。攻撃を弾かれてもそれほど気にせず、すぐに次の攻撃に移る。それは夢の時に見て記憶していたから、何とか反応することができた。


 王妃は一旦、二歩ほど後ろへ下がる。


「んふふ……良い動きをするじゃない……」


 体勢を立て直しつつ、王妃は、余裕に満ちた表情で褒めてくれた。


 でも、嬉しくない!

 ……いや、褒めてもらえたことは喜ばしいことではあるのだけれど。


 ただ、褒められても素直に喜びはできない私がいた。


 それにしても、初めて出会った時のウェスタといい、王妃といい、ブラックスターの女性はなぜ戦闘中に褒めてくれるのだろう。


 私からしてみれば、戦闘中に敵を褒めるなど、謎の行動でしかない。


 相手を認められるほど余裕があるということを、暗に示しているのだろうか?

 あるいは、実は褒める気などなくて、ただ馬鹿にしているだけなのだろうか?


 何にせよ、他人の心というのは分からないところが多過ぎる。


「褒められても、ちっとも嬉しくないわ」


 実際には「ちっとも」ということはないが。


「んふふ……そう? ブラックスター王妃に認められる人なんて、滅多にいないわよ……?」

「褒め言葉は求めていないわ」

「なら……何を求めているというのかしら」

「こんなこと、もう止めて! ……私が言いたいのはそれだけよ」


 彼女のことは嫌いではない。むしろ、人柄的には好みなくらいでもある。けれど、命を狙ってくるならば、戦わざるを得ない。


 だが、本当はそんなこと、望んでいないのだ。


 私はできるなら戦いたくない。生まれ育った世界は違っても、穏やかな関係でいられたら、それが一番良い。王子のリゴールとだって親しくなれたのだから、頑張れば、王妃とだって親しくなれるはずなのだ。


「殺し合う意味なんてないでしょ!? こんなこと、もう止めて!!」


 ここぞとばかりに言い放つ。

 すると、ほんの一瞬だけ王妃の表情が曇った。


 ——しかし、それも長くは続かず。


「無理な願いよ、それは」


 王妃の声が急激に冷たくなった。また、顔つきも、それまでとは大きく変わる。どことなく柔らかさのある色が滲んでいた顔が、刃のような鋭さを放つ顔へと変貌した。


「凄惨な死か、穏やかなる死か。んふふ……あなたが選べるのはそれだけ……」

「いいえ! そんな二択、どっちもごめんよ!」


 改めて剣を構える。

 見据えるは、王妃。


「そう……んふふ。やる気なのね?」

「本当はやりたくないけど、殺されるくらいなら戦うわ」

「いい覚悟ね……分かったわ」


 王妃はそう言って、鎌を、弧を描くように振ってくる。

 こちらはそれに、剣で対抗。


 火花が散る。


「貴女が退いてくれれば、こんな戦い必要ないのよ!」

「……いいえ、戦いは必要よ」


 王妃の鎌の扱いには、目を見張るものがあった。動きは速く、しかしながら狙いは正確。実力は、王妃の方が圧倒的に勝っている。


「んふふ……裕福に暮らしてきた人には分からないのかもしれないわね。けれど……戦いは必要。それは当然のことだわ」


 鎌を振る度、王妃の唐紅の髪がさらりと揺れる。

 その華やかな色みの髪は、闇の中ですら映える。


 右、左、右、右、左。

 上、下、下、上、下。


 王妃はあらゆるところから仕掛けてくる。それゆえ、攻撃を防ぐことで精一杯だ。反撃の隙は与えてもらえない。


「くっ……!」

「いつまで動けるかしらね? んふふ……」

「舐めないでちょうだい!」


 一応そう返しはするが、このままでは勝ちようがないというのもまた事実である。


 王妃の攻撃を防ぐことに必死では、勝利などできるわけがない。しかも、疲労で動きが遅れてきてしまえば、かなりの確率でやられる。

 何としても、反撃の隙を見つけなければ。


「んふふ……まさか。舐めてはいないわよ……?」


 王妃の表情は、いつの間にか元通り。

 唇に余裕の笑みを浮かべる、大人の女性らしい表情に戻っていた。


 まともにやり合っては勝てない——そう思った私は、いきなり、王妃の背中側の壁を指差して叫ぶ。


「あ! 変なのが!!」


 ほんの一瞬、王妃の視線が逸れる。


 そこを狙って踏み込む。

 そして、剣を振る。


 剣の先が王妃を捉えた。


 白銀の刃部分が、王妃の右腕を薙ぐ。腕を斬り落とすには至らなかったが、二の腕の辺りに一撃入れることができた。


 理想に最も近い形だ。


 これでいい。何も、腕を斬り落とすところまですることはないのだから。右腕の動きをほんの僅かにでも抑えることができたなら、それで十分だ。


「卑怯な……!」


 王妃の顔に焦りの色が浮かんだ。


 すかさずそこへ仕掛けていく。


 柄を両手でしっかりと握り、大きな一歩を踏み込む。そして、勢いよく振り上げる。そこからさらに、重力に従うようにして振り下ろす。

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