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あなたの剣になりたい  作者: 四季
9.危険な交戦と、黒の王妃
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episode.113 鎌の王妃

 仰向けで寝ている私の上に覆い被さるようにしている、唐紅の髪の女性。彼女は間違いなくブラックスター王妃。以前ブラックスターに連れていかれた時に顔を合わせた、その人だ。


「えっ……」


 驚きと戸惑いが心の中で混じり合い、思わず声を出してしまった。できるのならば、もうしばらく気がついていないふりをしたかったのだが。


「んふふ……起こしてしまったかしら……」


 最初は幻でも見ているのだろうと思った。けれど、厚みのある唇から放たれる艶のある声を聞いていたら、そうではないと確信できてきた。無論、なぜ彼女がここにいるのかは、依然不明のままだが。


 しかし、女性に覆い被さられるというのは、奇妙な感じを覚えずにはいられない。

 しかも相手がブラックスター王妃だから、なおさらだ。


 いや、そもそも、王妃という身分の者がこんな時間にこちらの世界にやって来ること自体、不自然ではないか。


「ブラックスター王妃がこんなところに何の用!?」


 やや調子を強めつつ放ち、上半身を勢いよく立てる。


 すると王妃は一瞬にして体勢を変えた。

 直前までの仰向けに寝た私に覆い被さるようなポーズを止め、ベッドの端に腰掛けて足を組む。


「んふふ……警戒しているみたいね。でも必要ないわ。悪いことはしないから……」


 黒く長い爪の目立つ片手を口元に添え、上品に笑う。


 ブラックスターの、であるとはいえ、さすがに王妃は王妃。そこらの女性とは、まとっている雰囲気が違う。威厳のようなものが感じられるし、何より、色気はあるのに品が良い。


「こんなところまで、何しに来たの」


 そんなことを発しつつ、枕の方を一瞥する。


 ペンダントは枕元にあった。

 没収されてはいないようだ。


 だが、ペンダントは、この状況下では役に立たない可能性が高い。リゴールがいないから。彼が傍にいなければ、このペンダントを剣として使うことはできない。


「警戒しないで……良いことをしに来てあげたのよ? んふふ……」


 王妃はやはり気さくだ。前にブラックスターで面会した時もそうだったが、彼女は、私に対してであっても友人と話すような話し方をする。


 だが、笑い方からして善良な者とは思えない。


「良いこと? 何なの?」

「そう。良いこと」


 直後、彼女の唇が動いた。

 呪文か何かを唱えたかのような動き。


 そして、その数秒後、彼女の手には鎌が握られていた。


 漆黒で長い柄の鎌だ。持ち手には気味の悪い輝きがあり、先端部分は見るからに鋭利で。目にするだけで鳥肌が立ちそうな鎌である。


「——救済を」


 王妃は呟くように発し、鎌の柄を両手で握って、こちらへ近づいてくる。寝起きな上、武器も持っていない——そんな私は抵抗しないだろうという余裕があるのか、王妃の足取りはゆっくりしている。


「私を殺すつもり?」


 枕元のペンダントをそっと掴みつつ、問いを発した。

 すると王妃はほんの僅かに口角を持ち上げる。


「そう……んふふ。せめて苦しまず済むように、あなただけは……この鎌で命を刈り取ってあげるわ」


 余計なお世話! としか言い様がない。

 私は死を望んでなどいない。一方的過ぎるだろう。


「ちょっと、何なの? 私、まだ死ぬ気はないわ」

「んふふ……けれど、ブラックスターに捕まったら……死なせてと願うようになるほどの目に遭うわよ……?」


 王妃はさらっと怖いことを言った。


 死なせてと願うようになるほどの目に遭う、なんて、聞くだけでも恐ろしい。とにかくおぞましい。


 けれど、捕まらなければいいのだ。

 そうすれば、死なせてと願うようになるほどの目に遭うこともない。


 でも、脅しに怯んでここで大人しく言いなりになってしまったら、この先を生きてゆくことはできない。楽に死ぬことができたとしても、そこに益なんてそんなにない。


「止めて! 来ないで!」

「怖いのね? んふふ……可愛い娘……」


 ついに、鎌を持った王妃が、枕の近くにまで接近してきた。


「何人かの手下を使って偵察しておいた成果……十分にあったわ。おかげでここまで、誰にも見つからずに来ることができたもの。んふふ……」


 余裕ゆえか、王妃はそんなことを話し出す。


「家の構造さえ分かれば、侵入するのもたいしたことないわ——ね!」


 ——突如、彼女は鎌を振った。


 私は咄嗟にベッドから飛び退く。


「っ……!」


 鎌の先端は思っていたよりも大きく。

 十分距離は取れていると考えていたのに、左腕に掠ってしまった。


 私はその衝撃でバランスを崩し、床に落下。


 ペンダントを握っている右腕は問題ないが、鎌が掠った左腕が赤く滲み、ジクジクと痛む。大量出血するほどの傷ではない。比較的浅い傷だということは、何となく分かる。それでも、出血も痛みもまったくないということはない。


「避けたわね……やるじゃない。んふふ……」


 動けなくなるほどの傷を負う展開は避けられた。それは幸運と言えるかもしれない。けれど、その幸運に甘えて油断していてはいけない。幸運を良き結末に繋ぐためには、油断が一番良くないのだ。


「易々と殺される気はないわ!」

「そう……気が強いのね」


 一応強気な発言をしておいた。


 しかし、本心は、その言葉ほど強くはない。それに、私は元来、そんなに勇ましい人間ではないのだ。だから、命を狙われているにもかかわらず強い心を持ち続けるなんてことは、とてもできそうにない。


 強気に振る舞っていても足はガクガク、というやつである。


「でもね。んふふ……気が強いだけじゃ意味がないのよ」


 王妃は女性的な魅力のある声で言いながら、再び足を動かし始める。今度は、私が今いる方に向かって、歩いてきている。


「大人しくなさい……痛いことはしないから……」

「痛いこと、したじゃない!」

「それはあなたが動いたからよ。んふふ……痛いのが嫌なら、大人しくしていなさい」


 剣を使えれば戦えるのかもしれないが、私は、ここでは剣を使えない。リゴールがいないところでは、ずっとペンダントのまま。リゴールの近くにいる時、なんていう厄介な制約がなければ、いつでも身を護れるというのに。妙な制約のせいで、こういう時に使えないのは、正直辛い。


 私に選べる道は二つ。


 一つは、ここで王妃に殺されること。


 そしてもう一つは——逃げる!


 私は後者を選んだ。


 急に立ち上がり、扉のほうへ駆ける。そして扉を開けて廊下へ出、扉は一旦閉めておく。

 それから私は、リゴールの部屋の前まで走るのだった。

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